新天皇のお言葉

 5月1日の即位の儀式で新天皇のお言葉を聞いた。私の関心は、安倍政権下で改憲論議が高まる中、護憲の意志をどう表現されるのだろうかということだった。聞いて驚いた。「憲法を遵守する」ではなく、「憲法にのっとり」だ。以下、30年前の前天皇のお言葉(以下「30年前」と略す)と比較しつつ、私なりに分析する。その後退位、即位の儀式を見ていての感想を述べる。

 

1) お言葉について

a) この節の最後に引用するように、30年前は「日本国憲法を守り」なのに対し、「憲法にのっとり」だ。30年前の「守り」と10数字後の「ことを誓い」との関係が不明だが、解釈は2つしかない。「守る…ことを誓い」か、「守り」と「誓い」が並列かだ。何れにしても「日本国憲法を守る」と明言されている。

b) 30年前は「日本国憲法」なのに、今回は「憲法」と一般化している。日本国憲法への思い入れは乏しそうだ。

c) お言葉の該当部分を拡げると、「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、」だ。憲法を守るとは言われていないともに、「憲法にのっとり」は、「象徴としての責務を果たす」の修飾句でしかない。

d) 少し細かいが、天皇としての責務が、「象徴としての責務」と限定しているが、30年前は「日本国憲法に従った責務」とやや広かった。

e) 別のポイントだが、新しい表現として、「歴代の天皇のなさりようを心にとどめ」が加わった。これについては後でも触れるが、歴代天皇にもいろいろな人がいただろう。保守的視点に過ぎるのではなかろうか。

 改憲論議が盛んな中で、お言葉の中での表現も、30年前は(大きな)問題にならなかったことが現在では相当の政治的意味を持つことになった。憲法を守ると言うと、政治的発言になるのだろうか。

(余談、国家公務員の宣誓書)

 国家公務員は、宣誓書を提出し、日本国憲法の遵守を誓うこととされている。*1 これは政治的発言とはみなされない。

(参考、天皇の即位時のお言葉)

即位後朝見の儀天皇陛下のおことば(2019年5月1日)

日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。

この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。

顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御み心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。

ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽さんに励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。

(宮内庁HP http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/47#156)

 

1989年1月9日の先帝の即位の際のおことば

大行天皇崩御は,誠に哀痛の極みでありますが,日本国憲法及び皇室典範の定めるところにより,ここに,皇位を継承しました。

深い悲しみのうちにあって,身に負った大任を思い,心自ら粛然たるを覚えます。

顧みれば,大行天皇には,御在位60有余年,ひたすら世界の平和と国民の幸福を祈念され,激動の時代にあって,常に国民とともに幾多の苦難を乗り越えられ,今日,我が国は国民生活の安定と繁栄を実現し,平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました。

ここに,皇位を継承するに当たり,大行天皇の御遺徳に深く思いをいたし,いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ,皆さんとともに日本国憲法を守り,これに従って責務を果たすことを誓い,国運の一層の進展と世界の平和,人類福祉の増進を切に希望してやみません。

(宮内庁HP http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h01e.html#D0109)

 

 2) お言葉の背景の推測

 新天皇改憲派だとは思わない。先帝のなさりようを見て尊敬されていれば憲法を維持することが皇室存続のベースだと考えられると思う。即位前に安倍首相が時の皇太子に面会するため何回か東宮御所を訪問したと報道されていて、それは元号の案を内々に相談に行ったのだろうと見られていた。しかし、今にして思うと、このお言葉の護憲のくだりの表現の折衝だったのではなかろうかと想像する。

 安倍首相は「護憲」につながりそうな表現を一切消したかったのだろう。以下、誠に不敬だが、そのための取引材料を夢想する。第1は、新元号に首相の名の「安」を入れたものにしたかったが、宮中から難色が示されたので、(報道によると)急遽3月になって新しい元号案を検討させた。第2は、愛子天皇を実現するため皇室典範の改正を検討することを取引材料として提案する。

 しかし、これらは何れもレベルが低い。安倍首相も新天皇もこのような殆ど個人的なことで心を動かされないと思う。第3でもっと不敬な考えだが、雅子新皇后の公務への不適合とそれへのバッシングへの恐れではなかったろうか。首相も馬鹿ではない。直接的な脅迫はしない。例えば、仮に皇后の不適合が生じても、バッシングはあらゆる手段で抑える、皇后の公務もできるだけ廃止する、などはどうだろう。結婚の時、全力で雅子さまを護るとコミットされた新天皇としては真に心動かされる提案ではなかったろうか。

 「歴代の天皇のなさりようを心にとどめ」の文言も、新しいことをしようとする考えへの止めとして入れられたのではなかろうか。

 以上はあくまで私の夢想である。

 ただ、私が不思議なのは、1)で述べたお言葉への私の疑問点は、誰でも容易に気づくことなのに、新聞やネットでは今の所、誰も問題にしてないように見えることだ。忖度論や謀略論を信じたくもなる。

 

3) その他の感想

(退位の式典) 

 最近はやりの生前葬を連想した。式典での挨拶が続くことはなかったが、世のマスコミ、ネットは賛美に溢れ、生前葬もどきだ。ちなみに、私は自分の生前葬は断固拒否する。

(日本人は元号が好き)

 令和には異論も少なくないようだが、それを無視するように、改元騒ぎが盛り上がったのにはちょっと驚いた。「平成最後」と「令和最初」が溢れ、ハロウィーンを思わせるような騒ぎもあった。

 余談だが、「令」の字はバランスが取りにくい、書くのもそうだが、見ていても落ち着かない時がある。変った字だと思う。

(式典が無言)

 式典が無言(天皇と首相の挨拶以外)で進むのに改めて感心した。MC(マスターオブセレモニー)がいなくても恙なく進む。参列者の予行練習が大変だったろうと思った。

*1: (宣誓書) 私は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し、日本国憲法を遵守し、並びに法令及び上司の職務上の命令に従い、不偏不党かつ公正に職務の遂行に当たることをかたく誓います。

