機械工学・発想の転換

 一般社団法人日本機械学会の機関誌「日本機械学会誌」2011年6月号の特集「発想の転換」が楽しい。機械工学の分野での発想の転換の事例が約20掲載されている。
 以下、1)そのうち幾つかの事例を紹介し、次いで関連して、2)若者の理工学系離れに関する私見を述べる。
1) 発想転換の幾つかの事例
 掲載されている事例のリストは、同誌の目次のURLにある。http://www.jsme.or.jp/mechalife/jp/index.html
 私は、機械学会の会員でもないし機械工学に詳しくもないので、理解できないものもあるが、その中から3つほど紹介する。
a) センターレス機構を持つ車いす
 車椅子の大きな両輪には、車軸とリム(外周)とを放射状につなぐ沢山のスポークがあるものと疑わなかったが、そのスポークを無くした車椅子だ。スポークの重要な機能は、車軸を回転させる動力源(モーター)の力をリムの回転に繋げることだ。モーターが無い手動の車椅子の場合、スポークは無くてもいい筈と言われればなるほどと思う。スポークに加え、車軸も無くなった新しいリムは、椅子本体とは3点の溝付きのベアリング*1で支えられる。
 スポークと車軸の無くなった車椅子は、その部分の空間を自由に使え、デザイン的にも収納スペースの面でも革新的である。
b) リンゴ皮むき工法 ―重力を味方に― 
 大きな球形タンクを解体する場合、従来は、上部から切断した後、順次クレーンで地上に下ろしていた。これは、表紙の左側の写真にあるように、上の中心部から、りんごの皮むきのように、帯状の切れ端をスパイラル状に切断していく方法だ。これならクレーンを使わなくても、自重でタンクの中に落ちていき、かつ散らばらずにくるまって溜まっていくとのことだ。すばらしい。
c) ジャッキダウンによる高層ビル解体工法
 高層ビルの解体の場合、普通は、最上階から解体して解体残渣をクレーンで下に降ろす。解体に応じて順次重機やクレーンを下の階に移動するなどが必要で厄介だ。この方法は、下の階から解体する。そのためにはどうするかというと、一番下の階の幾つかの支柱をジャッキで支える。壁や各支柱を切断し残渣を排出した後、ジャッキを下げる、ということを順次繰り返して行くのだそうだ。高所作業が無く、クレーンの設置の手間や高層階から重量物(建物残渣)を降ろす際の危険も無い。雨でも建物の内装物が濡れないのでリサイクルにも有利とのこと。漫画みたいな話で本当にできるのかと思うが、実際に開始され、世界初とのこと。
2) 若者の理工学離れ
 昨今、小中学生の理科離れ、大学生の理工学離れが言われ、日本の製造業の競争力維持のために問題だとされている。これの対策として、若者に理工学への夢を持たせることが重要と言われる。宇宙、生命科学等により実現する将来の夢を語ることに異論は無いが、上記の例は、実世界にも「夢」とは別の意味で、発見と創造の愉悦があることを教えてくれる。このような身近な話を沢山することも、若い人の理工学への関心を高めることに大きく寄与すると思う。
 話は少しずれるが、東京大学の工学部(3年生以上)の学科の選択は、学生本人の希望と2年生までの教養学部の成績とが考慮されて決まる。これを進学振分けと言うが、学科の定員と学生の志望には当然ながらミスマッチがあり、この志望状況が各学科の人気度を示すバロメータとも見られている。
 数年前に電気・電子関係学科で、志望者の定員割れが生じて新聞でも話題になった。ハイテクと言われ、永く花形だったエレクトロニクスへの学生の人気が落ちたのはどうしてかということだ。その頃、今から3年前だが電子工学科の先生とたまたま雑談をすることがあり、理由を聞いた。先生は、何か月か後に工学部長に就任された人で、明快に解説頂いた。今でも覚えていることを述べる。
a) 電子だけでなく、一般的な学生の理工系離れが問題であると認識している。
b) 電子工学関係で言うと、学生は、エレクトロニクス企業の生産拠点が中国、アジアに移っていて国内での活躍の場が無くなっていることを敏感に感じている。卒業後の進路としての国内企業の先行きへの懸念とも言える。
c) 電子系学科の教授陣の側にも油断があって、ハイテクの代名詞であるエレクトロニクスの先端性に疑いを持たず、優秀な学生は必ず志望するはずと信じていて、何も対策を講じていなかった。
 この点について、機械工学系の学科ではかねて危機感を抱いて、学生の関心を高めるためにいろいろ努力をしていた。例えば、学問の先端性や魅力を高めるために、情報、環境、ロボット、バイオメカニクス等、新しい分野を自分たちの領域に取り込んできたし、学生へのアピールにも努力してきた。
d) これからは、電子工学の分野だけでなく、理工系離れを食い止めるための全般的な各種努力とあいまっての対策が必要で、電子系学科の先生達も目覚めて努力している。
 具体的な対策については、3年前に聞いた話で覚えていない。ただ、機械工学ではずっと魅力を高めることに熱心だった、問題意識では先輩だったという電子工学の先生達の反省の言が印象に残っている。機械学会誌の今回の「発想の転換」特集も学生へのアピール度が高いと思われ、かねての努力の表れと思った次第だ。

*1:「軸受け」とは言えないから、「輪受け」とでも呼ぶか(筆者注)。