ロング・グッドバイ

 標題は、NHKテレビの連続土曜ドラマのタイトルだ。2014年4月19日(土)から今週末5月17日(土)までの5回連続で、米国のハードボイルド派作家レイモンド・チャンドラーの小説「ロング・グッドバイ」又は「長いお別れ」のリメーク版として前評判が高かった。http://www.nhk.or.jp/dodra/goodbye/index.html
 概要は後述することとして、前評判の高さに期待し、先週末の10日放送の第4回まで全て視た。しかし、よく判らない。判らない原因には、私の理解力が足りない、ないし衰えた、の外、翻訳ないし脚本が悪い、俳優の発声が悪い(ぼそぼそしゃべってている)などが考えられる。
 このまま最終回を視て、物語の本筋が理解できないまま、結末だけ教えられるというのでは、過去4回分視た計4時間がもったいないと思い、原作を読むことにした。電子書籍で注文すれば、その瞬間から読み始められる。ということで、読んだが、結論から言うと、ハードボイルド小説は私に合わないということの再確認だった。すなわち判らない原因は原作が(私には)難しいということだ。以下、ドラマと小説の枠組と私の感想、それに加えドラマの舞台の1950-60年代の日本を視て懐かしく思い出したことを2つ紹介したい。その他も1つある。
1) 小説とドラマの枠組
 原作の小説は、Raymond Chandlerの「The Long Goodbye」(1953出版)、私の読んだ翻訳書の電子書籍は、「長いお別れ」(清水俊二訳、ハヤカワミステリ文庫77刷2012年6月を底本として同年7月に電子書籍化。初版は1076年早川書房)。この清水訳の他に、新訳として村上春樹の「ロング・グッドバイ」(早川書房、2010年)があるが、電子書籍化されていない。ちなみに、2014年4月に「ロング・グッドバイ[東京篇]」(司城志朗著、渡辺あや脚本、ハヤカワ文庫)が発行されているが、NHKのドラマの元本だろう。
(舞台) 原作の舞台は、1950年頃*1の米国南カリフォルニアだ。主人公の友人が逃げた外国はメキシコ。
 ドラマでは、戦後の1950年代後半から60年代始め*2の東京で、友人が逃げた外国は台湾。
(主人公) 原作の主人公は、探偵小説の主人公として著名な私立探偵フィリップ・マーロウだ。ドラマでは登場人物は全て日本人に置き換えられていて、モーロウも浅野忠信演ずる増沢磐二となっている。
2) チャンドラーは苦手
 ドラマが判りにくかったのは冒頭に述べた通りだが、原作を読んでも判りにくい。一般に冗舌なのだが、省略されている所も多いように見える。有名なセリフはあるのだが、意味が今一つ判らない。
 例えば、今回のドラマのキャッチコピーの「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」(村上春樹訳、原文は、To say Good bye is to die a little.)は、有名だがどういうことなのだろう。ちなみに検索すると、清水訳書では、「さよなら」は37回出てくる。そのうち「少しだけ死ぬ」が続くのは1回だけだ。私の読む限り、ただ感傷的なだけで、深い意味を持っているようには見えない。
 また、「お別れ」は本文中に2回出てくるが「長いお別れ」は標題だけだ(「長いさよなら」という言葉もない)。*3
 ということで、レイモンド・チャンドラーは難解だということが判ったので、今後敬遠することとしようと思う。そもそも私はチャンドラーを殆ど読んでいない。多分「高い窓」ぐらいだと思うが、ストーリーも覚えていない(マーロウが主人公)。
 余談だが、せっかく原作を読んだので、5月17日の最終回のミソを1つ紹介する。ドラマが原作通りに進むなら(今までは主な所はほぼ原作通り)、最終第5回には、あっと驚く(私にとってだが)展開が2つある。そのうちの1つ(最初に出てくるであろう)を言うと、殺人事件の犯人は小雪演じる上井戸亜以子(原作ではアイリーン・ウェイド)で、彼女は自殺する。もう1つはネタバレが過ぎるから言わない。
3) 自動車のナンバープレート
 ドラマでは、主人公(増沢探偵)が大きな外車を乗り回している。少しウェブで調べたが車種は判らない。原作ではオールズモビル(Oldsmobile。GMの1部門、2004年に廃止されたとのこと)となっているが、この日本へのリメーク版ではどうなのであろう。
 車種は判らないが、ナンバープレートが「3 さ0723」(1行目が「3」、「さ0723」が2行目)となっていて、現在の地名の表示(例えば「品川」)が無い。ナンバープレートの変遷をまとめた次のページがある。
http://www.aoii.co.jp/japanese_licenseplate_history.html
 これによれば、左の一番下のプレートが、本ドラマのプレートに該当する。註を見ると「1955年3月28日の運輸省令改正(第7号)でひらがな文字が使用されることになり、これは東京都の例とある(他県は漢字の地名を表示)。その右を見ていくと、1961年の運輸省令第61号により、東京都でも地名の表示をすることとなり、品、足、練、多の1文字が使用されることとなった。更に1964年には、足立などの2文字(以上)になった。
 このことから、ドラマの時代は、1955年以降(遅くとも1960年代)と推察される。私としては、久しぶりに地名表示の無いナンバープレートが活躍しているのを視て懐かしくなった次第だ。