在位30年(おことば)

 2019年2月24日に今上天皇の在位30年記念式典が行われた。本当にめでたい。その際の陛下のおことばに関し感じたことを述べる。全文は宮内庁のホームページに出ている。

(30年記念式典おことば)

http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/42#152

(英文) http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detailEn/42#152

  • 皇后が天皇の原稿読み間違いを正した。2-30年前までならバッシングされたであろう。何故なら、天皇のミスを公の前で明らかにしてはいけない、天皇の言動は常に完璧であるべき(綸言汗のごとし)。仮に間違いがあれば、正しい文書を後で配布しておけばいい。
     そのことは多分皇后も判っていたであろう。しかし、このおことばは、天皇が自分でいろいろ考え、長時間かけて作られた。それを知っている皇后は、それが天皇の口から間違って発語されたとすれば、天皇自身が耐えられなくなると思われたのだろう。それであえて訂正されたに違いない。
     このことがバッシングされなかったことで、日本人の皇室観も進んだと思う。
  • 地球温暖化という言葉を使わずに、「世界は気候変動の周期に入り」と言われた。地球温暖化というと、「人間活動による炭酸ガスの増加の影響」を含意している。これに対し、陛下は科学的でないという疑念を持たれているのではないかと推測した。
  • 文体に整理されていないところがあると感じた。想像するに、陛下の原案に異論ないし婉曲化を求める声があり、それに応えて修文していく間に文体が少しおかしくなったのではと思う。それだけ真剣に書かれたのだろう。以下、文体に違和感を感じた例。
  • 「私がこれまで 果たすべき務めを果たしてこられたのは、その統合の象徴であることに、誇りと喜びを持つことができるこの国の人々の存在・・・のおかげでした」 
     構文として理解しにくいが、読み返していて気がついた。そうか、「持つことができる」の主語は陛下ご自身で、英語で言うと、複雑な関係詞構文だ。
     宮内庁の英語版を見ると、該当部分は、
    I have been able to fulfill my duties thanks to the people of Japan, whose symbol of unity I take pride and joy in being,
     私の英語力の拙さもあって、依然として判りにくい。次のようにすると、私にも理解できやすい*1。正しいかどうか自信はないが。
    I have been able to fulfill my duties thanks to the people of Japan, having pride and joy in being the symbol of their unity ,
  • (災害に関し)「少なからぬ関心を寄せられた諸外国の方々」 (「多大の関心」でどうか)
  • 「島国として比較的恵まれた形で独自の文化を育ててきたわが国」 (独自であることに誇りを持っていらっしゃるのか。「比較的恵まれた形」も屈折した表現。)
  • グローバル化する世界の中で、さらに外に向って開かれ、その中で叡智を持って自らの立場を確立し、誠意を持って他国との関係を構築していくこと」 (「自らの立場の確立」とは具体的にはどういうことか。今は誰も判らないことをあえておっしゃてるとの印象)
  • 「象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠く、・・・次の時代、さらに次の時代と象徴のあるべき姿を求め、先立つこの時代の象徴像を補い続けて行ってくれることを願う」 (「象徴」に関しこれほど自分の主張をはっきり述べられるとはびっくり。次の世代への宿題も明示された。)

 余談だが、書名に全く同感して、次の本を衝動買いしたので、少し感想を紹介する。

〇 矢部万紀子「美智子さまという奇跡」 (幻冬舎新書、2019年1月29日発行)

 書名はいいが、内容に深みは感じられなかった。また著者は、朝日新聞で週刊誌の編集などをやったというのに、僭越ながら、文体が少し稚拙と思う。面白くもない脱線が多い(具体例は略)。

 雅子妃、紀子妃などにも触れている。秋篠宮家の眞子さまも登場する。現在の皇室は問題山積だ。各皇族の多様性を認めていかないと、皇室の明日はないという。もっともと思うが実現不可能ではないか。認める多様性の例は、意義が不明な皇室祭祀への強制的参加の免除、金銭的スキャンダルを抱えた家族との結婚だ。その他今後、精神疾患を抱える皇族が出る可能性があろう。

*1:symbol of unityも修正ポイントの1つ

生前退位(その3)

 「天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議」で座長代理を務める御厨貴東大名誉教授への日本経済新聞のインタビューが12月24日の同紙に掲載されていた。この有識者会議は、12月14日に会議を開き、来年1月に論点整理を行うと伝えられている。同会議では、生前退位の恒久化は避けて、今上天皇に限り認める特例法が望ましいとの方針であると報道されていた。私は特例法について以前は否定的に思っていたが(後述)、このインタビューを読んで考え直した。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS23H0F_T21C16A2PE8000/?n_cid=NMAIL003 
 このウェブの記事には出ていないが、紙上では、「御厨氏の発言のポイント」というコラムがあって、ほぼ次のように整理されている。

  • 有識者会議のメンバーでは退位に否定的な意見はない。
  • 退位を恒久的な制度とするには客観的な要件の設定が困難。従って特例法。退位ができるとの先例を作ることで、将来の問題にも柔軟に対応できる。
  • 特例法でも違憲性は生じない。
  • 女性、女系天皇女性宮家の問題は、第2段階で腰を据えて取り組む。

 特例法についてかねて私が考えていたことは、次の通りだ。
a) 特例法の制定に当っては、どうしてもその時の天皇の意向を(内々にでも)聞く必要があろう。その際、天皇によっては、退位のための立法化の膨大な手間を考慮されて退位を辞退されることがあるのではないか。その結果、認知症天皇などの悲惨な状況が生ずるかも知れない。
b) 8月の天皇のお言葉の趣旨から見て、自分のためだけにわざわざ特別法ということに違和感を覚えられるのではないか。
c) 皇位継承を「皇室典範の定めるところによる」と規定している憲法との関係で問題ではないか。
d) 特例法の制定というのは、そもそも生前退位に反対だが、今上天皇のお言葉もあり、当座しのぎで行きたいということではないか。

