菅前首相の伝言ゲーム

 野田新内閣の9月2日の発足により退陣した菅前首相が、今週になってよくマスコミのインタビューに応じている。私としては首相の器量を疑わせるような内容と思うので、以下、1)インタビューの概要を紹介し、次いで2)私の感想、コメントを述べる。
1) インタビューの概要
 一昨日の夜(9月6日)のTBSの「News23クロス」で膳場貴子キャスターのインタビューに応じているのをたまたま見た。
 「総理が始めて語る福島原発事故の真実」のタイトルで、首相官邸の屋上ヘリポートがよく見えるホテルの部屋でのインタビュー(ビデオ)を流したものだ。(http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65762350.html)
 以下前首相の発言のいくつか。
a) 最悪の場合というのをどう想定していたかとの膳場キャスターの質問に対し、「メルトダウンして放射性物質が拡散すれば、首都圏の3000万人の人が長期に避難しなければならなくなる。そうなれば日本の機能が維持できなくなる、国として成り立たなくなる崖っぷちだと思うと、背筋が寒くなった。」
b) メルトダウンの可能性をいつ認識していたかとの質問に対し、「自分は最初からその可能性自体は認識していた。3月11日時点で原子力安全・保安院からメルトダウンの恐れについて官邸に報告があったと言われているが、自分の所には報告が無かった。知っていることを国民に隠したことは無い。」
c) 東電の撤退発言について、「3月15日朝3時頃海江田大臣から、東電が撤退したいとしているとして、「ある種の」相談があった。撤退というのは放置することで、それはメルトダウン、次いで放射性物質を世界にばら撒くことになる。あり得ないことだ。」(朝すぐさま東電に乗り込み、はねつけたとのナレーションが流れる)
d) 「政府が決定したことが実行されないので困った。例えば、ベントの実行を政府として決定したが、何時までもされない。何故かと聞いても理由が判らない。東電の社員が官邸にいるのに判らない。」
e) 「SPEEDIも今考えると早く出せばよかった。政府としてその分析を発表するという準備ができていなかったことが問題。しかし、SPEEDIの報告は自分のところに届いていなかった。」
f) 人災かとの問いに対し、「大きな事故が起きないとの前提で企業も政府も思考停止になっていたことが、問題だったと思う。その意味で人災と言える。」
g) 「視察や国会で外出する以外は四六時中官邸にいた。1人で官邸にいると、どこまで拡大するのだろうと不安になった。」

