自動運転の未来

 最近、車の自動運転の話題が盛んだ。外国では、米国のグーグルが自動運転の公道実験を開始したと5年前に発表した時は、夢物語のように思っていた(2010年10月グーグル社発表の報道*1 )。その後欧州のカーメーカーも自動運転に乗り出し、公道実験を始めた。グーグルの公道実験は2015年5月時点で270万キロという報告もある*2
 日本メーカーはどうするのかと思っていたら、本年10月になり、国内メーカーが相次いで、公道実験を発表した。トヨタ、ホンダは首都高速道路、日産は一般道だ。私が今アルバイトで手伝っている仕事は、自動運転に直結しているものではないが、参考情報として情報収集をしている。その関係で、「自動運転の未来」というセミナー*3に行ったが、実に面白かった。若干私見を交えてこのブログで紹介する。約7,000字と少し長いがご容赦を。長いのでページの無い目次を次に。
1) 最近の日本の自動運転を巡るトピック、
2) セミナーから得た情報を基にした欧米企業の動向と比較
 (実用化の時点)、(ドライバーとの関係)、(地図の活用)、(路側施設、インフラ)
3) 完全自動運転が実現する新しい未来
 (一般の乗用車)、(無人タクシー、カーシェア)、(都市地域と過疎地域)、(物流)、(自動車産業のプレーヤー)

1) 最近の日本の自動運転を巡るトピック
 2015年は、日本の自動運転元年と言われる。特に10月は、同月末の東京モーターショーに向けて、各企業の公道実験の発表があり、華々しかった。以下は、私が仕事のためにまとめたものの抜粋。

  • 2014年度にナショナルプロジェクト「自動走行システム」がスタート。内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の11個のプロジェクトの1つ。
  • 2015/6/24 「自動走行ビジネス検討会」中間とりまとめ報告書の公表(経済産業省国土交通省) http://www.meti.go.jp/press/2015/06/20150624003/20150624003.html  
  • 9/29 同検討会のWG「将来ビジョン検討WG」第1 回会合(年度内にとりまとめとのこと)
  • 10/1 政府は、自動運転タクシーの実証実験を来年初めから開始すると発表。 横浜市等における国際戦略特区の事業として。DeNAZMP が出資した子会社「ロボットタクシー(株)」が協力。
  • 10/4 安倍総理が京都の国際会議(STS フォーラム)で、自動運転車の2020 年までの実用化と普及を目指す考えを示す。
  • 10/6 トヨタが首都高で自動運転のデモ走行(5.5km)
  • 10/8 三菱自動車が、高速道路での自動運転コンセプトカー(2020 年の EV を想定)を東京モーターショーで公開へ。
  • 10/16 政府は、自動運転技術の開発促進に向け、デジタル地図「ダイナミック マップ」の開発に本格着手の方針。2018 年度からの運用開始を目指す。
  • 10/29-11/8 「東京国際モーターショー2015」(於東京ビッグサイト) 自動運転車の展示が目立った。
  • 10/31 日産が自動運転車の公道テストを開始し、一般道での実験を公開(実験車、17km 程度)。(日産の発表した計画では、2016 年までに高速道路での自動運転、18 年に高速道路での車線変更、20 年に一般道での自動運転)
  • 10/29 スバルが2017 年に「高速道路での渋滞時追従」機能を市販車に搭載と 発表。2020 年には高速道路上での自動運転を実現。
  • 11/3 ホンダは、首都高で自動運転車の報道関係者向け試乗会を開催(約15km)。
  • 11/5 安倍首相は、「官民対話」の中で、2020 年までに自動走行を実用化するための制度設計を進めるよう指示。