 ところが、今回の御厨貴座長代理のインタビューを読んで、少し見方を変えた。

 今回は特例法だが、実現すればこれが先例になる。これでおしまいではない。将来、今の陛下と違う状況で退位の問題が生じることもあるだろうが、特例法でやれるという先例があれば柔軟に対応できるのではないか。

 将来の別の状況も想定し、今回が先例になることを強調している点が目新しい(少なくとも私にとっては)。ということは、将来の生前退位を想定していて、かつ、その条件が現在とは違う可能性も考えているということだ。それなら、現時点でもっと生前退位に幅をもたせた要件を考えればいいと思うが、それが現時点では書きにくいということだと理解した。
 将来、退位の可能性が想定されるが、現時点ではその要件を規定しづらい状況とは何か。あえて不敬を承知の上で述べると、将来の皇后及びその子女の精神的変調の可能性ではないかと思う。いくら天皇は存在だけに意味があるといっても、妻女がそのような状況では、今上天皇がおっしゃる象徴天皇としての務めに影響が出るのではなかろうか。無理な務めをされるよりも、退位された方が、家族の平穏を確保できるのではなかろうか。問題が露わになる前に、弟宮系統への皇位の継承を円滑化し、象徴的行為の継続を図ることが今上の思いに叶うのではなかろうかとの想像である。
 ところで、これは悪くない選択だと私は思う。ただし、天皇制の永続を願っているからではない。今のように、国民の通念から離れた権威付けを図っていては、天皇制は、遅かれ早かれ国民から離れていくと思う。一部の人が真剣に崇めるが、大半の人には意義が理解できない、神社みたいなものになるのではないか。天皇制と国民との関係はともかく、天皇に退位が許されない硬直的な制度になれば、次期天皇家に悲劇が起こるのではないかと危惧するからである。

(専門家ヒヤリング)
 「有識者会議」は、さる11月に、計16人の専門家からヒヤリングを行ったとして、12月1日の新聞でその概要が詳細に報道された(以下は12月1日の日経新聞による)。これについて少しコメントする。
 退位容認派が9人(うち特例法が5人、恒久法が4人)、退位反対派(摂政等で対応)が7人という結果だ。私が驚いたのは、退位反対派が7人もいたことだ。何れも熱心な天皇制及び天皇を崇拝している人達のようだが、天皇のお言葉に公然と異議を唱えるというのは不敬罪に当るのではないか。自分の理想の中にある天皇という観念を述べているだけで、天皇本人の考えを無視するのは理解できない。明治以来高々百数十年の歴史しかない皇室典範墨守しようとしているだけのようだ。
 今回の御厨氏のインタビューには、論理に少し強引なところもあるとの印象だったが、上記のような暴論の専門家がいては、ある程度しょうがないかと思う。

天皇の生前退位(その2)

 先週8/8(月)に、天皇陛下生前退位に関するビデオメッセージ(以下「お言葉」)が発表された。7/13に生前退位の意向をお持ちとの報道がされた際に、弊ブログでも不敬ながらコメントを述べた(id:oginos:20160719)。その要旨は、譲位ではなく摂政制で対応することが望ましいということだったが、今回のように、天皇自身がこれほど明確に生前退位の意向を示されたこと、また、人道的観点や世論調査でも圧倒的に支持(概ね70%以上)されていることから、その方向に進むと思う。マスコミの論調も、人道的観点から慎重な議論が必要であるとして、いろいろな問題点を指摘しつつも「お言葉」自体に対する異論は差し控えているようだ。
 私としては、日本の歴史的背景等から見て摂政がいいと思うが、当面は天皇の健康の維持が最重要と思っているので、生前退位自体については実は拘りはない。本記事では、お言葉についての私の若干の違和感3点と、この機会に元号改定についてのかねての私見を紹介する。
1) お言葉への違和感
 8/9付け日経新聞では、お言葉の骨子を次のようにまとめている*1。ぞの後に、不敬ながら私の違和感を述べる。

お言葉の骨子(8/9付け日経新聞) (番号付けは私)

  1. 天皇が高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、個人として、考えてきたことを話したい。
  2. 80を越え、身体の衰えを考慮する時、全身全霊で象徴の務めを果たすのが難しくなると案じている。
  3. 天皇の務めとして、国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきた。
  4. 高齢化に伴う対処として国事行為や象徴としての行為を縮小するのは無理がある。摂政を置いても、天皇が務めを果たせないことに変わりない。
  5. 天皇が深刻な状態になれば社会の停滞と国民の暮らしへの影響が懸念される。
  6. 憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しない。
  7. 象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じる。

a) 家族への気遣い
 私の違和感の第1は、骨子#5の社会の停滞と暮らしへの影響に続いて、お言葉の原文で、皇室の家族への影響への懸念に触れられていることだ。

 これまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2か月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。

 私には、これはどうしても自分の家族への私的な気遣いとしか思えない。天皇の葬儀は国葬として行われ、全て公的なことだから、遺族も従わなければいけないとの考えと、私的な部分も相当あり、その部分については柔軟に考えていいとの考えがあろう。天皇が遺族のことを懸念するなら、私的な部分はもちろん公的な部分についても簡素化が可能なものについては、生前の発言ないしは遺言としてその旨記す方法が考えられる。
 実際3年ほど前に今上天皇は、御陵と葬儀について、極力国民生活への影響の少ないものとするとの観点から、大きさの縮小と火葬が望ましいとの考えを公にされている*2
 家族への気遣いが、生前退位の理由の1つ(流石に主要項目ではないが)に挙げられているのに相当の違和感を覚える。あるメディアのコメントに、これは皇太子妃殿下の状況への気遣いと思われると、やや肯定的に書かれていたが(出所失念)、そのために生前退位をするというのはやや筋違いであろう。
b) 社会の停滞と国民の暮らしへの影響
 同じ#5の社会の停滞と暮らしへの影響は、恐らく昭和天皇崩御の際の騒ぎ(自粛ムード騒ぎ)を念頭に置かれていると思う。私は、不敬ながら、あの騒ぎは過剰だったと思っているし、天皇でなく太政天皇(こう呼ぶかは決定されていないが)の崩御であればそのような騒ぎにならないというのはよく判らない。功績、人柄を偲ぶ国民感情の表れといえる自粛ムードを抑えることは難しいだろう。家族(時の天皇以下)としても、個人的感情からはもちろん、外観上も行動を慎まなければいけないという意識になろう。親の死に目に会えなくても仕事優先の場合があるという一般市民の通念は、基本的に仕事の無い皇室には通用されない。
 自分の体調が重篤になった時の社会への影響を懸念するなら、今から自粛ムードはよくないと、機会を見つけて発言されていればいいと思う。それでも過剰な自粛騒ぎが収まらないとすれば、国民のレベルの低さを表しているので、どうしようもないことと思う。
c) 象徴としての仕事は減らせないし、摂政にも代替できない
 骨子の#3、#4、#7に書かれていることは、象徴としての仕事は、減らすことも摂政に替ってもらうこともできないということだ。お言葉の原文を一部引用する。

