トヨタ産業技術記念館

 名古屋に用事で行ったついでに、かねて評判を聞いていたこのトヨタの記念館に行ってきた。正式名称は「トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館」という。実は1994年に開館しており、今さら紹介するというものでもないが、この記念館の地でトヨタグループが1911年に創業してから今年がちょうど100年という年なので話す意義もあろう。期待して行った訳が、期待以上によかった。以下、紹介と感想を幾つか。
1) 場所
 余談めいたことから始まるが、場所は、名鉄名古屋駅から名鉄電車で1つ目の「栄生」駅から徒歩3分の至近距離だ。私は、トヨタの記念館だから本社工場等がある豊田市の近辺だろうと思い、それなら簡単には行き難いと誤解していた。名古屋駅近辺で時間の余裕があれば簡単に観て来ることができる。ということを最近知ったので、早速機会を得て行ってきた次第。
 「栄生」について一言。私は全く知らない地名だったが、「さこう」と読む。私は最初アクセントは「高低低」と「さ」にアクセントがあると思った。ところが駅のアナウンスを聞くと「低高低」と「こ」にアクセントがあるので、若干不自然に感じた。帰京後調べて見ると、共通語の「人名、地名のアクセントは原則として平板型か、最後から数えて三拍目に核のある形に限られる」とのことだ*1。すなわち共通語では3音節の人名、地名の場合、「低高高」か「高低低」に限られるとの意味で、「低高低」はやはり不自然だ。名古屋弁ではこのような地名のアクセントは自然なのだろうか。
 「栄生」は、トヨタグループのルーツの豊田自動織布工場が1911年に創業し、その後身の豊田紡績の本社が置かれていた場所だ。語源は川に挟まれたせまい場所を示す「狭所」(サコ)で、周辺の住民の意思によって、縁起の良い文字である「栄」と「生」の文字が充てられ、現在のような表記になったとのこと*2
2) 入場料
 入場料は大人で500円。ただ、65歳以上のシニアは無料とある。これで迷った。弊ブログ(老いの才覚、id:oginos;20110113)で紹介した曽野綾子著「老いの才覚」を思い出したからだ。それによれば、著者の夫君の三浦朱門は、「老いの基本は自立と自律との考えから、バスのフリーパス、映画館の割引などについて、払える年寄りは、自らの尊厳のために払うべき」と主張している。
 私にとって、今回無料サービスではなく、支払うべきとする視点は、

  • 三浦朱門流に、自らの尊厳の維持。
  • 私はかねて産業技術史館的なものが必要と考えていたので、この趣旨に沿った施設に対しては、むしろ寄付など積極的に支援すべきであって、無料サービスを受けるなどもってのほか。
  • まだ勤務していて給与を得ている。

 一方、無料サービスを受けていいではないかとの視点は、

  • トヨタ・グループが設置しているもののサービスは素直に受けていい。
  • 他の施設のシニア向けサービスを全て受けない積りならともかく、今後シニア・サービスの一つ一つに受けるか受けないか悩むのは面倒ではないか。

