著作物の無許諾引用について

 年度末3月の各調査団体は、調査報告書の作成で忙しい。私が所属している団体のある調査委員会で、報告書に他の文献からの図表等を引用する場合に、元の著作権者に許可を取らなければいけないかとの質問が出た。私としては、一定の要件(後述)を満たしていれば、無許可でも引用は可能と理解していたので意外だった。それを言ったら、委員の中でそんなことはないだろう(許可が必要)との顔をする人が多いので、調べて見た。
 以下、1)幾つかの学会の学会誌における引用の取扱いの違いを紹介し、次いで、2)引用についての一般的な解説、3)禁転載の表示の効果、などについて述べる。なお、以下の文で「許可」と「許諾」(著作権法では「許諾」)の語を特に使い分けているわけではない。
1) 学会誌における禁転載表示と引用の取扱い
 多くの学会誌において、論文の著作権は、執筆者から学会に譲渡されることとされており、また、学会誌には、学会の許可なく掲載論文の転載を禁ずる旨の記載がある。この転載に引用を含めるか否かについて取扱いに差がある。
(例1) 日本機械学会
 学会誌の奥付のページに、「本誌に掲載されたすべての記事内容は、(社)日本機械学会の許可なく転載・複写することはできません」とあり、その下部のコラム「複写される方へ」に、「複写以外の許諾(引用、転載、翻訳等)に関しては、…直接日本機械学会へお問い合わせ下さい」と表示されている。
 更に、機械学会の論文の執筆要綱(学会に論文を提出する研究者への指針)中*1には、次のような規定がある。

(4)他者の著作物を引用(転載)する場合は,著作権者から著作物利用について許諾を得る必要がある.
1)他者の著作物の引用できる限度(許諾を要しない場合)
法律では「正当な範囲内」において引用してよろしいとだけ規定されているので,具体的な引用が,公正な慣行に合致した正当な範囲内のものかどうかは,社会通念にしたがって判断される.また引用とは,・・・
2)引用にあたっての注意
他者の著作物の図・表・データ等を引用する際には,必ず文書によって著作権者に許諾申請を行うものとする.

 すなわち、1)で許諾を要しない引用を認めながら、2)で図・表・データ等の場合は、許諾を取れとしている。このことの問題点については、4)で詳述。
(例2) 航空宇宙学会
 学会に譲渡された著作権の複製、転載についての許諾に関する規定はあるが、引用には触れていない。執筆要項においては、引用の場合、図表のキャプションに引用元を記載すべきとの規定*2があるのみ。
(例3) 情報処理学会
 「著作権に関するよくある質問」*3中に、「引用の範囲であれば著作権者に許諾を得ることなく、図の脚注に出典元を明記するだけで利用できます。具体的には図を1,2点程度であれば、一般に引用の範囲とみなされるようです。・・・」とある。
 以上を見ると、機械学会が引用(特に、図、表、データ等)について著作権者の許諾を取ることを条件にしているのに対し、航空宇宙学会は明示的に触れていない。情報処理学会が、著作権者の許諾不要な引用を明示的に認めている。
2) 引用についての一般的な解説
引用についての、著作権法上の規定(第32条第1項)は、次のとおり。

「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」

 同条には、引用の要件として、公正な慣行の他、a)目的上正当な範囲内が上げられている。公正な慣行等については、最高裁判例等から見て、次の3つの要件が必要と言われている。

b) かぎ括弧をつけるなど,自分の著作物と引用部分とが区別されている(明瞭区別性)。
c) 自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確である(自分の著作物が主体)。
d) 出所の明示がなされている。
 「公表」については、次の注意点もある。
e) 引用は、「公表された著作物」の場合で、メールや企業の内部資料等の場合は、これには該当しない。
f) ホームページに掲載されているものが「公表された著作物」に当るかについては、かねて議論があったが、多分問題はないと思う。ただし、引用の場合の出所の表示の仕方としては、Webサイトの名称、URLに加え、参照年月日を記載されることが推奨されている(Webサイトはしばしば更新されるから)。

3)「禁転載」の表示について
 多くの学会誌において、「掲載論文の許可無き転載を禁ずる」との表示がされており、引用もこれに含めている場合が多い。これに対しては批判があり、例えば、「禁引用ないし禁転載という一方的表示は、契約関係に無い一般の引用者に対して、法的には意味の無い記載」だとの学説*4がある。
 また、今回見つけた文化庁のホームページでも、「公表された著作物は「引用」して利用することができます(第32条第1項)ので、この規定に該当する利用であれば、仮に「禁転載」等の表示があったとしても、著作権侵害にはなりません」と説明している。*5 
 ポイントは、「転載」とは、法定の著作権の1つである「複製」の1つであり、著作権者の権利である。これに対して、「引用」は、著作権法第5章「著作権の制限」中に規定されていることから判るように、著作権者の権利ではない。世の中で、「転載、引用」と並べて記載されることが多いが、法律上は別、ないし逆の概念であり、誤解を招き易い表現であろう。
4) 機械学会の「引用」に関する取扱いへの疑問
 先に例として上げた機械学会の方針については、次の問題点があると考える。なお、機械学会だけがこのようなことを規定しているわけではなく、また明文化していなくても、運用面で、論文執筆者に引用の許諾を要求している学会もある。
a) 法律上認められた無許諾引用の権利について、学会誌の論文の利用者に対し、及び学会誌に投稿する執筆者に対して、否定している。
b) 表、データは、それ自体としては著作物ではないとするのが一般的な理解である。それなのに、論文執筆者に対し、その引用(?)について、著作権者の許諾を求めているのは、不可解である。
c)  図(図形、写真)は、全てが著作物ではなく、著作物としての一般要件(思想、感情の創作的表現等(著作権法第2条1項1号)に合致するものでなければ、著作物ではない。それなのに全ての図について許諾を求めるのは、前項の表、データと同じく不可解である。写真について説明すると、物を単に撮影した写真は著作物とはされない(著作物とされる写真の著作者は撮影した人)。ただ、撮影される物について意匠権などの権利はあり得るが、著作権とは別の問題。また、前項で、表は著作物でないと述べたが、表の作成に創作性が認められれば、著作物となる。
 まとめれば、(a)そもそも著作権が無いもの、また(b)無許諾引用が認められるものについて、著作権者からの許諾を要求(しかも文書で)しているということである。
 多くの他の学会でも見られる、この許諾を求める慣行の問題点と私が推測するそれの背景については、また項を改めて述べたい。
取りあえず、以上

*1:機械学会「執筆要綱」A 2・3(4) p.3の上から数行 http://www.jsme.or.jp/publish/ronbun/JSME_Manual_20100730.pdf 2011/3/4参照

*2:航空宇宙学会「執筆要項」 2ページの11 h http://www.jsass.or.jp/web/modules/wordpress/attach/ronbun-jsass09.09.28.pdf 2011/3/4参照

*3:情報処理学会著作権に関するよくある質問」 http://www.ipsj.or.jp/01kyotsu/chosakuken/faq.html 2011/3/4参照

*4:中山信弘著作権法」(有斐閣、 2007年)262ページ

*5:文化庁著作権Q&A」http://chosakuken.bunka.go.jp/c-edu/answer.asp?Q_ID=0000268 2011/3/4参照