 更に私の想い出の背景を述べると、私の生まれ育った富山県のナンバープレートには、必ず「富」の文字があった(現在は「富山」)。ところが小中学生の頃、親に連れられて上京したところ、東京の自動車には漢字が無い。さすが日本の中心だと感心したのだ。
4) フルファッションのストッキング
 出演の女優の靴下の後ろ姿にシームがあって懐かしかった。フルファッションと言うのも思い出した。少し年下の家人に言ったら、フルファッションなど聞いたことがないと言うので若干ショックだった。
 私の小学生の頃の大人の女性の靴下は後ろに縫い目(シームライン)があった。フルファッションと何故言ったのかは当時知らなかったが、今回調べると、足の形にぴったり合せて編むことがフルファッションで、その時に縫い目(seam)ができるのだそうだ。(http://www.ne.jp/asahi/hatsuki/stocking/fullfashion.html)
 その後出現したシームレスの靴下が日本で本格的に発売されるようになったのは1961年と言われている(http://www.naigai.co.jp/05mos/items/06/)。更にその後パンストが全盛になった。
 私はストッキングの実態はよく知らなかったが、小中学生の頃街を歩いていて、フルファッションの靴下のシームがゆがんでいるのを見ると気懸りだった。友人とそういう話をした記憶はないから、少しませていたのかも知れない。何れにしても、このドラマで想い出した。
 どうでもいいことだが、たまたま本日5月15日はストッキングの日だそうだ。1940年のこの日、米国デュポン社がナイロン製ストッキングを発売したという。http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/2406cb25000a7e38af38abb24120de8e
5) 電子書籍と消費税
 ドラマとは全く関係の無い話だが、この4月から消費税が8%にアップした。電子書籍の消費税についてよくは知らなかったが、国内の業者の配信は有税だが、海外にサーバーのある業者は無税だ。私もかねて薄々変だと思っていたが、私が会員になっているBookLiveとAmazon(Kindle版)とでは、同じ和本でも価格が違う。今回の「長いお別れ」(ハヤカワミステリ文庫)も両者の価格を見ると、Bookliveが822円(税込み)でKindleが無税の762円(紙の本は税込みの1,080円)で、BookLiveの方が7.9%高い。私はかねて毎月の有料会員になっていることもあって心情的にBookLiveファンだったが、迷った結果、今回は762円のAmazon Kindle版にした。私の使っているAndroidタブレットでは、Kindle版はやや使い勝手が違って戸惑うことがある。
 日本の電子書籍業者はこれではおかしいとして、かねて是正の要求をしている。
「アマゾン電子書籍…消費税ゼロ 不満爆発させる国内業者」(SankeiBiz 2014/4/13)
http://www.sankeibiz.jp/business/news/140408/bsj1404081910004-n1.htm
 今回知ったが、楽天koboも消費税ゼロらしい。楽天は、2012年にカナダの電子書籍事業会社のKoBoを買収し、この子会社を通じて電子書籍販売を行っているからだ。(http://www.chuokaikei.co.jp/staffblog/taxaccounting/4/)
 政府部内では、2015年度から海外ネット配信にも消費税を課することを検討していると報道されている。http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140404/fnc14040421540011-n1.htm
 消費税課税は消費者の利益を害するからとの観点でこれに反対する意見もある*4。 しかし、私は、a)同じ商品に業者の違いだけで課税差別をするのは不公平、b)書籍は内外等しく無税にすべきとの論理は他の無税商品が増えて税収減が拡大する、c)社会福祉財政が極度に劣化している日本としては消費税収の確保が重要課題との観点から、この方向は止むを得ないと思う。
 なお、電子書籍販売の各社は割引セールなどをよくしていて、どの時点でどれが安いかの比較は困難だ。私もチェックのため、今日5月15日にAmazonにアクセスしたら、「長いお別れ」のKindle価格が533円と3割安になっていた。12日に762円で買ったのが口惜しい。

*1:原作には、第2次大戦後と判るだけで、何年かと明記した箇所は無い。この無いことに関しては「年」で検索をして100か所以上確かめたので自信がある。

*2:あまり自信が無いが、後述のことから推定。

*3:マーロウ探偵の名セリフ中、日本で一番有名なのは、「プレイバック」(1958)に出ているという、「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」(生島治郎訳)であろう。

*4:「”アマゾンの消費税逃れを許すな”という主張は完全に間違っている」、http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamadajun/20131002-00028584/