 誠に、自動運転元年と呼ぶにふさわしい。

2)  自動運転を巡る各企業の動向と比較
 セミナーの講師の1人はドイツのコンサルティング企業ローランド・ベルガーの人で、ドイツの企業について詳しかった。以下、主としてそれに基づき、ドイツのダイムラー、フォルクスバーゲン(VW。グループ内のアウディを含む)、BMWの3社と米国のグーグルの比較を述べる*4。私のコメントも含めて日本の企業にも触れる。
(実用化の時点)
 多少の違いはあるが、ドイツの3社は2020年頃に高速道路、2025年頃に一般道路での自動運転車の実用化を目指して、現在公道での実験を進めている。既に300万キロ近くの公道実験を実施している米国グーグルはもう少し早く、2020年頃までに市場投入としているが、一般道路であろう。
 日本企業はもう少し慎重で、一般道路は2030年頃と考えているようだ。上述の安倍総理の「2020年までの実用化」は、技術面、制度面の見通しというより、東京オリンピックという行事が前提にあっての目標と思われる。従って、「2020年での実用化」の内容は高速道路上まで行けば御の字だが、場合によっては、限定された条件(例えば、無人のエリア、低速等)での自動運転ということになるかも知れない(私の観測)。
(ドライバーとの関係)
 各社の機械とドライバー(自動運転だから常に運転する訳ではないが、運転席に座っている人の意味)との関係に関する考え方の違いが面白い。
 一番極端なのが、グーグルで、機械が主体、ドライバーには頼らない(out-of-the-loop)との立場だ。その表れが、2015年6月に公道実験を始めた自社開発のプロトタイプ車だ。ハンドル、アクセルペダル、ブレーキペダルは取りあえず脱着式だが、最終的にはハンドルやペダルを取り除いた形になるとされている*5

 従って同社のHMI(ヒュ−マンマシンインターフェイス)は簡易的なものとされている。これに対しドイツのダイムラーは、基本的にドライバーに主導権を持たせる考えだ(日本の日産も)。そのため、ドライバーを集中、注意するためのHMIも開発している。
 BMWの自動運転車もほぼ同様で、自動運転モードと手動運転モードを併存させている。同社のキャッチフレーズは、「ドライビングプレジャー」*6の追及で、ドライバーが主体だ。
 日本ではどうか。トヨタは、上述の通り10/6に首都高で公開実験をしたが、その時のプレスリリースによれば、その車を、「自動運転実験車(Highway Teammate)」と呼んでいる*7

 わざわざロゴも発表している。トヨタ独自の「チームメイト」という自動運転の考え方とは、「人とクルマが同じ目的で、ある時は見守り、ある時は助け合う、気持ちが通った仲間(パートナー)のような関係を築き、クルマを操る楽しさと自動運転を両立させる」こととある。同社の本社社員と話したことがある。それによれば、トヨタはかねてから無人運転を考えたことはなく、今でもそれは不変とのことだ。「チームメイト」は無人ではない。ドライバーは常に運転席にいて、何かあればハンドルに手をかけられる状態にいることが前提だ。
 ちなみに、上述のBMWの「ドライビングプレジャー」と似た言葉が、トヨタの古いキャッチフレーズにある(Fun to Drive)。
(地図の活用)
 自動運転には、従来のカーナビ用の地図では不十分で、車線の白線や信号機等まで記載したデジタル地図が必要と言われている。この8月に、フィンランドノキアの傘下にあった地図会社HEREを、ドイツのカーメーカー3社(AudiダイムラーBMW)が28億ユーロの巨額で買収したことが話題になった*8。HEREは「ロケーションクラウド」(クラウドマップDB。単なる地図でなく、広く走行している車から得られる路面状況等の情報をクラウド上に集積)を開発していて、ドイツ企業や米国のGM等は、部品メーカーContinentalを通じて、この地図技術の活用を目指している。
 ところが、グーグルは、地図技術ももちろん利用するが、自動運転技術のメインは、アルゴリズムの高度化であるとのことだ。グーグルマップで有名なグーグルだから、自動運転用地図でも先行しているのかと想像していたが、若干違うようだ。地図技術と言えば同じような気がするが、グーグルマップは店舗の検索等他の目的が主眼で、自動運転は別の技術が必要なのかも知れない。
(路側施設、インフラ)
 個々の車が取得できる情報には限界があろうと素人目には思われる。交差点を曲った先から近づく他の車や歩行者の情報がリアルタイムに無いと、自動運転では衝突の危険がある。しかし、カメラやレーダーでは、曲った先は見通しが利かない。
 それで関心が持たれているのは、V2I通信(Vehicle to Infrastructure)、V2V通信(Vehicle to Vehicle) だ。それぞれ路車間、車車間とも呼ばれる。路車間の例は、交差点に路側施設(インフラ)を設け、車から路側施設に自車の接近情報を無線で伝える。路側施設は、それを他方向車に伝え、これにより衝突が回避できる。車車間は、路側設備を介さずに車同士で通信するものだ。
 上述のグーグルは、自車による周辺認識と独自のアルゴリズムで対応しようとしており、VWや米国のGMも車載のセンサーに頼る傾向だ。しかし、BMWだけが、インフラ施設とのデータ通信(V2I、V2X)も必須との考えらしい。
 日本のナショプロ「自動走行」では、この路車間、車車間通信が重要な開発テーマに挙げられている。日本の自動運転がインフラ施設を前提にして開発され、欧米がインフラに頼らない実用化となると、日本からの輸出が難しくなろう。現時点では誰も未来を予測できない。

