TIME誌と東日本大震災

 6月25日(土)に配達された米国TIME誌の7月4日号に、日本の東日本大震災関係の記事が出ていた。内容は後述する。私の関心は、大震災直後の報道の後、毎号のTIME誌の目次だけを見ていたが、この大震災についてほとんど採り上げられていなかったことだ。久しぶりに登場ということで、今まで本当に記事が無かったかを調べた。
 雑誌を全てチェックするのは面倒なので、ウェブ版で調べた。TIME誌のウェブ版は、米国版、欧州版、アジア版、南太平洋版の4つがあって記事構成が相当に違う。*1
 大震災後の記事のチェックは、ウェブ・アジア版の各号の目次で見ることにした。震災直後の3月28日号にはカバーストーリの特集、4月4日号にはその続編の震災報道記事があり、私もざっと眺めた記憶がある。前述のようにその後は無いかと思っていたが、4月11日号と5月9日号に短めの記事があった。私の見落しだが、それにしてもやや少ないと思う*2
 本稿では、この4月以降(4月4日号は3月に発行されているから除く)の東日本大震災関係のTIMEの記事の概要を紹介し、最後に、若干の感想を述べる。
1) 4月11日号 「A Time for Renewal in Japan」(日本の一新の時)
http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,2062424,00.html
 短いエッセイで、今後の日本の再生の可能性を述べているが、興味深いのはアムステルダム大学のカレル・ファン・ウォルフレン教授の「日本の問題はリーダーではなく、株式持合い的な社会の権力構造にあった」との説を紹介している点だ*3。日本にとって今必要なのは、指導者(菅首相等)を交代させることではなく、社会構造を全面的に改革することであり、今回がそのいい機会だとしている。実際に可能かと悲観的になる。
2) 5月9日号「Visiting Chernobyl, 25 Years Later」(25年後のチェルノブイリ)
http://www.time.com/time/health/article/0,8599,2067562,00.html
 記事は、1986年4月26日のチェルノブイリ事故の満25年の記念式典が、ウクライナキエフで開催されたのに出席した際の報告と感想で、記事のリードに「日本への教訓」とあるので、日本にも触れていることが判った。
 内容は悲観的だ。チェルノブイリの汚染地域の対策は今後何十年も続くとの予測に加え、大きな問題は、補償金により補償金依存症の住民が多く生じており、地域の停滞が止まらないことだと言う。福島でもこの恐れを認識して対応すべきだという。しかし、考えてみると大きなお世話だ。補償金依存症が生ずる可能性があるからと言って、補償金を減額することはできないだろう。それにしても今後、原発地域と津波被災地域との住民への補償金に大きな差が生ずることによる混乱も予想され、暗澹たる気持になる。
3) 今回の7月4日号「Rebuilding Japan」(日本の再建)
http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,2079476,00.html
 タイトルは、表紙では「日本の国家と精神を再建するには」、目次では「衝撃の後」、記事のページでは「日本の再建」、ウェブ版の目次では「津波後の日本はいかにして前進できるか」だ(何れも拙訳)*4。内容は、コンサルタント会社のマッキンゼーがまとめた震災後の日本の再建のあり方に関する有識者のエッセイをまとめた本からの抜粋である。船橋洋一、カルロス・ゴーン、イェスパー・コール(JPモルガン日本)、ピコ・アイヤー(日本在住の作家とのこと)の4人のエッセイが紹介されている。
 ざっと目を通したが、失礼ながら特に面白いとは思えない。例えば、船橋洋一氏のエッセイは、やや感傷的に大震災時の国民の対応を讃えている。また、3月16日の天皇のメッセージや皇居内の自発的な節電について、1945年の昭和天皇の「耐え難きを耐え」の終戦詔書にも匹敵する感銘を国民に与えたと評価しているが、それほどのものだったかと思う。ゴーン氏は、企業のトップが明確な方針を出して繰り返し説明すれば、日本人は変革が可能と言う。残りの2人も含め*5、総じて変化と復興への道を語っているが、要するに日本人よがんばれというメッセージ集でやや鬱陶しい(失礼)。
 元の本は、記事の中の小さな写真で示されている「Reimagining Japan」という本らしい。アマゾンで調べると、マッキンゼー社からこの7月12日に出版される予定で予約受付中だ。大震災後の日本の行く末について世界の80人以上の著名人からコメントを集めたものとのこと。TIMEの記事は、マッキンゼー社の本の広告だった。
http://www.amazon.co.jp/REIMAGINING-JAPAN-Quest-Future-Works/dp/142154086X
(感想)
 大震災直後は、TIME誌も大きな特集を組んだが、4月になって以降は、上記のとおり3本の記事しかないのは少ない。しかも短いエッセイ(4月11日号)、チェルノブイリ25周年の報告中の補足(5月9日号)、他社の本の広告(7月4日号)と、本格的な記事とは思えない。
 米国のTIME誌、あるいは同誌に代表される米国の世論は、日本のこの大震災にそれほど関心が無いのだろうかと思う。又は、(日本から)情報が十分出ていない現時点では評価しにくいと考えて慎重になり、本格的な評論を避けているのかも知れない。そうでなければ、マッキンゼーの本の抜書きを他人事のように掲載することはしないのではないか。

*1:ちなみに、7月4日号では、この日本の大震災の話は、アジア版、欧州版、南太平洋版では出ているが、米国版には出ていない。やはり、独立記念日の7月4日ということで、米国版ではカバーストーリーの「合衆国憲法の今日的意義」に注力しているのかと思ったが、他の3版について表紙もカバーストーリーも同じ合衆国憲法である。版の記事構成の違いに興味をそそられ、同日号のアジア版と米国版を比較したら、同じ記事と思われるのは2つしかなかった(別の号に出しているかも知れないが)。それからアジア版についても、手許の雑誌とウェブ版では目次のタイトルやセクション名が異なるので甚だ判り難かったが、大半が同じ記事のようだった。

*2:もちろん、目次には無いようなごく短い記事は他にあるかも知れない。

*3:ウォルフレン教授は、日本の権力構造の研究者などとして有名。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%B3

*4:それにしても、このようにタイトルが違うと、記事の同定が面倒だ。検索や引用の時に不便で、統一してほしいと思う。

*5:アイヤー氏のエッセイは、正直言ってよく理解できなかった。