インターメディアテク

 かつて東京駅丸の内側に東京中央郵便局があったが、それが改装されて「JPタワー」となり、その中に「KITTE (キッテ)」という商業施設がちょうど1か月前の3月21日にオープンした。KITTEの2階、3階の一部に、東大総合研究博物館日本郵政との産学協働プロジェクトとして、「インターメディアテク(Intermediatheque IMT)」が開設した。妙な所だという噂を聞いて、先週、クラス会がたまたま丸の内であったのでその機会に見てきた。
 1時間弱見て回ったが、相当違和感を持った。以下、1)IMTの概要、2)説明内容の乏しさ、3)知的プロパティの取扱いに関する違和感を述べる。
1) 概要
 場所は、上述のとおりKITTEの2、3階で広さは2,996平米。要するにミュージアム(博物館)だが、21世紀のミュージアムを目指す実験だそうだ。

 「未知」との遭遇の場であったはずのミュージアムは、見る者の心を捉えて離さぬ魅惑力、驚きという原初的感情を喚起して止まぬ衝撃力を失い、結果として、惰性的で、凡庸な鑑賞体験の場へと変質してしまった。われわれは「インターメディアテク」において、「視る」という体験の豊かさへ人々を誘い、「創る」という行為の楽しみを万人と分かち合いたい。「鑑賞の場」から「創造の場」へ、ミュージアム機能の二十一世紀的な転換を図る。
(東大総合研究博物館ニュース Vol.17 No.3 巻頭言(西野嘉章 博物館館長兼IMT館長)から)
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v17n3/v17n3_nishino.html

