先進白内障手術

1) 白内障手術の本
 白内障は、加齢に応じて進行し、そのうち手術を勧められる。私もそうで、眼医者からは、近いうちに必要と言われている。白内障手術については、驚くほど眼が見えるようになったと喜んでいる友人と、少数派ながら芳しくないと悔んでいる近親者がいる。それで、図書館で白内障手術への反対派と推進派と思われる本を2冊予約した。
A) 平松類他「その白内障手術、待った! ―受ける前に知っておくこと 治療のウソ&ホント」(時事通信社、2016年7月)
B) 山崎健一朗「人生が変わる白内障手術」(幻冬舎、2017年1月)
 予約状況により、A)の方が先に入手できたが、タイトルとは違って、それほど白内障手術の危険を告発している訳ではない。できる限り手術を避けるための目にいい食事・生活などの勧めと手術に関する知識を伝えるもので、それほどインパクトがある内容ではなかった。それで、もう1冊のB)の方は、入手が1月以上遅れていたが、それほど期待していなかった。しかし、入手して驚いた。
 山崎医師(Bの著者)の推奨する「プレミアム白内障手術」(本稿では「先進白内障手術」という)は、「多焦点眼内レンズ」という特殊なレンズを用いるものだが、老眼、近視を一度に改善できるという。2回私なりに精読して、受けようとの気持になってきた。本来は私が手術を受けてからその結果を報告すべきだが、後述の事情が出てきて当面できなくなった。図書館の本は当然返却しなければいけないので、内容をメモしておいた。そのメモが無駄になるのも悔しいので、この時点で報告する。以下、2)先進白内障手術の概要、3)私の見た夢、4)医者の見立てを紹介する。約5000文字とやや長いがご容赦を。

2) 先進白内障手術の概要
(多焦点眼内レンズ)
 白内障とは、眼球前部の角膜の後にある水晶体が白濁していくことにより見えにくくなるもので、その究極の治療法は、水晶体を除去し替りにレンズを挿入する手術だ。従来の白内障手術はこのレンズが単焦点であるため、一定の距離しかピントが合わず、それより遠方や近方についてはぼやけたままか眼鏡を使う必要がある。このレンズを多焦点にして遠近両方を見るようにするのが多焦点眼内レンズだ。
 3焦点のものも実用化されているが、2焦点レンズを例にとって説明する。2焦点レンズは、光の回折現象の原理を応用して2点に像を結ぶ *1。遠距離の物体は、レンズから例えば20mm(a)と21mm(b)の位置に像を結び、網膜が21mmの位置にあればbの像にピントが合う。近距離の物体は例えば21mm(c)と22mm(d)の位置に像を結び、21mmの距離にある網膜はcの像にピントが合う。この事情を明解に説明した図がウェブ上ではなかなか見当らないので、拙いが自分で図を描いてみた。

 遠方と近方との間、又はそれ以遠、以近の物体については、もちろんピントが完全に合わないが、相当見やすいそうだ。山崎著では、この見やすさを示すグラフが紹介されている。
 そのグラフを撮った次の写真は、私の下手さのため甚だ見にくくて恐縮だが*2、3種類のレンズのピントの合い具合がグラフ化されている。横軸は眼球からの距離で、左方が遠方、右方が近方だ。縦軸はピントの状況で、上の方が見やすいことを表わす。左から1本目のグラフは、左方に山があり、右斜め下方に向う曲線で、単焦点のレンズだ(a)。2焦点レンズのグラフは2本あり、1本目は、遠方とレンズから50-40cmの所にピントが合う(b)。2本目は遠方と30cmの所にピントが合うもので、1番右の曲線だ(c)。(b)は、近距離(30cm以下)の見え方が落ちるが、60-70cm辺りの見え方が相当いい。(c)は、近距離は相当見えるが、60cm辺りの落込みが相当大きいように見える。3焦点レンズだとこれが改善される(乱視の補正もできるとのこと)。多焦点レンズをどのように選ぼうか、これからの問題だ。

