カウントダウン・メルトダウンの日経書評

 たまたま新聞を読み溜めていて古い記事を読んでいたら、2月の弊ブログ(id:oginos:20130216)で紹介した「カウントダウン・メルトダウン」の書評が出ていた(3月24日付け日経新聞)。読むと、私の感想と相当違うポイントで紹介している。誤読ではないかと思われるところもある。それで、評者が日経の編集委員となっていることもあり、同紙に意見を言うこととした。以下、1)私の意見の内容、2)元の書評の引用と追加のコメント、に加え、その際に感じた3)日経新聞の問合せシステムと他紙との比較を述べる。
1) 意見の内容
 意見の下書きを書いたので、私の言いたかったことを説明するため、先ずそれを紹介する。意見提出には250字の字数制限(3で説明)があったので、その次に、削って提出したものを紹介する。

(下書き版) (1150字)
 新聞を読み溜めていて、古い記事を読んでいましたら、次の書評を見つけました。失礼ながら異論があるので、申し上げます。
カウントダウン・メルトダウン(上・下) 船橋洋一著 複眼的な視点で危機管理を問う

2013/3/24付朝刊 日経新聞 書評(抜粋)
 米国が50マイル(約80キロ)の避難範囲を決めた経緯も興味深い。原子力艦艇を操る米海軍は独自のリスク思想を持ち200マイル(約320キロ)を主張、それでは日米同盟がもたないとする外交官たち(国務省)と対立した。50マイルは米原子力規制委員会のヤツコ委員長(当時)の一言で決まったが、科学的根拠はなかった。(編集委員 滝順一)

 私も同書を読みましたが、これは失礼ながら、誤読に近いと思います。米国内の対立は、在日米国人の避難範囲について、原発から200マイルを主張する米海軍と20マイルを主張する米国務省及び米NRC(原子力規制委員会)との対立です。それで、Deputies(副官級会議)と呼ばれる会議(於ワシントン)でも折り合わず、最後に科学的な観点での解決をとのことで、大統領科学技術担当補佐官のホルドレンにシミュレーションと分析を依頼しました。確か2日間程度かけたホルドレンの結論は、海軍の200マイル飛散シナリオを真っ向から否定するものでした。それで具体的な避難距離の設定についてのみ、副官級会議はNRCのヤツコ委員長に委任したもので、ヤツコは、米国内で事故が起きたらどう設定するかということなど考えて50マイルとしたものだとのことです。
 評者のいう「科学的根拠は無かった」というのは、ヤツコのした細かい具体的な距離の設定方法についてであって、その前提の大方針となる考え方については、厳しい科学的観点からの分析があったと理解するのが普通だと思います。すなわち、米国内の論争の本質は、避難範囲に東京までを含めるものにするかどうかであって、その大方針については科学的な論拠をもって判断したということです。その大方針を決定した後、具体的に50マイルにするか、30マイルにするか、20マイルにするかなどについても十分な科学的根拠に基づくものにすべきかどうかが問題です。私は、a)そもそも科学はそのような細かいレベルまで信頼され得るものではない(時間と資金をかければある程度は精度が上るが)、b)米国としては在日米国人の避難だけが関心だから精緻に根拠づける必要は無かった(多数の住民を相手にする日本政府の方はもっと厳しい判断と選択が必要だが)ということだと思います。
 なお、同書に関する私の感想については、2月16日の弊ブログ「カウントダウン・メルトダウン」に書きました。何らご参考までに。http://d.hatena.ne.jp/oginos/20130216/p1

(提出版) (本文字数250字。4月7日ネットで提出)
タイトル「書評「カウントダウン・メルトダウン」について(3月24日付け紙面)」
本文
標記書評中「米海軍は200マイルを主張、国務省等と対立。50マイルは米NRCのヤツコ委員長の一言で決まったが、科学的根拠はなかった」に関し異論がある。米国内の対立は科学的な解決を目指し、最後に大統領科学技術補佐官ホルドレンに分析を依頼した。同氏の分析は海軍の200マイル説を否定し、これにより東京を避難地域に含めない旨の大方針が決定した。ヤツコは具体的な避難距離の設定のみ委任された。評者のいう「科学的根拠は無かった」のはヤツコの距離であって、大方針については厳しい科学的な議論があったと理解すべき。

 このように短くなって、私の主旨が伝わっているのだろうかと心配になる。
2) 元の書評の全文引用と追加のコメント
 元の書評には、前項以外にも私の印象と随分異なる部分があった。ほぼ全文が私の批評の対象なので、以下、書評の全文を引用し、次いで追加のコメントを述べる。

