旅行と「老人力」

 さる10月26日に赤瀬川原平氏が亡くなったとのニュースが流れた。私は特に同氏の著作に詳しくはないが、たまたま次の展覧会が2つ並行して行われることを知っていて、また24日に近くの町田のを見に行ったばかりだったので驚いた。
○ 10月18日から12月21日まで「赤瀬川原平×尾辻克彦−文学と美術の多面体展」(町田市民文学館ことばらんど) http://mrs.living.jp/machisaga/event_leisure/article/1684104
○ 10月28日から12月23日までで「赤瀬川原平の芸術原論−1960年代から現在まで」(千葉市美術館) http://www.ccma-net.jp/exhibition_01.html
 同氏の職業は、Wikipediaによれば、前衛美術家、随筆家、作家と幅広い。私は軽妙な随筆家ということでしか知らなかったが、小説家としては、尾辻克彦の名で芥川賞を取っているとのことだ(「父が消えた」1981年受賞)。私は同氏の多彩な活動ぶりについてのコメントはできないが、有名な「老人力*1にちなみ、私の老人力体験について若干紹介する。
 私の理解する所では、「老人力」とは、老人特有のボケ、もの忘れ等であり、これにより、ムダな知識や記憶、義理のしがらみなどが脳から消え去り、その分当人の嗜好に沿った新しい記憶や能力が増えるという、幸せな能力だ。忘れることが無意識にできる「力」は、若い人にはない。「努力しない力」とも言える。劣る所があっても恥ずかしく感じないという能力もある。著者も述べている通り、往々誤解されていて、齢をとってもまだまだマラソンに出場できる、まだまだ若者のように頑張れるという「まだまだ」派の、いわゆる「老人パワー」とは全く異なる。「老人力」は、著者も認めるように、相当適当なアイデアのようで冗談も交じっている。以下、最近の私の旅行の話を基に適当に説明していく。
 10月末に家人と長期ドライブをした。何か月か前に、ある縁を感じた家人が琵琶湖のホテルを予約したからだ(2泊3日)。
(カーナビ砂漠の運転)
 我が家のカーナビは古くて新東名高速道が載っていない*2。どのように表示されるかと案じていた所、新東名に無理やり乗入れた時点から、その高速道路が点線で表示された。このカーナビのDVDを作った頃には新東名の計画はあったので、一応は点線で入れておこうということだったのだろう。しかし、インターチェンジ(IC)、パーキングエリア(PA)など、カーナビとしてのデータは全く入っていない。御殿場JCTから新東名に入る前は、次のIC、PAの名前、そこまでの距離、予想時間、渋滞状況(いわゆるVICS情報)が表示される。目的地(琵琶湖)までの経路は430km、到着予定時刻は午後○○時うんぬん*3も判る。しかし、一旦新東名に入ると高速道路を示す点線だけで全く情報が出なくなった。最初のパーキングで無料で入手した高速道路地図(サービスエリアガイド)と道路標識だけが頼りだ。
 新東名の157kmは、このように「カーナビ砂漠」だった。十分な情報を得てから行動するというような若い人なら不安になるのではと予想されるが、大ざっぱな処理で我慢できる「老人力」では問題ない。ただし、三ヶ日JCTから東名高速に戻ってカーナビ情報が復活した時は、さすがに正直ほっとした。
(追越されに寛容)
 今度の運転は10年以上ぶりの長距離ドライブなので、老人力を意識的に出すこととした。追い越されても腹を立てない。大型トラックや軽自動車が前を走っていても時速90km程度以上であれば、自分の車のプライドを捨て、無理に追い越さない。駐車場でも、他の車を少し待たせてゆっくりと入れる。もっとも、これは単なる安全運転に過ぎないか。
(携帯電話を封印)