 
(フェムトセカンドレーザー手術)
 もう1つ著者(山崎)が推奨しているのは、「フェムトセカンド(秒)レーザー手術」だ。フェムトとは、国際単位系(SI)で、1000兆分の1(10のマイナス15乗)のこと、セカンドは秒で、1000兆分の1秒のパルス幅のレーザーを使う手術のことだ。パルス幅が短くなることにより、高エネルギーが集中できるということらしい。レーザーと言えば私としては、その種類(ガスか個体か半導体か、など)や波長が気になるが、ウェブを見ても余り判らない。
 通常の白内障手術では、メスを用いてa)(前部にある)角膜の切開、b)(水晶体)前嚢切開、c)超音波棒を挿入して超音波による水晶体破砕、乳化、吸引、d)眼内レンズの挿入、設置、という手順で進む。
 これに対し、フェムト秒レーザー手術では、先ずb)(レーザーによる)(水晶体)前嚢切開、c)(レーザーによる)水晶体核破砕、a) (レーザーによる)角膜切開、c')(超音波による)乳化吸引、d)(多焦点)眼内レンズの挿入、と順番が異なる。メスは使わず、レーザーによる切開は小さくて場所も正確とのことだ。高精度が要求される多焦点眼内レンズ手術を実現するにはフェムト秒レーザーが不可欠という。
(QOV)
 私が感銘を受けたのは、著者のいう「QOV(Quality of Vision)」という概念だ。医療や福祉の分野で近年目標とされている「QOL(Quality of Life、生活の質、生命の質)」に対応する、「見え方の質」だ。著者いわく、「視力検査の結果の数値だけでなく、生活の便利さや豊かさにつながる見え方の質を重視していく」ことに多焦点眼内レンズは貢献する。
 確かに、私のQOVの現状は、眼鏡を2つ持っていて掛け替えに忙しい、などミゼラブルだ。眼鏡の1つ(A)は、3-5mほどの距離にピントが合う(一応、遠中両用眼鏡)。テレビ視聴用が主で、遠距離は多少犠牲にしている*3。もう1つの眼鏡(B)は、50cmほどの距離で、パソコン用だ。本、スマホを見るときは、強い近視のため20-30cmの距離で裸眼だ。通常はAを着用しているが、パソコンを見るときはBに掛け替え、本、スマホでは裸眼に、と忙しい。電車、バスの中で本を読むときも眼鏡Aを外して裸眼だ。外した眼鏡の置き場所として従来は手に持ったり、胸ポケットに挟んだりしていたが、最近は100円ショップで買った眼鏡ストラップを使い、首からぶら下げる。だから眼鏡Aは常時ストラップを付けた状況で、外見は余りよくないが便利さには替えられない。
 車の運転の時も困る。眼鏡A着用だが、カーナビは50-60cmの距離にあって多少不便。瞬時に眼鏡Bに掛け替えるのは不可能だ。また、足の爪を切る時も難儀する。本当は20-30cmの距離に足を近づけてよく見たいが、ヨガでも習わないと不可能で、たまに足指を軽く削いだりする(ただ、この足爪の問題は、多焦点眼内レンズになれば解決するのか、まだ解らない)。
 2焦点眼内レンズではどうなるか。仮に40cmと4-5mの2焦点にすると、現在のA、Bの眼鏡は不要になる。必要ならば本、スマホ用に新たに30cm程度にピントが合う眼鏡(C)を購入すればいい(不要かも知れない)。QOVは画期的に向上する。
(先進医療)
 多焦点眼内レンズの手術は「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」という名称で、厚生労働省の指定する「先進医療技術」に指定されている。この「先進医療」とは、先進医療に係る費用は、全額患者の自己負担だが、それ以外の通常の治療と共通する部分には健康保険診療との併用を認めるとする、いわゆる「混合治療」の制度で、2004年に発足した。2018年4月現在で先進医療として91種類が指定されている。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/sensiniryo/index.html 
 「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」は、2008年に先進医療に指定された。先進医療を実施する医療機関は、厚生労働省により認定され告示されている。
厚生労働省告示 「先進医療を実施している医療機関の一覧」
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan02.html 
 多焦点眼内レンズを実施できる医療機関は、このウェブページの「先進医療A」の部の「番号14」の部に400機関以上列挙されている。