 天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。……こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。

 陛下が各地を訪れ、被災地訪問や戦跡慰霊の旅などを行われてきたことには、私も心打たれてきた。しかし、日本国憲法は、このようなことを、摂政でも替りが務まらない象徴の仕事として、天皇アサインしたのかとの疑問を持つ。
 今上天皇は、非常に真面目な方で、真摯に象徴が何をなすべきかを考えられてきたのだろう。しかも完璧主義で*3、その仕事は象徴(天皇)以外の人に代替されることは許されないと考えられたのだろう。しかし、それは国民一般のレベルを遥かに越えているとともに、跡を継ぐ人も大変だと思う。日本国民の象徴は、もっと気楽に務め、国民とともに喜怒哀楽するが、時に手抜きがあってもよかろうと思う。
 これからが、私の最も不敬なコメントだが、今上天皇にとって、天皇の役割とは、「国民の安寧と幸せを祈ること」に加え、第125代天皇として、祖先を祀り、皇系を維持、存続させることが重要だろうと推測する。万世一系の124代の祖先を抱えた歴史は重い。皇系維持のためには、各種の宮中祭祀に加え、国民の中での皇室の役割の確立と維持が重要であり、それを探索された結論が、このような代替の効かない象徴の務めであったのだろうと拝察する。
 話はずれるが、日本の社会の中での天皇制に、私は実は危惧を抱いている。千数百年間、125代、万世一系、男系男子の重い歴史は、諸外国の歴史では例がないと聞く。世界の諸王朝(王制ではない、その他の政治体制も含める)は、競争の中での歴史を持つ。淘汰、選択の可能性という緊張の中で、存続又は交替してきた。これに対し、千数百年間の万世一系という日本の奇跡(私は虚構かも知れないと思っている)は、健全な社会の維持という観点から見てひょっとしたらもろいものかも知れない。ある種の異論を許さない、議論をオープンにせず、タブーに押し込めるという社会は、今後のグローバル世界で生きて行けるのだろうか。
 生前退位ないし譲位の制度化に当っては、単なる復古ではなく、現代の社会の動向と齟齬のない方向での検討が必要と考える。

2) 改元への期待
 天皇の意向にまさか逆らうことはできないから、生前退位は多分具体化するだろう。その際、元号法に基づき、皇位の継承に応じて元号が改訂される。若干余談だが、元号改定が行われるとした場合、期待することがある。
元号改定の透明化
 1つは元号改定の透明化だ*4。平成への改元の際、私ががっかりしたことが3点あった。
a) 十分な議論の無いまま決めた。
 崩御が発表されたのは1989年1月7日の朝。その日の午後には、「元号に関する懇談会」(8人の有識者で構成)と衆参両院正副議長に、「平成」「修文」「正化」3つの候補が示され、翌1月8日から施行された。選定理由とされているのが、後者の2つのイニシャルが昭和と同じ「S」で不都合だということだけだったと伝えられた(Wikipediaにもある)。誠にレベルの低い議論でがっかりした。事前には内々に検討が進められていたかも知れないが、広く国民間はもちろん、懇談会内部でもこの間、実質的な議論があったとは思われない。
 もっと期間をおいて国民的議論でやってほしいと思うし、生前退位となれば、十分な時間的余裕を持てる。1889年の大日本帝国憲法の発布の際、国民は提灯行列などで祝ったそうだが、当時東京大学にお雇い外国人として来日していたドイツ人医師ベルツは、一般民衆の様子を「お祭り騒ぎだが、誰も憲法の内容を知らない」と観察していた*5
 平成の元号改定の騒ぎはそれに似ている。
b) 同じエ列の長音が2つ続くのは平板。
 これは私だけの感覚かも知れないが、この音感は最初から好きでなかった。
c) 出典が中国の文献であるのがよくない。
 「平成」の由来は、「史記」五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、「書経」大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「内外、天地とも平和が達成される」という意味だとある。このようなことを時の小渕官房長官が記者発表の際に述べたらしい。こういうことだから、中国は基本的に日本を馬鹿にしている。
 明治、大正、昭和も、由来は易経書経史記とのことだ*6。漢字は、中国由来だが既に日本語だ。日本の文献にも立派なものが多い。元号の出典は日本の文献に求めるべきだ。今の元号は、紙幣に孔子などの肖像を使っているようなものだ。
改元の時点
 生前退位であれば、その時期も自由に選べる。ある報道で2020年1月1日と区切りのいい時期が候補に上っていると書かれていた(出所は失念)。2020年は、単に西暦での区切りとの趣旨だけではなく、現皇太子殿下の還暦の年だそうだ*7。1月1日改元なら好都合と思うが、実際にどうなるかは判らない。
 私はどうせなら、2021年1月1日改元がいいと思う。新元号の元年が西暦2021年で、その後も両者の差が10年単位となって換算が容易になる。とてもまともな理論ではないから、実現しないと思っているが。

*1:お言葉の全文は宮内庁HP http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12#41

*2:「今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち」2013/11/14宮内庁 http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/goryou/pdf/okimothi.pdf

