「ビジネスマンのための歴史問題」と朝日新聞批判

1) 東洋経済の特集
 2014/9/27付けの週刊東洋経済のカバー特集は、「(日中韓、不信と憎悪はなぜ続く)ビジネスマンのための歴史問題」だ。従軍慰安婦問題を巡る朝日新聞の検証記事(8月5日)の後、9月11日に木村伊量社長の謝罪記者会見があった。これで、慰安婦の強制連行は無かったことがほぼ証明されたから、韓国も今までの強硬な姿勢は改めて、日韓関係も正常化に向かっていくかと思っていたが、そういう動きはどうも見られない。不思議なことに韓国や中国、欧米での反応もよく判らないし、その前にどう報道されているかもよく判らない。
 これは日本としての広報不足で、やはり朝日新聞の謝罪を基に、各般の日本人が世界に、慰安婦の強制連行は無かったと機会あるごとに説明していかなければならないのかと思っていた。しかし、どういう風に説明すればいいかについては、雑誌「正論」や「Will」などの嫌韓、嫌中的なロジックでは流石に危ういと思う。週刊文春週刊新潮の相継ぐ朝日新聞批判特集は面白いが、朝日新聞の非を難ずるに急で、外国人への説明振りはあまり書いてない。今回の東洋経済の「ビジネスマン」のための記事ならば穏当な言い方を教えてくれるのではないかと思った。もっとも現在の私に、外国人に説明しなければいけない必要性がある訳ではない。ただの好奇心だ。
 読んだ結論から言うと、非常にがっかりした。どの識者も、基本的に、この問題に触るな、けがをする恐れが高い、との忠告だ。欧米向けの理由と、韓国、中国向けの理由とに分けて説明する。その後、外国への説明に関連して2)塩野七生氏の提言を紹介し、私見として3)朝日新聞に対するやや過激な批判を述べる。
(欧米諸国向け)
 我が国での理解は、慰安婦とは、程度の差はあれ、多くの国、多くの時代にあった問題である、日本が特に批判されているのは、軍、政府が関与する強制連行があったと誤解されていたためだ。従って、強制連行が無かったことが証明されれば、慰安婦の存在自体は各国からある程度理解されるのではないかと期待していたと思う。
 ところが、木村幹 神戸大学教授の解説によれば、外国での理解は相当違う。

木村幹「日本が世界に言うべきは何か」(東洋経済2014年9月27日号)
 東アジアの外では慰安婦問題は有名な問題ではなく、多くの人は問題の存在すら認知していない。慰安婦問題は、その動員の形式がどうであったかはともかく、「過去の日本軍が性産業労働者を連れ歩いた」という意味で国際社会に対してよい印象を与えるものでは決してない。それなのに日本政府が強制連行は証明されていないと繰り返すことは、逆に日本の「悪い印象しか与えない過去」を自ら宣伝するに等しい。・・・
 さらに、・・・現在の「人権」に関する国際社会での議論の方向性は、いわゆるセクハラをめぐる議論に典型的に表れているように、「被害者」に対してより多くの事件の解釈権を与える傾向がある。・・・「被害者」が「人権侵害」だと考えたなら、「人権侵害」だということになる。・・・
 日本が国際社会へアピールすべきは、この問題についてわれわれが「いかに誠実に対処してきたか」ということだ。歴代の首相が繰り返し「反省」の意を表してきたが、これが国際社会でよく知られていない。多くの国で(日本は)過去を「反省」していない国と見なされている。

