AIJ投資顧問

1) AIJ投資顧問のスキャンダル
 厚生年金基金の資産を運用していた「AIJ投資顧問」が2000億円の運用資産を40億円程度まで毀損したという報道がされてびっくりした*1。これに関しては、AIJ投資顧問の運用が詐欺かも知れないと言われている。それに加え、私は運用を委託した厚生年金基金の幹部の責任も問われるべきだと思っている。というのは余りにもリターンが高い運用は必ずリスクがあるはずで、それを踏まえて投資すべきだった訳で、AIJへの委託割合がわずか(私としては2-3パーセント以下とのイメージ)であれば、それはしょうがないと感じるが、20-30%とかを越していれば年金基金の方の責任も免れないと思っている。
 その後、更に社会保険庁(2010年1月から「日本年金機構」)のOBがこのAIJに深く関与していることが報道されている。すなわち、74歳の同庁OBの経営する年金コンサルタント会社が、数年前まで年間数百万円の顧問料でAIJと顧問契約をし、各厚生年金基金に紹介をしていたという。また多数の社会保険庁OBが多数の厚生年金基金に再就職をしていて、この先輩のコンサルタント会社が主催するセミナーに参加するなどで、AIJを紹介され、運用を委託していたという*2
 誠に由々しきことで、社会保険庁職員とそのOBの堕落は極まれりと思う。これは、従来の社会保険庁のスキャンダルとは質が違うと思い、以下、2)従来のスキャンダル、3)今回の事件に係る私見について述べる。
2) 従来の社会保険庁の不祥事
 社会保険庁の従来の不祥事と言えば、例えば、a)年金記録のぞき見(2004年)、2)年金保険料の不正免除(2006年)、c)消えた年金記録問題(2007年)などが思い浮かぶ。不祥事であることは間違いないが、これらは何れも、彼らは年金のプロとして、おそらくその結果を承知しつつも、政治家等の方針に従って止むを得ず実施した面があると私は感じていた。
a)年金記録のぞき見は、その頃、政治家等有名人の年金未加入(菅直人氏も含む)が話題になり、世の中争って他にどんな人が未加入かと関心を持っていた時だった。暴露されて怒った政治家が、のぞき見をした社会保険庁職員が悪いと言い出したのだ*3
b)保険料の不正免除は、ひとえに社会保険庁幹部、ないし政府が指示した保険料納付率のアップに、安易な手段で応えようとしたものだ。普通の幹部なら、納付率が急激に改善した年金事務所に対してはその内容をチェックし、当然予想される不正免除などの便法を許容すべきではなかった。それが、政治家ないし幹部のガバナンスというものだ。
c)消えた年金記録問題は、持ち主が特定できない年金記録が5000万件もあるとの問題で、野党時代の民主党が大騒ぎしたものだ。これに対し、膨大な人と予算を投じて照合作業が進められた。年金記録問題の基本は、1998年から始まった、各種年金手帳を基礎年金番号へ統合する作業が正確には進められなかったことに由来する(名寄せ問題)。この統合に係る作業計画の手順の悪さは大問題だが、2007年にこの問題が明らかになった後の現実的な対応としては、各保険者に対し社会保険庁の有している記録内容を送付し、チェックしてもらうことを基本にすべきだったと思う*4。それを、過去の紙台帳との照合作業を人海戦術で始めたら、どれだけ時間があってもできないと思う。2011年12月の年金機構の発表によれば、2006年6月時点の未統合記録5095万件のうち、1615万件が統合終了、未だ手つかず(今後更に解明を進める記録)が967万件とある(http://www.nenkin.go.jp/pension/pdf/23_12.pdf)。この作業に計4560億円の巨費が投じられるという(http://nenkin.co.jp/lifeplan-blog/news/archives/2011/05/11-172530.php)。
 1998年スタートの基礎年金番号統合作業に十分な準備と予算を割かなかったのは、社会保険庁の不手際であるが*5、その後の全件突合作業などの無駄は政治に翻弄された結果で、社会保険庁はプロとして、その結果は判っていたと思う。
 この他のスキャンダルとしては、贈収賄や公費濫用などの類があり、もちろん容認できる訳ではないが、どの社会にでも一定割合で存在するものではないかと思う。根絶を図る事前予防対策は弊害が大きく、事後処理としての厳罰が最善の対策だと思う。
3) 私見−資産運用の素人の罪
 以上のこれまでの不祥事に対し、社会保険庁は一応はプロとして関わってきたが、今回のAIJ問題については、社会保険庁OBは資金運用の素人であることを露呈した訳で、その罪は大きい。というのは、資金運用の素人が、紹介企業(この場合AIJ)の実態を知らないまま(知っていたとしたら犯罪(詐欺罪)となろう)、いろいろな厚生年金基金に紹介し、その資産を毀損させたからだ。紹介を受けた厚生年金基金社会保険庁OBは、資金運用についてもっと知らなかったであろう。資金運用のリスクを知らず、多額の資金を預かりつつ、初歩的な警戒もせずに危うい投資をして失敗したというのでは、全く弁解の余地は無い。そのような素人のOBを組織的に送り込んできた社会保険庁(今では日本年金機構)の組織的な失態であろうと思う。
 私事を述べるが、私はここ10年間余り複数の財団法人で金融資産の運用を行ってきている。心がけてきたのはポートフォリオ運用(分散運用)で、具体的には、ポートフォリオの3基準(a格付け、b期間、c発行体)を作って運用してきた。a)格付けは、AAAを資産の何割以上など、b)期間は、長期債、中期債、短期債のバランスを図る、c)発行体は、1つの発行体の債券を資産の10%以上は買わない(日本国債は越えても可)、などである。
 このような慎重な投資姿勢の原点は、自分が20代の頃、株と為替の投資を少し試みて損をした個人的経験があるからだ。最近、国家公務員の株式投資は、インサイダー規制やスキャンダルの発生もあり、相当抑制的に運用されている*6経済産業省は全職員に株取引を禁止しているらしく、社会保険庁がどうなのかは知らないが、一般に公務員の株式投資は胡散臭く見られている。
 暴論だが、私はこのような規制は止めて(インサイダー取引は違法だから、もちろん論外だが)、公務員の株式投資も少し大目に見ていいと思う。成功失敗の経験を積み重ねていれば、若干でも投資に関するマインドが形成され、AIJのようなものにあれほど多くの厚生年金基金が投資を委任することはなかったのではないだろうか。一般に、国民の常識と離れた規制を公務員に課することは、一般市民の意識を理解できない公務員を培養することになり、問題ではないかと思う。