 運転をしていると、ズボンのポケットに入れた携帯電話の着信の振動が気に懸る。私の場合、電話は殆ど無く、メール着信が大半だ。通常は、赤信号で停まっている時に、メールの件名チェックなどを行うが、今回は運転中、携帯には全く触れないことにした。読むのが2-3時間遅れても、忘れてもどうってことはないメールが大半だ。老人力の威力だ。今後、通常でも気にしないことにしよう。
(レストラン選択の失敗談3題)
 「老人力」と直接関係ないが、今回の旅行はレストランで苦労した。第1は、近江牛がリーズナブルな価格だという店に昼食時に行ったら、「(暫く)休業しています」との掲示が出ていて、がっくりした。私が事前に調べたガイドブックは、半月ほど前に買った「まっぷる」の滋賀・びわ湖2015年版。そのレストランは、写真入り記事で紹介され、更にレストラン自身の大きな広告(ほぼA4版大のページの1/3のスペース)まで出ていたのに、突然の休業だ*4。家人は何故予約しなかったかと手厳しい。
 第2は、その夕方に行った、近江野菜専門のレストラン。ガイドブックでは午前11時から午後10時まで営業と明記してある。午後5時に行ったら、6時から開店だということで出直さざるを得なかった。
 第3の極めつけは、浜松の鰻だ。新東名に「NEOPASA(ネオパーサ)浜松」*5という大きなSAがある。当初は、往きに下りのSAに寄って昼食で鰻を食う計画(高速道路地図で確かめた)だったが、計画より早い時刻に着いたので、昼食はパスし、帰りに寄ることとした。ところが、帰りに上りの同SA(これもNEOPASAで大きい)に寄ると鰻が無い。はてと思って、もう一度高速道路地図のSAガイドを確かめると、鰻は下りのSA内の「うな濱」だけで、上りSAには無い。こんなことがあってよかろうか。浜松のSAなら、上下両方で鰻を出すべきではないかと思う。
 赤瀬川著では、老人の多くは食物に割に拘りがあり(グルメというより、想い出や単なる量への拘りの場合もあるようだ)、それにまつわる話が多い。私も、本場の近江牛浜名湖鰻を食いそびれて、老人力が少し減退したようだ。
(ブログ)
 このような次第で、今回の旅行は老人力を意識的に活用して、特段の事故なく帰京できた。ただ今後、無意識下の老人力が発現した場合は、多少のトラブルは出るかも知れないが、多分よりハッピーなもの(赤瀬川グループのように)になるであろう。
 以上で旅行の話は終って、私事にわたるが、私はこの5月から友人に頼まれて週2日のアルバイトの仕事をしている。更にこの11月から別の友人に週2日の仕事を頼まれた。これで、来年の2-3月頃までは週4日のほぼフルタイム勤務をすることとなった。この状態で、定期的にブログを書くという「努力」をどこまで続けられるかだが、上述のとおり、「老人力」は「努力しない力」でもある。今後、老人力を発揮するようになるか(努力しない)、はたまたブログ執筆に夢を見出すか、状況に任せて適当にやって行こうと思う。

*1:私の読んだのは、筑摩BOOKSの2005年9月発行の全一冊版(ただし電子書籍)。元は、「老人力」1998年、「老人力②」1999年、何れも筑摩書房

*2:2014年のこの時点では、2012年に開通した御殿場JCT(静岡県東端)から三ヶ日JCT(静岡県西端)までの157.4kmが通行可能。

*3:もちろん経路は(旧?)東名を通行する前提で算出されている。新東名経由だと約30km近くなるとのこと。

*4:悔しい(?)からレストランの名前を書くと、近江八幡市近江牛専門店「千里庵」。こんなことで口惜しがっていては「老人力」未だしか。

*5:NEOPASAという名称は、新東名高速道路上の商業施設で、新しさを表現するための「NEO」とパーキングエリアの略称「PA」、サービスエリアの略称「SA」を組み合わせて作られた造語(Wikipedia)。なお、(旧?)東名やその他のNEXCO中日本の高速道路では、SAのうち大きなものはEXPASA(エクスパーサ)と名付けられている。例、東名のEXPASA足柄、中央高速のEXPASA談合坂、など。