 朝日新聞の検証、謝罪が欧米であまり報道されていないように見えるのも、こういうことが理由なのかも知れない。日本のビジネスマンもひたすら「反省」するべきということになる。このように胸に一物抱えたような心情で話していてうまく行くのだろうか。
(韓国、中国向け)
 韓国、中国においては、反日教育の土台の上に、政権が時に、反日を政権浮揚の手段として政治的に取り扱う。パク・クネ韓国大統領は、慰安婦問題での日本の譲歩を迫っている。朝日新聞が記事を撤回しても、先方は韓国人慰安婦の証言に基づいているとして、取り合っていないようだ。
 東洋経済の特集で、大前研一氏は、「(歴史問題で)相手(中国人、韓国人)の言うことに反論しない方がいい。"かわす"ことだ。歴史問題で相手が"ああそうですか"と受け入れることは絶対ない」と言う。中国問題に詳しいジャーナリスト富坂聡氏も同趣旨の発言だ。富坂氏が「歴史地雷」にご用心と言っている状況では、ビジネスマンは何も言えなくなる。
2) 塩野七生氏の提言
 欧米への説明振りに関連して、塩野七生氏の提言を紹介する。
 文藝春秋10月号の塩野七生氏の評論「朝日新聞の告白を越えて」*1は、朝日新聞の検証記事の一部*2が、欧米を敵にまわす恐れのあることを指摘している。すなわち、検証記事の中の「インドネシアでは現地のオランダ人も慰安婦にされた」との記述は、白人の女性が迫害されることは許されないとの欧米人の本音に触れることだ*3。これが広まれば欧米を敵にまわすことになる。
 そうなれば確かに大変なことだ。これを避けるための同氏の提言は、根拠となった全資料を探し出して、検証のために提供することだという。併せて当時のオランダ人の証人(今は90歳を越しているが、戦時中インドネシアに在住して日本軍の通訳として活動していた)を探し出して証言してもらうことも提案している。
 しかし、そのような探索は難しく、私としてはもう遅いのではなかろうかとも思う。朝日新聞は、本当に罪なことをしたものだ。
3) 朝日新聞批判
 私は朝日新聞は本当に問題だと思っている。ジャーナリストは事実を伝え、事実に基づいた主張をすることが職務だ。その過程で間違いはあるかも知れない。間違いが判った時には事実を検証し、関係者の処分をすべきだ。
 しかし、今回の慰安婦問題は、個人の問題に止まらず、新聞社の組織が、すなわち社長以下幹部が共謀して、長期間隠ぺいしていた。人命に係る事故が起きて緊急対策が必要な時は、それを講じた上でトップが責任を取り退陣することは考えられるが、今回は直ちに退任すべきであろう。特に隠ぺい工作をしていたことが明白なトップ(木村伊量社長)が仕事を続けているのが信じられない。
 9月11日の記者会見後の発表によれば、「杉浦信之取締役の編集担当の職を解き、木村社長は改革と再生に向けた道筋をつけた上で進退を決める」とのことだ*4。自分の影響力を残した形での(最小限の)改革を考えていてのことだろうと思われても仕方がない。
(第三者委員会)
 同記事では、慰安婦問題については、「元名古屋高裁長官の中込秀樹氏を委員長とする第三者委員会を立ち上げ、過去の報道の経緯、国際社会に与えた影響、特集紙面の妥当性などの検証を求める」とある。同じく、福島第一原発の故吉田所長の吉田調書問題(説明略)については、朝日新聞社の既存第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)で審理されるとしている。
 吉田調書問題についてPRCは、9月24日に関係者からのヒヤリングなど本格的な審議に入ったとされる。http://www.asahi.com/articles/ASG9S6RDXG9SUTIL042.html
 しかし、慰安婦問題の検証を行う第三者委員会は委員長の名前が9月11日に発表されただけで、その後の動きは無いようだ(検索しても出てこない)。しかもこの中込秀樹氏と言う人は、昨2013年にみずほ銀行暴力団融資を巡る問題で同銀行の第三者委員会の委員長を勤めた人だが、その報告は非常に評判が悪い。
○ 「中込委員長は銀行の人かと思うような受け答え」http://www.newsyataimura.com/?p=899
○ 「第三者委員会報告書格付け委員会がみずほ銀行の報告書を格付け、5段階評価でA、Bが無い」
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140913/biz14091308240004-n1.htm
 この人は、齢を取って無能になった人のようだ。杞憂かも知れないが、このような人で構成する第三者委員会を隠れ蓑にして既存の体制を維持しようとの目論見かも知れない。朝日新聞は世の常識が判っていないのではないかと思う。私事ながら、たまたま9月4日に、朝日新聞に勤務する中学の同級生と同窓会の幹事会の件で会ったことがある。彼は現役を退職しているが、新聞社の仕事は一部手伝っているようで、大変そうだった。私が、同日に発行された週刊文春を見ながら、何故社長が即刻退陣しないのかと言ったら、やはりそう思われるかなと弱気なことを言っていた。
(朝日新聞バッシングは行き過ぎか)
 最近朝日新聞バッシングが行き過ぎだとの意見が出ている。全マスコミが右翼支持、戦前回帰、安倍政権支持一辺倒になると問題だという。健全左派としての朝日新聞は残すべきだとの趣旨らしい。私は全マスコミが偏向することにはならないと思う。国民を馬鹿にしている。戦後教育が基本とする平和主義は、国民一般に浸透していると思う(人によりいろいろな形があろうが)。現在の戦前回帰の風潮、右傾化は必ず揺り戻しがくる。現在の朝日新聞はジャーナリストの組織として存続してはいけないと思う。another朝日新聞が出てくるべきだ。
 朝日新聞の記事撤回は外国では報道されていないように見えるが、多くの外国人ジャーナリストは読んでいるに違いない。このような隠ぺい工作を続けたことと、その組織、体制が今でも存続していることに、底知れぬ異質さを感じているのではと思う。今後の日本のジャーナリストの報道は、少なからず不信の眼で読まれるようになるのではなかろうか。
(ジャーナリスト宣言)
 2006年の朝日新聞ジャーナリスト宣言」「言葉は身勝手で、感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。」*5の情緒的なキャンペーンを思い出す。根底に善意があれば若干のトラブルは許されると勘違いしているのではなかろうか。このような意味不明かつ無意味なことを言う組織ではいけない。

*1:同誌10月号は9月10日頃発売。従って、8月5日の朝日新聞の検証記事を踏まえているが、9月11日の謝罪会見は反映していない。

*2:朝日新聞デジタル版2014/8/5「強制連行 自由を奪われた強制性あった」 http://www.asahi.com/articles/ASG7M03C6G7LUTIL06B.html

*3:塩野によれば、建前と本音は欧米人にもある。日本人にとって、原理原則である建前に対して少しばかり距離を置くのに慣れているが、欧米人とはしばしば、建前と本音の双方ともを心から信じる人種でもある。2者の違いは、口に出していうか言わないか、にしかない。

*4:朝日新聞2012/9/12デジタル版「朝日新聞社、記事取り消し謝罪 吉田調書「命令違反し撤退」報道」 http://www.asahi.com/articles/DA3S11346594.html?ref=mail_0912m_01

*5: 今でも朝日新聞の会社案内に出ている。http://www.asahi.com/shimbun/honsya/j/journalist.html