 このTBSの番組の他にも、読売新聞の取材にも応じている。
原発事故は人災、説明も「伝言ゲーム」*1と題して、ウェブのYOMIURI Onlineに出ている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110905-OYT1T01170.htm?from=any (9月6日08時41分)
 この中での前首相の発言の抜粋は次のようだが、基本はTBSのインタビューのラインだ。
h) 「事故前から色んな意見があったのに、しっかりした備えをしなかったという意味で人災だ」
i) 「想定していたシミュレーションがほとんど機能しなかった」
j) 「(東電についても、格納容器内の蒸気を放出する)ベントをするよう指示を出しても、実行されず、理由もはっきりしない。説明を求めても「伝言ゲーム」のようで、誰の意見なのか分からなかった」
 東京新聞とのインタビューもある。「首都圏壊滅の危機感 菅前首相に聞く」http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011090690070913.html (5月6日07時09分)
 上記と同じような内容なので省略。
2) 感想
 インタビューを見、読んでがっかりした。インタビューアーが天災か人災かを問うているのは、政府と東電の責任を問うているのだが、それについては、準備を怠っていたという面で人災として認めており、政府の責任も認めている(上記インタビュー項目f、h)。準備を怠っていたことはある程度事実であろうが、全てのことに万全の準備ができる訳ではない。準備の無いことでも最善の対応をしていくことが当局には望まれるが、今回そうであったとは思えない。
 また、政府等の責任は認めつつも、自分については、知らなかった、自分の所に報告が無かったとして、逃げている(b、e)。「隠してはいない」としているが、判ったものではない。人間は都合の悪いことは、意識的に又は無意識に忘れることがある。以下、首相としておかしいのではと思ったことをいくつか述べる。なお、弊ブログ(「原発危機・事故はなぜ深刻化したのか」 id:oginos:20110610 )を参照。
(1) 政府が決定したことが実行されなくて困ったとしているが( b、j)、実行されないことには原因があるはずだ。決定には戦略ベースの決定に続いて、戦術ベース、作戦ベースのブレークダウンがあり、それぞれにトラブルが生じ得ることは常時想定しておかなければならない。現場にいない人に理由を聞いても即答できないことがあることは当り前だ。専門家に聞けば即正しい答が出るものではない。
 ベントがなぜ直ぐ実施されなかったかは、ちゃんと分析することが必要だ*2。前首相がその原因に関心を持たず、その分析を半年近くも放置して、「政府決定が実行できなかった」*3と今時点でもぼやいているのは前トップとして信じられない。
(2) 報告が官邸には来ていても、自分は聞いてなかった(b、e)というのは、幼稚な弁解だ。かねて報道されているところでは、前首相は、いい報告が来ると何故もっと早く来ないかと文句を言い、悪いことであれば、それぞれのところで処理しろと怒るというような姿勢であったと言う。トップたるもの、混乱の中では、入ってくる膨大な情報に対して不必要な詰問をして流れに淀みを生じさせてはいけない。その後の情報提供者は途端に情報を整理し、原因、理由を説明できないものの提供を逡巡し、総じて情報提供が遅れるようになる。淀み無く一次情報が入ってくるようにし、細心の注意で政策的決断をしていく姿勢が必要ではないか。情報が自分には入っていなかったというのは、官僚や官邸内の問題もあるかも知れないが、今回の場合本人の問題が大きいと私は見ている。また、前首相が嘆く「伝言ゲーム」(j)も、その原因には、逆質問を恐れる説明者があえて自分の意見を言わず、他の人の発言を引くという面もあったのではないかと想像する。
(3) 何か情緒的な物言いが多いことも、トップの器量として気にかかる。最悪の事態として首都圏3000万人の避難が想定され、背筋が寒くなったという(a)。こんな感想だけを述べているようでは、例えば戦争とか、想定を上回る規模の首都圏大地震とかの非常時に指揮できるのだろうか。また、1人で官邸にいるとどこまで拡大するのだろうかと不安になったという(g)。
 村山元首相は、阪神大震災の時、呆然としてテレビばかりを見ていて対応の遅さを批判され、当人もその後ずっと悔んでいたという。菅前首相の対応は正反対だが、現時点で情緒的な反省ばかりされても困る。
 福島原発事故対策の最高責任者が退任後の現時点で言うべきことは、これこれの対策を講じたから福島県は安全である、又はまだこの点が不透明だが、このような点に気をつけて対応していってほしい、などであろう。情緒的な話は補足的なものだ。
(4) ずっと官邸にいたというので(g)、日経新聞の「首相官邸」(首相が人と会った記録。毎朝の新聞に出ている)の3月11日から5月31日までをチェックした。5月2日までは確かに夜の外食はないし、昼食も外に出た気配が無い(5月になっては時々ある) *4
 これは、5月になれば外食をしていると言って、前首相の発言の揚げ足を取ろうとする趣旨ではない。約50日間官邸に篭りきりだったことは本当で、夜も9時、10時までの公務はざらだ。ある意味で感心したが、これでは息抜きが無く精神的にも行き詰ったのではないかと思う。彼の息抜きは多分お気に入りの寺田学衆議院議員と駄弁ることぐらいではなかったのだろうか。寺田議員は震災まで首相補佐官だったが、3月26日に馬渕澄夫元大臣が首相補佐官に起用された結果、補佐官の定数からあぶれ無職となった。ところが、4月になっても寺田議員はよく首相官邸を訪れている(多分呼ばれて)。1人での訪問が多く、また昼食時間周りも多い。
(5) 前首相の発言をまとめれば、東電や原子力安全・保安院が絶対安全として準備を十分していなかったから、人災であることは認めるが、事故処理については自分のところには情報が来なかった、ということである。さすがに、自分には責任が無いとまで公言していないが、暗にそれを主張している。
 NEWS23クロスでは、この事故後の対応については、ちゃんと検証することが必要だと言っていた。震災翌日の3月12日に首相が福島原発の現地を視察したことが、現場を混乱させ、ベント作業などを遅らせたとの批判があるが、私は必ずしもそうではないと思っている。しかし、首相退陣後にこのような話をしているようでは、事故後の対応の検証の対象に、当時の首相の言動、指揮内容も含めるべきだと感じる。

*1:「伝言ゲーム」の語については、弊ブログ(「原発危機・事故はなぜ深刻化したのか」 id:oginos:20110610 )を参照。意味は多少異なるが、同じ語をキーワードとして用いている所が面白い。

*2:弊ブログ(id:oginos:20110610)でもその原因と思われることを紹介している。

*3:自分が決めたことは、問答無用に実行されるべきと幼稚に信じているのだろうか。

*4:5月3日(休日)昼ホテルの中華料理店で夫人ら家族と、同日夜別ホテルの中華料理店で仙谷議員と、9日夜赤坂の日本料理店で松本防災相と、14日夜赤坂の日本料理店で孫ソフトバンク社長らと、21日夜は迎賓館で温家宝中国首相、李明博韓国大統領らと、24日から28日まではフランスでのサミット出席。