 名称について若干の感想を述べる。先ず、「インターメディア」とは若干古びた言葉というイメージが私にはある。ブリタニア国際百科事典によれば、「従来の芸術メディアの融合によって生まれた、新たなメディアのことで、一般的には1950年代後半から60年代前半にかけてのさまざまな試みに対する概念」だそうだ。
 テク(theque)はフランス語で、資料室や(植物の)子嚢を意味する。「theque」を語尾に持つ単語は、手許の仏語辞書では34語あり、3分の2ぐらいは資料室、ライブラリーの意味だ*1。主催者は、「インターメディアテク」は「間メディア実験館」の意のしゃれた命名だと自賛しているようだが、-thequeは、一般に資料室のような小さなもののイメージのようだ。
2) 説明内容が乏しい
(年代の記載が殆んど無い)
 博物館だけあり、いろいろな分野の展示があったが、その展示物の説明書き(キャプションというらしい)の内容が乏しい。例えば制作年代の記載が殆んど無いのは、一応博物館と銘打っているのに問題だと思う。主催者には、多分デザイン面からの関心しか無いのだろう。
 年代が書いてあるのにも、ひどいのがある。天体望遠鏡や地球儀の所では、年代不詳、1800年代、19世紀などとしか書いてない。ある展示物では、20世紀とあったが、これで済ませようというセンスは信じられない。20世紀前半、20世紀後半との表示もあるが、少しは調べたとの証しの積りだろうか。
 年代に関する関心が殆んど無いのは異様に思える。学術的関心よりデザイン的興味ということだろうか。東大総合研究博物館の倉庫の中は、世紀別の段ボール箱に、整理されないままの資料が保管されているのだろうか。
 特別展示の1つ「アントロポメトリア(人体測定)」というコーナーも意味不明だ。服装衣装の石膏モデルが何体もあったが、年代が掲示されていない。 http://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0004
 タイプライター、天秤などの工業製品にも年代表示が無い。
(縮尺が無い)
 特別展示の1つに、「コスモグラフィア(宇宙誌)」と言うのがあり、無人探査機による火星表面の写真が多数展示されている。
http://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0003
 解像度として、「56cm/画素」や「25cm/画素」とかが表示されているだけで、縮尺やグラフスケール(目盛り尺)が全く表示されていない。1画素が25cmというのは素晴らしい解像度と思うが、火星の表面写真を見る場合、どれだけの広さの区画の写真であるかというのは基本的な情報ではないのだろうか。単に図柄として観賞すればいいというのは、科学的知識に対する無関心としか思えない。
(採取場所の表示が無い)
 昆虫標本の展示が沢山あった。昆虫名と採取年は表示されていたが、産地、採取場所が無い。外国の昆虫もあるように見えたが、採取場所が無いのは、手抜きか、知的情報に対する無関心か。
(その他展示物自体について)
 前述の「アントロポメトリア(人体測定)」のコーナーに、「刺青標本保存用額縁」なるものが2点あった。実際の刺青標本は無く(写真も無く)、多分標本の薄いしみが残っている布が額縁の中に貼られているだけのものだ。何の意味があるのだろう。帰ってから、上述の同コーナーのウェブページを見ると、「医学系研究科標本室で刺青標本の保存に使われていた額の台紙にうっすらと残されている人影は、”アントロポメトリア”を先駆ける”人拓”そのものである」と書かれている。この展示に学術的意味の無いことは、確信犯だ。
 世界最大の花と言われるショクダイオオコンニャクが東大の小石川植物園で開花したというニュースは前に読んだ記憶があるが*2、その写真が展示されていた。大きな写真で、「2010年撮影、2012年制作、インクジェットプリント」と書かれていた。どう見ても鮮明度に落ちる写真だが、インクジェットプリントのためだろうか。他にもインクジェットプリントでの写真の展示があるが、私には鮮明度が落ちるように見える。博物館の展示物は保存性のよい印画紙写真にするのが普通だと思うが、手近のプリンターを使った手軽な展示のような気がする(私の偏見かも知れない)。
3) 知的プロパティの取扱いに対する違和感
(著作権)
 展示は沢山あるので、興味深いものもいくつかあるが、写真撮影は全般に禁止されている。戦前に教材用にドイツから輸入した石膏製数理モデルや測定工具など、ちょっと見だけでは意味が判らない。携帯で写真を撮って、家に帰ってから考えてみるなどしたって何が問題かと思う。著作権が主張されているものは別にして、原則撮影自由とするのが、公共博物館の望ましいあり方だと思う。
(触らせる)
 また、全ての展示物に「触れるな」と掲示してあるのも腹立たしい。特に工学的展示物については、差障りの無い限り触ってもいいとすることで、博物館の有用性は倍増する。子供の科学への関心は、触らせること、動かせることで格段に高まると思う。
(リンクフリー)
 一般にIMT(インターメディアテク)は、知的財産権に関して閉鎖的で、発想が古い。IMTのウェブサイトのサイトポリシーには、リンクを張る場合はIMTの許可が必要とある。http://www.intermediatheque.jp/ja/admin/site-policy 
 私は、本来のウェブの理念から、ウェブ上に公表された情報(著作物)は、リンクフリーであるべきだと思っている。特に、大学や公共博物館は、人類の知的資産の共有と相互利用を図るべきであって、リンク許可制などクローズドな方針は取るべきでない。ということで、本ブログでは、同サイトのページの幾つかにリンクを張っているが、面倒なこともあり、許可など取っていない。

(参考、Wikipediaの「リンクフリー」から)
 「法的根拠が無くとも、リンクを張る前にサイト管理者に許諾を得るべき」と主張する者もいるが、リンクを張ることでインターネット上の知を豊かにするという本来のWebの理念からは外れた主張である。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC

 更に、IMTのサイトポリシーでは、サイトのリンクや利用に際し、IMT及びIMT関係者を誹謗中傷する行為、不利益、損害を与える行為、名誉や信用を毀損する行為はしてはならないとある。このブログのようにIMTを若干でも批判するようなものは、許さないと言われそうだ。
 最後に、いいことを1つ紹介する。無料なのは嬉しい。機会あればまた行ってみようと思う。

*1:discothequeも元来はレコード・コレクションの意味だったが、ディスコの意味を持つようになり、それが英語に伝わったらしい。

*2:http://search.seesaa.jp/%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%82%AF%20%E5%B0%8F%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E6%A4%8D%E7%89%A9%E5%9C%92/index.html