天皇の生前退位ないし譲位

 7月13日の朝刊で、今上天皇生前退位の意向をお持ちとの話が一斉に報道された。私は、生前退位より摂政制を活用すべきと思っているので、以下、不敬にわたるが、少しコメントしたい。
1) 摂政で対応できないか
 陛下が高齢のため、執務に支障があるなら、現行の憲法皇室典範に規定のある摂政を置くのが素直だと思う。皇室典範の規定によれば、未成年や重大な事故以外の場合は、摂政を置くには「精神、身体の重患」が要件とされている。従って摂政は難しいとされているが本当にそうか。現在の陛下の状態は、「国事に関する行為をみずからすることができないとき」に該当すると考えることが可能で、今後その状況は益々悪化するであろう。
 もし現行の規定では読めないとなれば、摂政設置の要件を緩和する微修正の改正をすべきだ。今の老齢の陛下の激務を放置するのは適切ではない。

皇室典範 第16条  天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。
2 天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。

2) 生前退位がなぜ不適当か
 ここ数日の論調を見ると、生前退位ないし譲位(この2つは同じ意味であろう)は近世まで多かったから、それを認めるように皇室典範を改正すべきという意見が多い。しかし、私見では、近世までの譲位は、健康上の理由ではなく、大体政治的背景があり、権力争いの一環であった。譲位した天皇上皇となり、天皇上皇間の争いのみならず、周囲の人の思惑も大きく絡み、不安定ないし不透明な動きが多かった。上皇は、一次的な責任から免れる訳だから、早く退位して不透明な院政を敷きたいと考えたケースもある。今後もそうなる可能性があると思う。
 例えば、河合敦「読めばすっきり! よくわかる天皇家の歴史」(角川SSC新書、2012年)などを読めば、譲位が如何に権力闘争の手段として利用されてきたかが判る。これを読むと私などは、天皇というのは、もちろん人によるが如何に我執が強く、ある意味で人間的だと思う。これを制度的にコントロールする仕組がないと、危なくてしょうがない。特に現代は、マスメディアの発展により、直接国民一般に広く接触できる訳で、危険度が高まっていると思う。最後の上皇である光格天皇*1以降ほぼ200年間、生前退位が行われていないし、明治の旧皇室典範(1889年)でも譲位の規定がないのは、この制度の弊害が広く認識されていたからではなかろうか。
3) 政府首脳はなぜコメントしないのか
 安倍首相、菅官房長官は、事柄の性格上コメントを差し控えると発言している(7月14日段階)。もっとも、天皇が今回、生前退位に関する希望を述べられたということに私は驚いた。憲法第4条1項の規定のとおり、「天皇は、…国政に関する権能を有しない」から、このような発言にはかねて慎重であった。生前退位の問題が国政かという議論はあろうが、今上陛下は、国政に関しそうなことにはかねて慎重であった。余程の覚悟があったのだろうと推測できる。
 何れにしろ、生前退位に関する制度的検討は、内閣が責任を持ちイニシャティブを取って行うべきことと思うので、各般の意見を求め、早急に着手することが必要と思う。首相、官房長官は、これにより、考えていた憲法改正の着手が遠のく(あるウェブでの観測)ことでうろたえ、言うに事欠いて「事柄の性格上」と口走ったのかも知れない。

憲法第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

4) 皇族制度の問題
 高齢の陛下がかねて多忙であったことの理由の1つは、皇太子殿下が公務を十分代理してくれていないとの懸念であったかと思う。摂政であれば、代理される天皇に一次的責任は残るとも思え、その公務の代理の中身に(自分とは異なると)やきもきされるかも知れない。それに対し、譲位してしまえば他人のことだから気にしなくてもいいとの安心感があるかも知れない(やや不敬か)。私は、公務(天皇の仕事)の具体的内容については、天皇の個性により差が生じるのは止むを得ないし、今上陛下もある程度覚悟されているのではないかと思う。だが、日本国民統合の象徴である天皇としては、少なくとも安定、円満な家庭を維持していることを国民に示しておいてもらいたいと考えていらっしゃるのかも知れない。
 しかし、家族制度の安定も世界的な動きを見ると危ない。伝統的な結婚は減少して同棲カップルが増え、離婚も増加している。また、同性婚を始めとしたLGBT(Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender)のカップルも公認化されつつある。落合恵美子「21世紀家族へ(第3版)」(有斐閣選書、2004年第1刷、2011年第11刷)によれば、家族について、戦前の家制度から高度成長期に核家族に移行してきたが、その後現在に至って更に家族の解体が進んでいるという。これからは、「家族の個人化」がキーワードで、「家族生活は人の一生のあたり前の経験ではなく、ある時期に、ある特定の個人的つながりを持つ人々とでつくるもの」になっていくのだそうだ。
 国民の象徴たる天皇家においても、この傾向とは全く無縁でいられるとの前提の下に制度設計するのは、早晩行き詰まるのではなかろうか。今後、皇室典範改訂の検討が行われる場合には、少子化傾向及び男女格差の撤廃の観点から、少なくとも女性天皇制の導入は必須だと思う。私は天皇制の維持について殆ど関心が無いが、維持する場合には、外国人にも説明できるものであることが必要だろうと思っている。

*1:1771生-1840没、在位1780-1817、仁孝天皇に譲位後も20年以上、上皇として実権を保持。