 結局は、500円と安価なので、入場料を払うこととした。受付では、JAFなどの優待割引がありますとの親切な案内はあったが、(秘かに恐れていた)シニア無料サービスの案内は無かった。恐れていたのは、もし言われたら、まだシニアではないと嘘を言おうか、シニアだけど払いますと言おうか、じゃあ只でと言おうか悩んでいたからだ。ひょっとしたら、受付嬢は、そういう失礼なことは言わないように教育されているのかも知れない。
3) 技術記念館の紹介
 本題に移って、記念館の概要は、立派なHPがある。http://www.tcmit.org/outline/exhibition.html
 敷地41,600㎡、延床27,100㎡、展示場14,300㎡の中に、古い工場の赤レンガ風を活かして、繊維機械館、自動車館、その他テクノランド(技術的なことが学べる遊具)等が置かれている。
 繊維機械館には、過去の織機が多数置かれていて圧倒される。しかも一部だが、豊田佐吉が発明した機構(無停止自動杼換装置等)の仕組みが判るような形で動いている。その他、私は初めてで感心したが、糸車(紡ぎ車)でガイド嬢が実際に綿の塊から糸を紡ぎ出してくれる。古い映画などで、女性が大きな糸車を使っているが、私はその仕組も行われている中身も理解していなかった。今回知ったのは、左手に持った綿の塊から、左手の指で繊維を繰り出し、それが糸車についている回転する棒で撚りをかけられる。数回撚りを掛けた後、糸として巻き取られる。
 自動車館は、多数の自動車が置かれており、各自動車技術の内容(例えば、エンジン、ABS等)が判りやすく展示されている。壮観なのは、古い時代のプレス機械等の生産機械が多数置かれていることだ。鋳造、鍛造等の実演(スケジュールがある)も行われている。
 各所に判りやすい動作で示すモデルや展示があり、また、説明員も多く至れりつくせりとの印象だ。テクノランドも子供向けに遊びの中で学ぶことができるそうだが、混雑していてよくは見ていない。
4) 感想
 このような技術的展示について、かねて私なりに良否を評価する基準が幾つかある。a)観客が手で触ることが可能、b)観客が動かせる、c)機械などは動いた状態で展示する(動態展示)などだ。製品、部品、機械が如何にきれいに展示されていても、ガラス箱に入れられていたり、触るべからずとの表示があるとがっかりする。若い人の理科離れが問題になるが、私はその解決策の1つとして、積極的にものに触らせるような展示に小さい時から接することができる環境の整備も有効ではないかと思っている。
 その意味でこのトヨタ記念館は、(私は1時間ぐらいしか見られなかったが)ほぼ満点で、しかも手抜きが無い。20世紀の繊維機械と自動車生産機械が多数並んでいるさまは、むしろ偏執症的な趣きもある。以下、若干シニカルな眼で印象を述べる。
 私は、理系の出身でもあり、各展示に非常に興味を惹かれたが、若い人たちにその思いが理解されるだろうかとの懸念も持った。
 この技術記念館は、20世紀の日本の技術者の思いが込められた博物館だ。「昭和の日本」が最近の懐古趣味のキーワードだが、この記念館を見ると日本の産業技術の発展の舞台は20世紀で、それを支えたのが「20世紀日本」の技術者の生産技術改善の執念だったことが判る。欧米に追いつき、追い越すことが明確な国民的目標であった時代に、技術開発の目標も、既に欧米で開発された製品を自分の手で具体化し、更に高品質の製品をより低コストで生産することに置かれていた。このような「20世紀日本」のパラダイムを改めて全て示されると、感心すると同時にややうっとうしくもなる。生産技術は素晴らしいと思う反面、細かい改善例が沢山並ぶと、何か新しいものを産み出したのかと疑問も出てくる。
 問題は、この「20世紀日本」のパラダイムが「21世紀の世界」にも通ずる普遍性のあるものだろうかということだ。細かい生産技術の改善に注力した我々世代の価値観が保存されたこの技術記念館の意義は高いが、その次の価値観は何であろうかというもどかしい思いが残った。
 最後に、技術記念館へのお願いを述べたい。素晴らしい展示が多かったが、その詳細な説明やビデオなどを技術記念館のHPにアップしてもらえないかと思う。館の見学は普通時間が限られている。十分理解できなかったこと*3の再確認や更に勉強することが可能になる。若い人の理科離れをくい止めるためにも有効だと思う。現在の厳しい国際競争下にある最先端技術ならともかく、過去の技術の展示であるから、HP上の公開にそれほど困難は無いのではなかろうか。

*1:http://www5a.biglobe.ne.jp/~accent/accent.htm 「日本語のアクセント」中「2 固定アクセント詞」の項

*2:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%84%E7%94%9F%E9%A7%85#.E9.A7.85.E5.90.8D.E3.81.AE.E7.94.B1.E6.9D.A5

*3:実は、前項で述べた糸車の糸撚りから巻取りの仕組みが帰宅後また判らなくなった。