*3:末森千枝子「完璧主義ゆえのお考え」、文藝春秋2016年9月号

*4:私個人としては、元号がよく替って年数計算が面倒になるのは面倒なので、昭和の末期から西暦に統一している。だから、元号は基本的に関係ないようなものだが、毎日目にするから気に懸る。

*5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%84

*6:http://www.meijijingu.or.jp/qa/gosai/07.html

*7:所功皇室会議で1両年中に結論を」、文藝春秋2016年9月号

天皇の生前退位ないし譲位

 7月13日の朝刊で、今上天皇生前退位の意向をお持ちとの話が一斉に報道された。私は、生前退位より摂政制を活用すべきと思っているので、以下、不敬にわたるが、少しコメントしたい。
1) 摂政で対応できないか
 陛下が高齢のため、執務に支障があるなら、現行の憲法皇室典範に規定のある摂政を置くのが素直だと思う。皇室典範の規定によれば、未成年や重大な事故以外の場合は、摂政を置くには「精神、身体の重患」が要件とされている。従って摂政は難しいとされているが本当にそうか。現在の陛下の状態は、「国事に関する行為をみずからすることができないとき」に該当すると考えることが可能で、今後その状況は益々悪化するであろう。
 もし現行の規定では読めないとなれば、摂政設置の要件を緩和する微修正の改正をすべきだ。今の老齢の陛下の激務を放置するのは適切ではない。

皇室典範 第16条  天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。
2 天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。

2) 生前退位がなぜ不適当か
 ここ数日の論調を見ると、生前退位ないし譲位(この2つは同じ意味であろう)は近世まで多かったから、それを認めるように皇室典範を改正すべきという意見が多い。しかし、私見では、近世までの譲位は、健康上の理由ではなく、大体政治的背景があり、権力争いの一環であった。譲位した天皇上皇となり、天皇上皇間の争いのみならず、周囲の人の思惑も大きく絡み、不安定ないし不透明な動きが多かった。上皇は、一次的な責任から免れる訳だから、早く退位して不透明な院政を敷きたいと考えたケースもある。今後もそうなる可能性があると思う。
 例えば、河合敦「読めばすっきり! よくわかる天皇家の歴史」(角川SSC新書、2012年)などを読めば、譲位が如何に権力闘争の手段として利用されてきたかが判る。これを読むと私などは、天皇というのは、もちろん人によるが如何に我執が強く、ある意味で人間的だと思う。これを制度的にコントロールする仕組がないと、危なくてしょうがない。特に現代は、マスメディアの発展により、直接国民一般に広く接触できる訳で、危険度が高まっていると思う。最後の上皇である光格天皇*1以降ほぼ200年間、生前退位が行われていないし、明治の旧皇室典範(1889年)でも譲位の規定がないのは、この制度の弊害が広く認識されていたからではなかろうか。
3) 政府首脳はなぜコメントしないのか
 安倍首相、菅官房長官は、事柄の性格上コメントを差し控えると発言している(7月14日段階)。もっとも、天皇が今回、生前退位に関する希望を述べられたということに私は驚いた。憲法第4条1項の規定のとおり、「天皇は、…国政に関する権能を有しない」から、このような発言にはかねて慎重であった。生前退位の問題が国政かという議論はあろうが、今上陛下は、国政に関しそうなことにはかねて慎重であった。余程の覚悟があったのだろうと推測できる。
 何れにしろ、生前退位に関する制度的検討は、内閣が責任を持ちイニシャティブを取って行うべきことと思うので、各般の意見を求め、早急に着手することが必要と思う。首相、官房長官は、これにより、考えていた憲法改正の着手が遠のく(あるウェブでの観測)ことでうろたえ、言うに事欠いて「事柄の性格上」と口走ったのかも知れない。

憲法第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

4) 皇族制度の問題
 高齢の陛下がかねて多忙であったことの理由の1つは、皇太子殿下が公務を十分代理してくれていないとの懸念であったかと思う。摂政であれば、代理される天皇に一次的責任は残るとも思え、その公務の代理の中身に(自分とは異なると)やきもきされるかも知れない。それに対し、譲位してしまえば他人のことだから気にしなくてもいいとの安心感があるかも知れない(やや不敬か)。私は、公務(天皇の仕事)の具体的内容については、天皇の個性により差が生じるのは止むを得ないし、今上陛下もある程度覚悟されているのではないかと思う。だが、日本国民統合の象徴である天皇としては、少なくとも安定、円満な家庭を維持していることを国民に示しておいてもらいたいと考えていらっしゃるのかも知れない。
 しかし、家族制度の安定も世界的な動きを見ると危ない。伝統的な結婚は減少して同棲カップルが増え、離婚も増加している。また、同性婚を始めとしたLGBT(Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender)のカップルも公認化されつつある。落合恵美子「21世紀家族へ(第3版)」(有斐閣選書、2004年第1刷、2011年第11刷)によれば、家族について、戦前の家制度から高度成長期に核家族に移行してきたが、その後現在に至って更に家族の解体が進んでいるという。これからは、「家族の個人化」がキーワードで、「家族生活は人の一生のあたり前の経験ではなく、ある時期に、ある特定の個人的つながりを持つ人々とでつくるもの」になっていくのだそうだ。
 国民の象徴たる天皇家においても、この傾向とは全く無縁でいられるとの前提の下に制度設計するのは、早晩行き詰まるのではなかろうか。今後、皇室典範改訂の検討が行われる場合には、少子化傾向及び男女格差の撤廃の観点から、少なくとも女性天皇制の導入は必須だと思う。私は天皇制の維持について殆ど関心が無いが、維持する場合には、外国人にも説明できるものであることが必要だろうと思っている。