3) 私の見た夢
 多焦点眼内レンズというQOVを改善できる手術を知り、私の夢は膨らんだ。ただ、問題はコスト。健康保険の適用外のため、高価だ。ウェブで調べると、両眼で50万円から80万円ぐらいの見当だ。すごく悩んだが、今後節約を図ることとしよう、今まで自分のためだけに金を遣ったことがどれだけあったか、ということで自分を納得させた。もう1つの悩みは、眼鏡を外したまぬけ面となることだ。50年前の紅顔の美少年の時代は去った。老いさらばえたしわ顔を人目にさらすのは恥しい。ダテ眼鏡でも掛けようかなどと、くだらないことも夢想した。
 私が眼鏡を掛けだしたのは、大学に入学して、大教室の授業が多くなってからだ。小教室であっても、不真面目な学生だった私は、教室の後ろからこそこそ入っていく人だったから、授業中は眼鏡を着用せざるを得なかった。外で遊んでいる時は眼鏡を付けていなかったが、卒業して勤めだしてからは常時眼鏡着用となった。その後、眼鏡の度数は進み、老眼も混じり出した。
 多焦点眼内レンズで、50年ぶりに眼鏡から解放されるかと思うと心が弾んだ。

4) 医者の見立て
 それで、4月下旬に、かねて予約していた定期検診(緑内障などの)を受けに行った。この病院は渋谷区神宮前にある割に大きい眼科専門病院だ。家人は、私とは別の先生だが、この病院で黄斑前膜と白内障の手術をしている。
 白内障も少し進んでいますねとの診察の後、恐る恐る多焦点眼内レンズでの白内障手術を考えてみたいが、と言い出したところ、緑内障があるから駄目ですとのご託宣だ。明解な拒否に少しショックを受けたが、これは話半分に聞かなければと思った。というのは、事前にウェブで見たところ、この病院はレーザー器械を所有していなく、上述の厚生労働省の多焦点眼内レンズ手術の認定医療機関のリストにも掲載されてない。そもそも多焦点眼内レンズには消極的なのだろう。それでも別の認定病院を紹介してくれるかと期待していたが駄目だった。終り際にもう一度聞いたが、緑内障だからとにべもない。
 帰宅してから、図書館への返却期限が1日過ぎた例の本をひっくり返した。確かに、糖尿病性網膜炎と、進行した緑内障は駄目だと書いてある。これらの病気だと眼のコントラスト感度が低く、暗い場所での視力が低下している。多焦点レンズでは暗い場所で見えにくくなる。従って、事前に精密検査して判断する必要があると書いてある(簡単に諦めてはいけないとも書いてある)。
 家人の了解も取って、やや勇んで病院に出かけていたが、意欲がくじかれてがっかりした。対策としては、a)今の病院に再度話して精密検査を頼むか、b) 黙って病院を変えるか、などだが、どうも元気が出ない。また、c)別の病院のセカンドオピニオンを求めるべく今の病院に所要の手続きを頼むことも考えられるが、どうも踏み切れない。2か月後に定期検診の予約をしたので、それまで先延ばしすることにした。

*1:これは、一般に使われている遠近両用眼鏡の原理とは全く異なる。両用眼鏡(私も長く使っている)は、上部が遠方にピントが合い、下部が近方にピントが合う。遠方はいわば上目遣いに、近方は下目遣い(こういう言い方があるかは知らない)に見る訳だ。しかし、水晶体の替りの小さな眼内レンズは、常にレンズの全面を使うのでそのようなことはできない。

*2:図書館に返却したので、撮り直しはできない。

*3:ただし、近年更に視力が弱まり、テレビの電子番組表(EPG)を見るときは近づいてみている。