竹島・尖閣問題(その2)‐国際司法裁判所

 前回の弊ブログ(id:oginos:20120819)の続きで、今回は、1)野田首相の親書の返還問題に関する雑感、2)領土紛争と国際裁判に関する勉強の紹介、3)若干の私見だ。
1) 野田首相の親書の返送
 竹島問題では、今週も心配なことが続いた。野田首相は、韓国のイ大統領に、大統領の竹島上陸と諸発言に遺憾の意を伝える等の旨の親書を8月17日に送付していたが、韓国はその親書の受取りを拒否することとした。親書の返還のため、23日(木)に在京韓国大使館の参事官が外務省に来たら、玄関前の舗道で守衛に立入りを拒否された。親書を受け取らない韓国も非礼だが、守衛に断らせる外務省も狭量だ。
 入館を断られた韓国大使館が書留で外務省に郵送したと聞いた時、もし外務省が郵便の受取りを拒否したらどうなるのだろうかと心配になった。日本郵政のHPで調べたら、一般に郵便物の受取りは、「受取拒絶」との付箋を付けてポストに入れるなどすれば、差出人に返送してくれる(http://www.post.japanpost.jp/question/121.html)。仮に外務省が受取拒否すれば、郵便局は差出人(韓国大使館)に返送する。これに対し差出人の方も受取拒否ができるようで、そうなると郵便局の所有物になるらしい*1。一国の首相の親書が結局郵便局の所有になって、最後は捨てられるのだろうか。日本国の主権の領域内で(特に郵便局はかつて日本政府の郵政省)、日本国首相の親書が放置されるのもみっともないと心配していたら、外務省は24日になって受け取ることにしたそうだ。玄葉外部大臣と藤村官房長官は、24日の記者会見で、「非礼の韓国に乗っかって送り返すのは日本の品位を汚す。大人の対応をした」と述べていたが、郵便局内放置の可能性も心配したのではないかと思う。
 「大人の対応」と言えば、私としては、親書を最初に返しに来た韓国大使館の参事官を外務省の門前で守衛に拒否させた外務省のやり方も、子供じみていたと思う。拒否するなら外務省のしかるべき人が対応すべきで、守衛に任せる話ではないだろう。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件で逮捕勾留した中国人船長を釈放する際、(中国の反発に対応した官邸の指示であるのが明らかであるにも拘らず)那覇地方検察庁の判断としたことを連想させる。
2) 領土問題と国際裁判
 24日夕方には、野田首相の臨時記者会見があり、領土問題について相当詳しく立派に説明した。これに対する韓国側の反発も報道されて、日韓関係の今後が心配される。それで、日本が提案し、韓国が同調しそうもない国際司法裁判所への提訴はどうなるのであろう。アマゾンに注文していた次の本を読んだ。
○ 金子利喜男「世界の領土・境界紛争と国際裁判(第2版)」(明石書店、2001年5月第1版、2009年5月2版1刷、2011年4月2刷)
 圧倒されたのは、「領土・境界紛争の判例研究」と題する第3部だ。20世紀以降の領土・境界紛争の国際裁判による判例が約30ケース説明されている。世界の各地域でこのように領土紛争が多く、またその相当部分が国際裁判で解決されていたのには驚いた。著者の調査によれば、20世紀中、50件ほどの領土・境界紛争が「国際裁判」に付託されたとのことだ。この場合の「国際裁判」とは、次を指している。

  • 国際司法裁判所(ICJ。1946年設立の国際連合の機関)、
  • ICJの前身の常設国際司法裁判所(1922年設立の国際連盟の機関)、
  • 常設仲裁裁判所(1901年設立、1899年の第1回ハーグ国際会議で採択された条約に基づく。現在もICJと同じオランダのハーグに併設されている)、
  • その他の国際仲裁裁判(その都度当事国の合意のもとに選定した判事により設置。1875年の万国国際法学会の規則案等に基づく)