*1:1771生-1840没、在位1780-1817、仁孝天皇に譲位後も20年以上、上皇として実権を保持。

「小沢一郎 妻からの離縁状」とマスコミ報道

 本日6月21日、国会の会期延長(9月8日までの79日間)が議決され、「社会保障と税の一体改革関連法案」の採決の目途が付いたようだ。私としては、現状のまま赤字国債の発行額が歯止めなく増大していく状況は破滅的で、それをコントロールできる最低条件が整備されたと考え、ほっとしている。私には、政局の全般について述べる能力は無いので、部分的なトピックとして、小沢一郎(以下、敬称略)の「妻からの離縁状」報道と、余談として、野田首相の最近の多忙な日程についての感想を述べる。
1) 小沢の妻からの離縁状
 先週発売の週刊文春6月21日号(東京では6月14日発売)に掲載された標記の記事*1は、小沢一郎が、昨年3月の地震原発事故以来、放射能怖さに、津波被災地への訪問のみならず、東京からも逃げ回っていたという隠れた言動を、小沢夫人の手紙というエビデンスを元にして報じたもので、衝撃的なものだ。今日21日(木)発売の同誌6月28日号*2は、健気にも前週の記事をフォローする特集を組んだ。早速買ってきた。田中角栄の金脈問題を最初に提起した立花隆が文春記事を称賛する寄稿をしている。
 しかし、大新聞、テレビは殆ど報道していなくて、何故かと訝しんでいる人も多いと思う。ウェブでは大変な反響を呼んでいる。いろいろあるが、紹介したいのは次の毎日新聞の記事だ。

「風知草:手紙の波紋」山田孝男(毎日新聞 2012年06月18日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120618ddm002070050000c.html
 じつは、(週刊)文春編集部は、発売寸前、東京のほぼすべての民放テレビの取材に応じていた。ところが、オンエアされない。調べてみると、小沢系の国会議員からプレッシャーがかかったらしいことが分かった。「取り上げるなら、もうオタクの番組には出ませんよ」と。政治家のテレビ出演が日常化した時代、週刊誌のスクープとテレビの取り上げ方、小沢系の思惑が互いに絡み合う消費税政局の一断面である。

 この記事(コラムと言った方がいい)によれば、民放テレビ局(NHKも報道していない)は、国会議員から、番組には出ないという圧力がかかると従うらしい。私は、政治家がテレビに出るのは、自分の政策を国民に紹介できる機会を得られることだから、政治家からテレビ局にお願いすることはあっても、テレビ局がへりくだって政治家にお願いすることはないと思っていた*3。番組として小沢系の議員の出演を要請し、それが断られればその旨を番組で述べれば何も問題が無い。
 この毎日新聞の記事のもう1つの問題は、テレビ局だけ悪者にして、大新聞が取り上げない理由にはほおかぶりしていることだ。この記者は毎日新聞編集委員だが、毎日新聞は正式の報道記事としては取り上げず、「風知草」というこのコラムで、かつテレビが報道しないことについて伝聞という形でしか紹介していない。全く報道しない新聞よりはましという意見もあろうがおかしい。
 大新聞が報道しないのは、大新聞の矜持として、離婚という私的なスキャンダルめいたことは採り上げないということだろうと思う。しかし、小沢一郎は、現時点では、野田首相の方針に逆らう民主党内の大グループを率いる領袖だ。そういう公人が放射能怖さに逃げたという告発に対し、国民としてはその真偽を知りたいと思うのは当然だ。それなのに、小沢本人からは、現時点まで何の弁明もなく、大新聞は真偽を確かめず黙殺している(私的なスキャンダルということは言い訳だ)。これは異常だ。小沢一郎に日本を任せられるか、原発事故の時に首相であったらどうなっていたのか、大新聞は検証の必要があろう。
 前述の週刊文春6月28日号のスクープ記事は、「巨人原監督が元暴力団員に1億円払っていた」というまたもやスキャンダルだ。こちらの方は、発売日の21日の朝のニュースショーで大きく取り上げられている。また、硬い方と思われる日経新聞でさえ20日付け夕刊で、巨人軍がその記事に対し、週刊文春を告発したと紹介している。他の新聞はもっと派手だ。例えば、朝日新聞は、http://www.asahi.com/national/update/0621/TKY201206210009.html
 原監督の1億円強請られ問題が低俗とは言わないが、公人小沢の人格問題はもっと真偽を明らかにしてほしいと思う。
2) 小沢支持派とは?
 小沢一郎の胡散臭さはかねがね感じていたが、今回のようなことがあればなおさら、このような人に日本の政治を委ねてはいけないと確信する。しかし、小沢支持派国会議員は、21日夜のニュースの段階では意気高く、週明けにも予定される「社会保障と税の一体改革関連法案」の採決では反対票を投じ、場合によっては新党を結成するという。
 話はちょっとずれるが、6月に入り、オウム真理教事件の、菊池直子、高橋克也が17年の逃亡の末逮捕された。びっくりするのは、高橋克也は逃走時にも、麻原彰晃の写真、説法の録音テープ、教本を所持していたという。麻原彰晃教祖をまだ信じているということで、私には全く理解できない。
 小沢一郎派の議員が40名とも50名とも言われるが、このような人格で、かつ政策方針も便宜的な人を支援するというのは、私には全く理解できない。5月の弊ブログ「小沢一郎判決文」 id:oginos:20120511 でも述べたように、裁判官は小沢を嘘つきと断じている。小沢支持派議員というのは、オウム教信者と同じではないか。
 このような政治家の行動と前述の大マスコミの小沢への対応を見ると、日本では民主主義や自由が根付いているのだろうかと不安になる。
3) (余談)首相の日程(帰国記帳の問題)
 政局話を取り上げたついでに、余談を述べる。6月21日の国会の会期末を迎えての約1か月間の野田首相のブレの無さと併せ、その多忙さに私は実は感嘆している。
 小沢が反対票を投ずるとしている「社会保障と税の一体改革関連法案」の3党合意、民主党内了承という国会会期末の多忙な中で、野田首相は、メキシコで開催されるG20に出席のため、17日の夜羽田を経ち、20日の朝帰国した。帰国した日の首相の日程は次のとおりだ。