3) 完全自動運転が実現する新しい未来
 セミナーの各講師が一様に指摘するのは、完全自動運転車(要するに無人運転)が普及した時の社会の革新的変化だ。ある講師はAutomotive4.0と言い、ある講師はAutomotive2.0と言う。4.0と言った講師は、当然上述のドイツのコンサルティング企業の人で、ドイツ発の最近の流行語 Industry4.0に倣ったものだろう。「2.0」と言った講師は、今までの自動車の歴史を全て変えるということを強調したもので、2人にそれほどの差があるわけではない。有人運転から無人運転への転換の時点が分水嶺ということだ。以下、社会変化の幾つかの視点を述べる。
(一般の乗用車)
 個人が所有する一般乗用車の世界では、自動車が好きな人は、運転も好きであろうから、有人運転を基本にすると思われる。しかし、渋滞時、疲労時(ゴルフ場からの帰途など)などには、自動運転は大いに評価されよう。家族、友人と一緒の時も歓談や娯楽が自由な自動運転は便利だ。高齢者等、移動に問題のある人には重宝される。
 自動車事故は確実に減るだろうが、事故が起きた場合の責任がややこしい。他車や歩行者との関係では、ドライブモニターが装備され、事故の状況が録画されているから、判断は割に容易だろう。しかし、車が原因か(メーカーが責任)、ドライバーが原因かについては、難航が予想される。私の個人的な考えでは、PL(製造物責任)を拡張して、メーカーが保険料を負担して車の売価に転嫁し、ドライバーの保険料は軽減するとの考えもあるかと思う。トータルの保険金支払額は減少し、(保険料も低下して)損害保険会社の経営にも影響が出るかも知れない。
(無人タクシー、カーシェア)
 無人タクシーが普及しよう。これと併せて、カーシェアが一段と普及するとの予想がセミナー講師共通の見解だ。また、車の生産量は増加するが、カーシェア等により稼働率が上昇するので使用年数は短期化し、社会全体の車の保有台数は減少するとの試算も出ていた。
 若干余談だが、カーシェアとは、コインパーキングの駐車場等において成長している車の共有サービスだ。仕組は次のコラムに述べる通り(私なりのまとめ)。

 カーシェアリングサービスは、車両を会員間で共有との形にして、実質的にレンタカーに類似したサービスを提供するものだ。レンタカーとの違いは、
a)営業所に行って、借りる書類を作成する手間が不要で、ネットで簡単に予約できる、
b)数が少ないレンタカー営業所と異なり、多くの無人駐車場に車が置いてあるので借りやすい、
c)ガソリン代、保険代がこみで15分間200円程度からという安価な料金である、など。
 日本では2002年から開始されたが、2012年頃から市場が拡大し、2014年始めの時点で、車両数12,000台、会員数46万人台のレベルに達している。事業者は、上位3社(タイムズ、オリックス、カレコ)で9割以上のシェアを占めている。
 特に昨2014年秋に国道交通省の規制緩和で、「ワンウェイ(乗捨て方式)」*9が認められることになり、一部地域で試験的に展開されている。このワンウェイ方式と「超小型モビリティ」*10を組み合わせた事業が国土交通省地方公共団体で検討され、一部試行されている。