 留意すべきは、何れも当事者国双方の提訴に基づいて裁判が始まること、ICJは領土問題以外も扱っていること、国際裁判に掛けられない(当事国の了解が得られない)領土紛争も多いことだ。
 同書は、日本の領土問題、すなわち、北方領土竹島尖閣諸島を巡る状況、問題を分析し、それを踏まえて、上記の世界の判例から何らかの知見を引き出そうとしている。私は、とても全貌を理解できていないが、印象に残ったことを紹介する。
a) 北アジア(具体的には日、中、韓)とロシアは、領土・境界紛争を国際裁判所の解決に委ねたことが無いという珍しい地域だ。著者によれば、20世紀以降国際裁判を利用した国の数は、アメリカ大陸15か国、欧州13か国、アフリカ10か国、中近東5か国、南アジア6か国だ(同書209ページ)。また国際裁判所を利用した回数の多い国は、英国が8回で最多、次いで米国5回、フランスとホンジュラスが各4回だ。
 確かに、日中韓の地域とロシアの利用実績が無いのは、偶然にしても異様だ。著者の主張は、日本も率先して領土問題を国際司法裁判所に委ねたらどうかということだ。しかし、北方領土についてはロシアからかつてサジェスチョンがあったのに日本は拒否したらしい(1992年のエリツイン大統領の訪日の準備段階。ただし日本政府は公式には認めていないようだ)。尖閣については、領土問題はそもそも存在しないということで検討されていない。竹島については今まで2回日本から提案したが、韓国から拒否されている(今回は3回目)。
 なお、著者によれば、日本の主張が認められるかどうかはよく判らず、例えば北方領土4島のうち、国後、択捉の2島については相当悲観的だ。
b) 国際裁判の判決が履行されなかった例が少なく、領土紛争の解決への効果が高い。20世紀中の判例中履行が問題になるのは約5分の1の8件(母数が明記されていないが、50件ほどとの記載もある)だ。しかし、その8件のうち5件がその後再度の国際裁判に付されて解決し、2件が結局は別途解決されたが、それは拒否された判決を基礎にしていた。結局解決されなかったのは1件だけとのことだ。
 これは、関係者に、国際法ないし第3者による仲裁を尊重して問題の解決を図ろうとする意思(法を尊ぶ精神)があることに因っていて誠に敬服に値する。
3) 私見
 著者の金子氏の主張は、日本の3つの領土問題は、それぞれ半世紀前後も議論を続けてきてまだ今後も解決の展望が無いのだから、国際司法裁判所に提訴して、どんな結果にしろそれを受け容れて、今までの無駄な労力を未来の国際関係の構築に向けてはどうかということだ。従来の私は、このような主張は青臭い理想論だと思っていた。しかし、世界の他の地域で国際司法裁判所がこのように活用されているのを知ると、見込の無い2国間の論争を続けるよりはいいかと思うようになった。
 この国際司法裁判所の活用への方針転換に際しては、3点留意することが必要だろう。
a) 韓国だけでなく、中国、ロシアに対しても速やかに同じく国際裁判移行の方針を伝えることだ。韓国に対しての説明としても有力だし、また、内容は異なるものの永年膠着しているという面で共通する領土問題に対し、問題により対応策を違えるというトリプル・スタンダードとの後ろめたさが無くなる。
b) 裁判所の判決が如何なるものになれ、潔く受け容れることだ。自国のかねての主張に固執することなく、領土問題の解決はそれだけの価値があると思うことだ。
c) 領土問題に関する国際司法裁判所の審理と並行して、2国間の多角的な協議を行うことによって、両国関係の発展に繋げることも目指したらどうかと思う。これは金子著に書いてないことだが、排他的経済水域の共同開発の問題などを並行して協議することによって、領土に関する自国の主張が容れられない結果になってもそれに替る便益が得られ、両国が満足することにならないだろうか。
 最後に、こんなことを言うと非国民との謗りを受けるかも知れないが、私自身は領土への執着はそれほど無い*2。何れの島も日本人は住んでいず、人的被害の恐れは無い。ただし資源的価値の可能性は大きいし、200海里の排他的経済水域も魅力的だ。国後択捉の場合、周囲が公海なので200海里はもろに効いてくるが、竹島尖閣の場合、相手国との境界があるので影響は200海里より遥かに少ないようだ。何れにしろ富の問題で、無くなれば無くなったということで日本国民としては何とか生きていけるのではないか。

*1:郵便事業(株)「内国郵便物約款」第88条第3項「郵便物の差出人が返還すべき郵便物の受取りを拒んだときは、その郵便物は、当社に帰属します。」http://www.post.japanpost.jp/about/yakkan/1-1.pdf

*2:電車の中で週刊誌や雑誌の中吊り広告を見ると、何れも領土主権保持一辺倒で、私はおののく。