6月20日首相官邸」(日経新聞6月21日)
▽6時23分 政府専用機羽田空港着。
▽7時3分 公邸着。
▽7時54分 藤村官房長官
▽8時35分 輿石幹事長、樽床幹事長代行、岡田副総理。副総理が残る。
▽10時4分 官邸で政府・民主三役会議。副総理が残る。
11時24分 皇居で帰国の記帳。
▽11時50分 官邸で田中、直嶋両副代表。
13時32分 幹事長代行。
16時35分 国民新党の自見代表、下地幹事長。輿石幹事長が加わる。
▽17時2分 永田町の憲政記念館で両院議員懇談会。
▽20時 輿石幹事長、幹事長代行、城島国対委員長
▽20時37分 官邸で副総理。
▽21時3分 公邸に。

 私が注目したのは、11時24分に記載されている皇居での帰国記帳だ。この首相の帰国記帳については、2年前の弊ブログ(「首相の宮家挨拶、帰国記帳」 id:oginos:20100629 )で説明しているが、私の見る限り、歴代首相は律儀に守っている。しかし、6月20日は上記のとおり極めて多忙な日で、その中で皇居に行かねばならないというのは大変だったと思う。
 上記の日程の中で、13時32分の幹事長代行と16時35分の国民新党自見代表等との間が3時間ほど空いている。私の想像だが、ぶっ倒れて寝ていたのではなかろうか(17時から始まる両院議員懇談会に備えていたのかも)。何れにしても激務の日々であったことは確かで、この中で皇居への帰国記帳などを強制するのは悪弊ではなかろうか。1国の首相にはもっとゆとりを持たせ、明晰な頭で最適の判断ができる環境と日程を与えてほしいと願う。
 更に余談だが、私は何年もの習慣として、新聞の首相動静(日経では首相官邸欄)を見てきた。今までの首相たちと比較して、野田首相の場合は、特徴が2つあると思う。第1は、割と多くの人と会っていて日程が詰っていること、第2は、夜の会食の頻度が割に少ないことだ。統計を取っての定量的な分析ではなく全くの印象論だ。
 その理由として私が想像することは、会いたいという人(手続き的には秘書官等が会わせたいと取り次ぐ人)を万遍なく受け入れているのではないか。また夜は、自分から飲みに行こうという気が少ないのではないか。言い換えると、歴代首相に比較して、真面目な宰相なのではないかという印象だ。ただ、少し心配なのは、多忙な日程に追われ、大局的な勉強をしていないのではないかということだ。会食が少ない夜に勉強していればいいのだが。

*1:http://shukan.bunshun.jp/articles/-/1442

*2:28日号目次は、http://shukan.bunshun.jp/articles/-/1467

*3:もちろん、報道の自主性の観点からは、政治家が出演を望めば直ぐ応じるとの考えは不適切で、番組の趣旨に沿って報道側に確固とした方針があるかが問題だ。

首相の宮家挨拶、帰国記帳

(首相の宮家への就任記帳)
 菅首相が就任してから、密かに関心を持っていたことは、宮家邸への挨拶/記帳に行くかどうかということだった。関心を持った所以は、鳩山首相時代に、新聞の首相動静欄を見ていたら、鳩山首相は、6月4日(金)午後2時ごろの衆議院での新総理(菅)指名の後、次のように宮家邸に挨拶に回っている(例えば、日経の「首相官邸」欄)

▽15時53分 桂宮邸で退任のあいさつ。
▽16時11分 東宮御所で退任のあいさつ。
▽16時20分 赤坂御用地秋篠宮邸、寛仁親王邸、三笠宮邸、高円宮邸で退任のあいさつ。
▽17時9分 常陸宮邸で退任のあいさつ。

 ちなみに、昨年2009年9月の就任時には、16日(水)首班指名、21日(月)米国の国連総会等出席のため羽田出発、26日(土)帰国、27日(日)大相撲千秋楽の後の翌週28日(月)には、次のように回っている。

▽9時25分 常陸宮邸で首相就任の記帳。この後、皇居で帰国の記帳。続いて桂宮邸で首相就任の記帳。
▽10時15分 東宮御所で皇太子殿下にあいさつ。この後、秋篠宮邸、寛仁親王邸、三笠宮邸、高円宮邸で記帳。

 少し整理すると、
1) 挨拶先は、皇太子に加えて、常陸宮秋篠宮三笠宮寛仁親王桂宮高円宮の計7名(「名」と言っていいのか判らない。本稿では、皇族への特別な敬語は、知らないので使わない。)。
 ちなみに、常陸宮天皇の弟、秋篠宮は皇太子の弟、三笠宮昭和天皇の弟、寛仁親王三笠宮の長男で三笠宮の後継者、桂宮三笠宮の第2男。高円宮は、三笠宮の第3男だが2002年に死んだので、今はその女子が結婚すれば高円宮家は無くなることとなっている。
2) 就任時は、時間がないせいか、皇太子を除いて、記帳のみであるが、退任時は挨拶をしている。
3) 外国からの帰国時の皇居での記帳は、あとで触れる。

(菅首相の宮家への就任記帳)
 首班指名後13日目(組閣の8日からは9日目)の6月17日(木)に、ついに、菅首相は、宮家を歴訪した。

▽8時49分 元赤坂の東宮御所で皇太子殿下に首相就任のあいさつ。
▽9時7分 赤坂御用地秋篠宮邸、寛仁親王邸で就任の記帳。この後、三笠宮邸であいさつ。続いて高円宮邸で記帳。
▽9時42分 東の常陸宮邸で記帳。
▽10時2分 三番町の桂宮邸で就任の記帳。
▽10時16分 官邸着。

 合計約1時間半の工程で、結構時間を使う(私は浪費だと思う)。
 
 私の推測であるが、元来左派の菅首相は迷っていたのではないだろうか。しかし、首相での本当にやりたいことをやるまでは、余計な摩擦を避けるために、この慣例に従ったのだと思う。ある意味で、菅首相の密かな大望を感じた次第だ。