 容易に推測できるように、ワンウェイ方式が今後の抜本的な普及の鍵だが、自動運転車であれば、その問題は解決する。すなわち、乗捨ては何処の道端でも可能だ。更に自宅等への配車もできる、運転は自分でしてもいいが、無人運転に任せることも可能だ。私は、かねてから現在のカーシェア事業には注目しており、更に発展すると思っている。自動運転車はそれを加速するだろう。セミナーでも、自動運転による変革の1つとしてカーシェアがキーワードになっていた。
(都市地域と過疎地域)
 都市地域と過疎地域のどちらで自動運転車が歓迎されるかについては、講師間で意見が分れた。大都市地域の公共輸送網の充実を評価する場合、そこでは乗用車の保有の価値が下がり、必要な時に必要なだけ利用できるカーシェア、無人タクシー等の価値が高まり、自動運転車が普及するとの見方となる。
 一方、公共輸送網が整備されていない過疎地域においては、高齢者等の交通弱者にとって、無人タクシー、無人カーシェア、無人バスは必須のものとなるとの見方となる。私見では、両方で普及していくのではなかろうか。
(物流)
 物流の世界では、長距離輸送トラックのドライバーが不要になろう。自動運転車は不眠不休で物資を輸送してくれる。中短距離の配送(流通センターと店舗間等)も自動運転車に替るだろう。家庭への宅配便に適用されるかは、私にはまだよく判らない。戸口での手渡しの可否が鍵だろう。
(自動車産業のプレーヤー)
 自動車産業は、創始以来現在まで、自動車メーカーが主役だ。しかし、自動運転への取組みはIT企業のグーグルが最初だ。グーグルは、自動運転車の製造は他社のOEMとし、自身は、ロボットタクシー、自動物流などのサービスを目指しているのではないかと見方がセミナーでは強かった。IT産業でも当初コンピュータ製造企業が主役だったが、その後マイクロソフトなどのソフトウェア企業がイニシャティブを握り、更にその後、検索企業、ネットワーク企業が枢要なプレーヤーになっていった歴史がある。
 自動運転の世界では、現在の自動車メーカーが主役ではなくなる可能性がある。カーシェア等のサービス企業が主役となって、それに合う車を決め、製造企業に発注していくことが考えられる。例えば、無人運転車は用途が限られれば、電気自動車が製造、燃費面で有利だと私は思う。すなわち複雑なトランスミッションが不要で、電気だけで速度制御ができる。更に左右両輪の回転数を変えれば曲ることも可能で、複雑なステアリング機構が不要にならないか。ということで、機構的に簡素で安価な車が可能だ。
 このようなトレンドをにらんでか、ダイムラーは2008年に、Car2Goというカーシェアの企業を設立している。日本の自動車企業もこのトレンドに対応できるだろうか。私は、日本の自動車企業の幹部は自動車が好き、運転が好きな人たちばかりではないかと思っており、自動運転車の世界に適応していけるだろうかと心配している。

*1:http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1010/10/news002.html

*2:http://jp.reuters.com/article/2015/05/12/google-autos-accidents-idJPKBN0NX08H20150512

*3:http://www.nikkeibpm.co.jp/semi/1120mirai/

*4:他に、欧州ではボルボなど、米国ではGMなどが自動運転に取り組んでいると言われている。

*5:http://www.nikkei.com/article/DGXMZO88558480W5A620C1000000/

*6:英語では更に徹底していて、Sheer Driving Pleasureと「Sheer(真の)」を付して強調している。ドイツ語ではどうかとみると、Freude am Fahrenだ。Freudeは確かに「楽しみ」だが、第九交響曲の「歓喜」を連想して少しびっくりする。

*7:http://newsroom.toyota.co.jp/jp/detail/9751814/

*8:http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/idg/14/481542/080500142/

*9: 従来は、「ラウンド」方式といい、借りた場所に返却する必要がある。「ワンウェイ」では、(若干制限があるが)別の駐車場に返却することが可能。

*10:交通の省エネルギー化と、高齢者等に手軽な足を提供できるものとして期待されている1-2人乗り程度の車両。