*1:1割の200億円という報道も多い。http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120224k0000e040147000c.html

*2:例えば、http://www.asahi.com/national/update/0303/TKY201203020846.html

*3:ちなみに、年金未加入問題は、国民年金収支の改善のために言われ始めたことだが、国民年金加入者を増やすことは、国庫負担額、すなわち国民負担が増えることだから収支改善には効果が無いと思う。従って、未加入が問題になった政治家達は軒並み以後年金保険料を納付すると言ったが、本当に反省したのなら、更に、収支改善のためその分の年金は受け取らないと言ってほしかった。

*4:私に届いた「ねんきん定期便」によれば、真の意味での年金記録の送付は、過去の各年各月の標準報酬額が記載された2009年のねんきん定期便で実現した。その前の2008年の「ねんきん特別便」では、勤め先の名称と勤務期間だけで標準報酬額は記載されていなかった。更に2006年の基礎年金統合時の「年金加入期間の案内」では、厚生年金、国民年金のくくりでの加入期間(月数)しか記載されていず、これでは普通の人は確認の仕様がなかった。

*5:これも年金支払いを減少させて、年金収支の改善に繋げたいとの、年金プロとしての陰謀だったのかも知れないが。

*6:国家公務員は、「国家公務員の株式の取引について」(1995年9月28日事務次官等会議申合せ)により、自己の所属する部局が所管する企業の株式の取引については、・・・取引の自粛等をすることとされている。