推理小説「模倣の殺意」

 次の読者挑戦型推理小説を読んだ。以下挑戦振りを少し紹介するが、ネタバレにはならないように注意する。
中町信「模倣の殺意」(創元推理文庫、2004年8月初版、2013年6月25版) (単行本の初版は、「新人賞殺人事件」(双葉社、1972年)
 新聞などの広告で惹かれた。40年前のミステリーが書店側の仕掛けで昨年末から売られ出し、ベストセラーになっているとのことだ(朝日新聞http://book.asahi.com/reviews/column/2013041700003.html)。後述のとおり、書店で山積みされていたのを買った。私は、一般に書評、映画評や広告文に弱い。しかし読んでがっかりすることも多い。満足するのは大体半々か。本書は満足した。ネタバレは書けないので、この本を買った経緯として、最近買った他の2冊の本のことなど周辺的な話からくどくど述べる。

 最近は調べもの目的の読書が多く、猛暑もあって疲れ気味だ。知人の薦めもあり、何か楽しめる読書をしたいと考えていて、8月になって次の2冊を買って読んだ(満足できなかったので冒頭の「模倣の殺意」を買った次第)。
東野圭吾真夏の方程式(文春文庫、2013年5月10日1刷。単行本は文藝春秋刊、2011年6月)
黒川信重小島寛之「21世紀の新しい数学絶対数学リーマン予想、そしてこれからの数学」(技術評論社、2013年8月25日初版)

(真夏の方程式)
 これは映画化され、本年6月末より公開されているが、文庫本が出たので、映画館に行くより安いと思い、買った。東野圭吾は、かつて「容疑者Xの献身*1や「聖女の救済」を読んで楽しめたからだ。しかし、今回は余り面白くなかった。最後に明かされるトリックが余り面白くなさそうなことが途中から相当想像できてしまった(これは、途中で私が解ったということではない)。ということで楽しみの読書の積りが若干期待外れ。
(21世紀の新しい数学)
 本屋でたまたま手に取ったが、まえがきに騙された。

(まえがきから)
楽しい数学「耳学問」をあなたに
・・・とりあえず、ざーっと読み進むことをお勧めします。細かいことは余り気にせず、雰囲気で読んでしまってください。雰囲気としては、フレンチレストランで、ソムリエからワインの説明を受けていることを思い浮かべていただければいいです。ソムリエは、・・・非常に熱心に説明してくれますが、多くの客はその説明をすべて理解できるわけではない・・・。でも、そういう説明を受けるのは苦痛どころか、むしろワクワクすることではないでしょうか。

 ところが、私にとっては全てが判らず、全くの苦痛だった。物理学の素粒子論やヒッグス粒子も判らないが、言葉だけは世の中を飛び交っていて、馴染みがある。いくら読んでも本当は判らない(私には)解説書も多く出ていて、一応雰囲気に触れたような気になる。ところがこの本の中に出てくる多くの現代数学のテーマの中で、世の中に出ていて私も聞いたことのあるのは「リーマン予想」ぐらいだ*2
 このリーマン予想について、前述の東野圭吾の「容疑者Xの献身」の映画(私も見た)に関連した挿話が本書に出てくる(本書の中で唯一の柔らかい話題)。映画の中で、主人公の物理学者(テレビのガリレオ・シリーズでお馴染みの湯川准教授)が、犯人の数学者にリーマン予想の反例論文を見せるシーンがある。その資料について著者の1人黒川氏が映画会社から相談を受け、相当真面目な資料を作成した。タイトルもちゃんとした、もっともらしい英文の論文を作成し、ご丁寧に綴じ込みメモ(湯川准教授のコメントが書かれている)まで作ったとのことだ。私は映画を見、数学論文を渡すシーンは覚えているが、論文のタイトルや綴じ込みメモなど見えもしなかった。著者は、将来DVDで見られる場合に備えたとのことだが、ちょっとやり過ぎじゃないか。
 物理学の分野は、政府から巨額の研究資金が投じられており、そのために政治家を始め国民大衆に説明することが求められ、解説書も多く出ているのであろう。それに対し、数学の世界は大した研究資金が必要なわけではないので、先端分野ではこのように大衆の理解できないような研究が行われているのだろう(大衆への啓蒙努力もしなくてすむ)と思った。
 それにしても全く理解できないということは楽しめるものではなく、自分の無学さも知らされ、がっかりした。数学の世界に近づくのは注意を要する。
(模倣の殺意)
 楽しめる本を探して書店に行き、山積みされているのを見て広告文を思い出し、衝動的に買ってしまった。後でウェブを見ると、電子書籍版があり588円だ(書店では777円)。
 広告文に刺激されて、謎解きに挑戦する積りで読み始めた。文庫本で300ページ余。挑戦には手ごろの感じだ。伏線になりそうなところには鉛筆でマークしていった。推理小説でこのような読み方をするのは初めてだ(そもそも本格推理小説の謎解きは、自信が無く敬遠していた)。最終第4部「真相」の枕のページに来ると、読者への挑戦文が書かれている。

あなたは、このあと待ち受ける意外な結末の予想がつきますか。
ここで一度、本を閉じて、意外な結末を予想してみてください。

 恥かしながらさっぱり予想がつかない。それで最初から、考えつつ拾い読み(相当精読に近い)を始めた。それで、仕掛けと思われるものの1つは予想がついた。それだけでは謎解きにならないので、また考え直して、やっともう1つの可能性に思い至った。
 このように仕掛けを2つ推測でき(結果は正解)、満足できた。その時点でものすごく疲れてしまい、あと犯人と動機を推定しなければならないが、そのような詰らないことはどうでもいいという気持になってしまった。一応は考えたが、結果的には間違い。わあっ、これは相当のヒントかな(ネタバレに準ずる?)。
 ところで、電子書籍版だと、謎解きはより容易になるかと考えてみた。気に懸る箇所のマーキングやメモ書きは、紙もデジタルもほぼ変わらないかと思う(デジタル入力に習熟しているという条件でだが)。デジタルは検索が可能なのがいい。以前にこの言葉、この人物はどのような状況で出てきたか、などが直ぐ判るのは謎解きに便利だろう。しかし、紙の本のページめくりの容易性も捨て難い。ぱらぱらめくりながら、また複数のページを見比べながらあれこれ考えるのも有効だ。
 多分、紙版とデジタル版を両方購入すれば、強力なツールとなろう。今後マニアの間で流行るのではなかろうか。こうなると今のデジタル版にクレームを付ける人も出てくるだろう。というのは、今の電子書籍のリーダーは、著作権に配慮して、コピー、印刷ができないようになっている(少なくとも私の持っているリーダーはそうだ)。小説の全文をパソコンにコピーして、(電子書籍リーダーではできない)複雑なテキスト処理・分析が可能になれば、謎解きマニアにとっては福音ではなかろうか。謎解きマニア用のリーダーも開発されるかも知れない。それは邪道だという人も出てくだろう。
 推理小説作家によってはデジタル版を出していない(失礼な)人もいる。東野圭吾がその例だ。紙の上で謎解きをしてほしいと願っているのだろうか。

*1:私としては珍しく単行本を、初版の出た2005年に買っている(文庫本化は2008年)。よほど広告文がよかったのだろう。

*2:数年前、「リーマン予想」が解かれたとのニュースが流れた時、家人は「リーマン危機」と関連があるのかと聞いてきた。私は、先ずスペルからしてRとLとの違いがあるぐらい、全くの別物だとしか説明できなかった。