日本経済新聞朝刊2013年3月24日付け書評欄]
カウントダウン・メルトダウン(上・下) 船橋洋一 複眼的な視点で危機管理を問う
 東京電力福島第1原子力発電所の事故対応に関して政治家やジャーナリストによる「検証本」がすでにいくつもある。本書は日米の政・官・軍の関係者に広く取材、国の危機管理のありようを問う視点から事故の推移を描きだした点で類書と一線を画す。日本という「国家の背骨が折れよう」とした数週間のドラマが浮き彫りにされる。
 強く印象に残る場面がある。
 米統合参謀本部のマレン議長(当時)は自衛隊の折木良一統合幕僚長(当時)にたびたび電話、事故対応への自衛隊の積極的な関与を促し続けた。「決断できるのは、日本では統幕長しかいない」。これが自衛隊ヘリコプターによる放水作戦への「とどめの一言」になった。
 米海軍横須賀基地放射能が検出され米政府や軍にもパニックが拡大しつつあった。東京も危ないのではないかとの「情緒的メルトダウン」を背景にルース駐日米大使と枝野幸男官房長官(当時)が衝突する。「それはできません」。情報収集のため首相官邸に米国の専門家を常駐させたいとの大使の申し出を官房長官が一蹴したのだ。
 米国が50マイル(約80キロ)の避難範囲を決めた経緯も興味深い。原子力艦艇を操る米海軍は独自のリスク思想を持ち200マイル(約320キロ)を主張、それでは日米同盟がもたないとする外交官たち(国務省)と対立した。50マイルは米原子力規制委員会のヤツコ委員長(当時)の一言で決まったが、科学的根拠はなかった。
 被災地を支援する米軍のトモダチ作戦が大々的に展開する陰で同盟の危機が進行中だった。
 米国側にも存在した混乱と対立を示し米国から日本をとらえる視点をからませたことで読者は複眼的な視点を得る。官邸や霞が関の迷走ぶりは明らかだが、不手際ぶりばかりを強調しがちな報道とは読後感が異なる。その分だけ官邸や東電への評価が甘いとの批判はあるだろう。
 著者は福島原発事故独立検証委員会民間事故調)を組織し1年前に報告書を発表した。本書を読むとその報告書が色あせて感じられる。 (編集委員 滝順一)

(私のコメント)
 私は同書を1回、私としては精読した後、仕事とブログの執筆のため、何度か読み返した。しかし、書評で「強く印象に残る」とされている点が、私にはよく判らない。
 第1の、マレン議長から折木統幕長への電話が自衛隊放水作戦のとどめの一言になったとの印象は私には無い。いろんな人が自衛隊に期待し、自衛隊もそれに応えようとしていたというのが、私の印象である。
 第2の、ルース大使と枝野官房長官との衝突の話も評者はどう評価しているだろうか。一蹴した枝野長官を評価しているのか、米国内のパニック振りを皮肉っているのか。私は、日本政府から情報が得られないための米国の苛立ちの表れと感じたが、書評ではそのような印象は出てきにくい。
 「その分だけ官邸や東電への評価が甘いとの批判はあるだろう」との批評については、何の意味があるのだろう。この種の本では、官邸と東電の悪口に触れなければいけないとの基準があるのだろうか。
 同じ本を読んでもこれだけ印象が違うのかと改めて感心した。
 同じ本への印象が随分違うと感じたのは、たまたま同紙の4月7日の書評欄で紹介されていた次の本だ。
西垣通集合知とは何か−ネット時代の「知」のゆくえ」(中公新書、2013年2月25日)
 書評の末尾では、「・・・人が手に取るべき哲学書である」と(高く)評価しているが、私には、「哲学書」と呼べるような深みは感じられなかった。1月ほど前たまたま書店で見つけ、書名と副題に引かれて買ったが、期待を裏切られた。Wikipediaで形成される知識体系は正しいか、ソーシャルネットワーキング(SNS)の発展は人間の進歩につながる新しい知的世界を構築していくか、そのような私の疑問に対し、著者は若干すれ違いの理論を紹介する。しかも失礼ながら、生煮えの理論の寄せ集めとしか私には思えないし、説得的な結論も無い。詳細は省略する。
3) 日経新聞の問合せシステムと他紙との比較
 1)で述べた日経新聞への意見の提出には苦労した。日経のHPで「お問い合わせ」欄を見ると、その中に「電子版や新聞紙面の記事に関するお問い合わせ」という項目がある。それを開くと、FAQと新規作成[新しい(よくあるご質問にない)お問い合わせはこちらから]が出てくる。この新規作成フォームで、記事に対する意見を書いていいのか迷う。
http://faq.nikkei.com/EokpControl?&site=denshiban&event=CE0002&cid=12550
 それで、問合せ用番号に電話して、記事への意見を言いたい場合の方法を聞いたところ、HPのこの欄を紹介してくれたので、やっとこのフォームを使っていいことが判った。
 次の問題は、250字以内に限られていることで、これは厳しい。冒頭の下書き1150字を削るのに苦労した。250字を超えると受け付けないとのメッセージが出る。何度も書き直し、句読点を含めてきっかり250字にしてやっとバスした。
(他の新聞のシステム)
 他紙の例を調べて見た。朝日新聞のHPでは、「朝日新聞社や新聞紙面記事についてのご意見・ご質問はお問い合わせフォームで受け付けます」とあり、かつ制限も1000文字以内で緩やかだ。読売新聞にも一般的な意見を含む問合せフォームがあり、見当らないから制限字数は無いようだ。朝日も読売も投書欄や情報提供欄などがあり、読者からの投稿を歓迎する意向が強く表れている。
(日経の改善が望まれる)
 日経は、他紙とは対照的に、読者からの意見は封印しているかのようだ。ただ、日経に投書欄が無いことは、私は実は評価している。他紙の投書欄は、たまに目を通すことがあるが、必ずがっかりする。新聞社の大衆迎合の代弁ばかりのようで詰らない。しかし、読者からの記事、紙面への意見、コメントについては、手軽に提出できる仕組を設けないと、今後の環境変化に十分対応していけなくなるのではないかと危惧する。