(麻生元首相の例)
 鳩山氏の前任の麻生首相の就任は、2008年9月である。この時は非常に慌しく、9月24日(木)の首班指名、組閣のあと、翌25日(金)午前に上記の7名の邸に赴いて記帳し(皇太子には挨拶もしたかも知れない。要チェック)、その午後2時21分に羽田から、国連総会に出席するため、米国に出発した。
 2009年の首相退任時に、先ほどの宮家に挨拶/記帳に行ったかどうかは、新聞には出ていない。前述の鳩山氏の場合は、その日の午前までは首相だったので、午後の動きも新聞に出ていた。麻生氏の場合は、翌日以降に行った可能性がある。
 麻生氏の場合、2009年1月1日の元旦に、桂宮、皇太子、常陸宮邸に記帳に行ったとある(その他の宮家に何故行かなかったのか不明)。なお、この元旦の宮家邸での記帳は、鳩山氏の場合、2010年1月初めの日経の首相官邸欄を見たが、出ていない。これは、理由は判らないが、不合理なことを廃するという観点からなら、評価すべきだと思う。

(首相以外の人の宮家邸挨拶/記帳)
 いろいろ調べていると、宮家邸への就任の挨拶/記帳は、首相だけではないようだ。政治家の日記がウェブに載っていて、検索にひっかって来るが、大臣、副大臣が行なっているようだ。例えば、次は、官房副長官の日記だが、他の副大臣でも同様の日記を見た記憶がある。
http://www.jun.or.jp/CabinetSecretary/2009-09.htm

 これは、天皇の認証の必要な副大臣以上(認証官という)では慣例になっているように見える。認証官ではない政務官でも、任意であるようだが、宮家に行っていることがあるようだ。
http://blog.goo.ne.jp/toidahimeji/e/49063dc2c4fb3d80aa848eb1aa9b1717

(宮家への就任記帳の問題点)
 首相の宮家への就任/退任記帳/挨拶にも違和感があるが、これが大臣、副大臣等でも行なわれているとなると、違和感もさることながら問題があると思う。

1) 宮家への挨拶にそもそもどのような意味があるか。
 宮家の意義は、家系上天皇を出せる可能性があるというだけであり、現在においてなんらの政治的実権は無い。特に高円宮は、当主が死んでいて、皇位継承権の無い女子ばかりで、それが結婚すれば宮家自体が無くなるというところであって、それへの挨拶が必要との考えは理解できない。
 天皇から認証されたということの報告ならば、皇位継承順位第1位の皇太子だけでいいのではないか。

2) 挨拶に行ったけど不在だから記帳ではなく、そもそも挨拶抜きの記帳という儀礼に何の意味があるのか。ただ、これは、時間の節約、お互い(訪問者、被訪問者)の負担の軽減という消極的な意義が無い訳ではない。

3) 副大臣までが記帳に行っているとなると、あまりにも多すぎる。トータルのマンパワーの無駄、交通渋滞の無駄とか誠に不合理な慣例であると思う。

4) このような意味のないことを、慣例ということだけで廃止することができないという理由には、2つの可能性がある。1つは、日本では皇室に関する儀礼について議論することができず思考停止になっているということ、もう1つは、皇室の権威を復権させようとする意図を持つ勢力があるのではないかということだ。何れにしろ、日本はこのままでは存続できるのかという気持になる。

(皇居への帰国記帳)
 首相が外国から帰国すると、先ず皇居に帰国の記帳に行くことが慣例になっている。これも不思議で、不合理な慣例だと思う。鳩山氏は、よく外国に行っていたが、この帰国記帳は律儀に守っていた。現在の菅首相の最初の外遊は、カナダのトロント近郊でのサミット、すなわちG8、引き続いてのG20であった。出発は24日、帰国は6月28日(月)の深夜であった。

▽28日23時48分 羽田空港着。
▽29日0時23分 公邸で仙谷、福山正副官房長官、寺田補佐官、安住選対委員長。
▽29日8時1分 官邸で仕事と生活の調和推進官民トップ会議。続いて障がい者制度改革推進本部。この後、閣議
▽9時15分 新年金制度に関する検討会。続いて社会保障・税にかかわる番号制度に関する検討会。この後、田中伸男国際エネルギー機関事務局長。
▽10時57分 皇居で帰国の記帳。

 確かに慣例にならい、皇居に帰国記帳に行った。しかし、帰国直後ではないということで、次に述べる麻生氏の時のトラブル、鳩山氏の律儀さに比して、若干合理的になったと、私は評価している。前述の宮家への就任記帳が就任後相当日日が経過してからであったことも併せ、合理化の方向であると考える。
 ただ、将来や次の首相ではどうなるかは全く判らない。とにかくこの国では、大事なこと、特に皇室関係は議論しないことになっているからだ。

(麻生元首相の帰国記帳でのトラブル)
 帰国記帳の是非は別として、麻生首相には、帰国記帳でのトラブルが2つある。第1は、2009年1月12日に、韓国で開かれた日韓首脳会談から帰国した時で、羽田空港到着は午後3時27分だった。その後内閣広報官等と空港内で若干打ち合せた後、お台場のフジテレビで1時間ほど報道番組に出演した。それから、6時24分に皇居に帰国記帳に行った。これが、帰国記帳の前に、国内で公的活動をしたということで問題になった。
http://plaza.rakuten.co.jp/tatsumikana/diary/200901120000/

 第2は、2009年2月18日に、ロシア大統領メドヴェージェフの招きに応じ、麻生首相南樺太を日帰り訪問して帰京した際に皇居で記帳したことである。総務大臣鳩山邦夫らからそれではサハリンを外国領土として認めたことになると問題視された。 (例えば、http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/1580357/%96%83%90%B6%93%E0%8At/20/ )
 
 麻生氏は、就任直後の所信表明演説で、「御名御璽を頂き、・・・」という意味不明のことを言うなどして、皇室を崇拝していた面があったから、帰国記帳の件で非難されたのは心外であったろう。これに対し、より若い鳩山氏が帰国記帳、宮家挨拶に丁寧で、皇室を大事にしていたように見えたのは意外だった。

以上