安楽死に反対

 2年前の4月から区の老人大学に週1回通い始めたというのは、弊ブログ「高齢者向け教養講座」(id:oginos:20160417) で紹介した。2年間のコースの最後の授業で、先生の提案により、クラスをグループ分けして(模擬)ディベートが行われた。表題の「安楽死」はそのうちのテーマの1つで、賛成、反対は、数週間前にじゃんけんで決められた。私は安楽死反対のグループで、たまたまの欠席裁判により冒頭立論の担当になった。
 グループは6人程度で、名簿から機械的に組成。ディベートの方式は、a)冒頭立論−各グループ5分、b)グループ内作戦会議−5分、c)質疑・反論−各グループ5分、d)作戦会議―5分、e)まとめ陳述―各5分。各グループでそれぞれの担当発言者を決める。採点は、そのテーマ以外のグループのメンバーが行い、その合計点の多寡で勝敗を決する。
 ディベートは、先生は初めて、多くの生徒も初めて、私も初めて。準備期間は数週間あったが、慣れない中で、論戦は生煮えのまま進んだという印象。採点の結果、我がグループは負けとなった。
 以下は、配布したメモである。上記の経緯からも明らかなように、私が安楽死反対の立場という訳ではない。我々のグループの中には誤解している人がいて、「自分は安楽死を希望しているので、グループ内の検討には参加したくない」と言う。これは一種のゲームだからと説明して、反対論のアイデアを求めたが納得せず、他のメンバーを困らせた。
 それにしても、私についてはどうかと聞かれると、ディベートを始める前は、安楽死ないし尊厳死を認めるべきと感じていたことは事実。しかし、調査を進めると、よく判らなくなってきた。特に迷うのは、下記論点の4)「患者の意思は変化する」だ。無意識状態になった時の患者の意思は、本当にどこにあるのか。患者の意思尊重の立場からは、本当の意思は解らないけれど割り切らざるを得ないということなのかと思うようになった。

(当日配布資料、2018/2/13)
安楽死に反対グループ」冒頭主張のポイント
 本ディベートでは、「安楽死」とは、「積極的安楽死」、すなわち「延命治療の中止以外の手段で意図的に死期を早める行為」*1とする。条件は次である。

患者の耐えがたい苦痛
不治で末期
本人の意思による

(反対の論点) 
1) 死の判定が困難なので、まだ生きている人も死なせるリスクがある。
 1年間の植物状態の後、生還して本を書いた人もいる。
 (当日口頭) 脳死でも75%の人について体が動くことがある。ラザロ徴候が有名。臓器摘出の時に麻酔が必要なのは痛みのためか。血圧が上がるなど、生体反応のある患者にメスなどを入れる手術スタッフの困惑は大きいと言われる。
2) 患者の苦痛については現在相当緩和。
 更に、苦痛を緩和できる方法を開発すべき。
 (当日口頭)現在苦痛の95%が緩和可能。
3) 患者への心理的圧力になる。
 家族の介護の苦労、金銭的負担を忖度し、心ならずも安楽死に同意する。特に高齢者に多い。真の自己決定ではないものが自己決定となる。
4) 患者の意思は変化する。
 容態は日々変化し、安楽死への意思も変化するが、事前表示していると変えるのに躊躇する。本当に死に直面した場合には生きたいと思う人が多い。*2
 また、終末期医療に関する厚生労働省の2013年の意識調査(5年ごと)によれば、一般国民の場合、前回調査より延命措置を希望する人が増えている(ただし、ケース分け、措置の分類が異なるので直接比較は困難)。
5) 安楽死を認めていない国が多い。
 2008年の「ヨーロッパ価値観調査」(47か国)では、安楽死許容度は、ヨーロッパの多くの国で、低度から中程度
 (当日口頭) 安楽死を認めている国は、オランダ、ベルギー(両国とも2002年立法化)、ルクセンブルグ(2009年)、スイス、米国オレゴン州。ただし、尊厳死を認めている国は多い。
6) 安楽死を一旦制度的に認めると、徐々に寛容になっていく
 アルツハイマー病の漸次的衰弱プロセスを経験したくないという理由安楽死が認められたベルギーの作家の例(2008年)。
7) 人間の生存権の否定につながる。
 死ぬ権利や死についての自己決定権という概念は認められていない。
8) 生死の概念に、ムダという概念が入ってくる。
 政府の財政や家庭の経済の観点を入れて、命がないがしろにされる。
9) 嘱託殺人や自殺幇助の可能性もある。
 犯意を持つ家族他の犯罪を容易化する。また、本人の自殺願望に応えやすくなる。

*1:延命治療(人工呼吸器、経管栄養等)の非開始、中止を意味する「消極的安楽死ないし尊厳死」は、ディベートの議論から外すことでかねて相手側グループと合意していた。積極的安楽死とは、毒物の注射等を行うもの。

*2:事前指示書を実際に書き換えた1つの例として、2017年6月5日のNHKクローズアップ現代「人工呼吸器を外す時」を紹介する。同記事の中間あたりに出てくる「透析治療を続ける成富義孝さん76歳」は、初めの事前指示書では、判断能力がなくなったら透析の継続を希望しないと答え、3年間透析を続けていた。しかし、衰弱が進み、食事が口からとれなくなり、胃ろうをすすめられたとき、奥さん(成富五枝さん)の話では、「いま胃ろうしなかったら死んでしまうよというようなことを(私が)言って、2日くらい考えましたかね。本人が自分のほうから言ったんですよ、『してみようかな』って。改めて、いつまで透析を続けるか聞きました。義孝さんは『判断力がなくなっても透析を続ける』と答えました。」 夫の答えを受け、五枝さんは事前指示書を書き換えました。