中国語学習

 今年の5月から縁があって中国語の勉強を始めた。毎週1回1時間のクラスに出ている。全くの初心者段階から始めたが、半年ほど経って少し慣れてきた。それで、昔の受験勉強に未だに毒されているせいか、会話文を覚えるだけでは不安で文法もチェックしたくなる。それで、7年前に買って、20ページも読まずに放り出した本を引っぱり出した。
相原茂「謎解き中国語文法」(講談社現代新書、1997年第1刷、2004年第9刷)
 新しく次の本も買った。手軽で(144ページ)、なかなか面白い。
〇池田巧「中国語のしくみ」(白水社、2007年第1刷、2011年第5刷)
 これらを踏まえ、中国語について一般の読者にも興味を持って思えるかという話題を紹介する。一般の読者とは、高校時代までに、英語と日本語の文法、更に漢文も学んだことがあるという程度の読者である。
 以下、1)動詞と目的語との関係、2)日本語と同じ言い方(「は」と「が」)、3)形容詞の英中日の比較、4)漢文との比較、5)感想(中国語の学びやすさ)について紹介する。中国語全般の紹介ではなく、私の理解した範囲内の話を断片的に示す。
1) 動詞と目的語との関係
 中国語の特徴の1つは、欧米語と比較した場合は単語変化(活用)が無いこと、日本語と比較した場合はテニヲハ(助詞、助動詞)を使わないことであろう。実はテニヲハが全く無いわけではなく、介詞(前置詞)や補語(説明は略)などがあって、これらを使う場合も多い。しかし、文の基本は、介詞を使わず、動詞と目的語を直接並べる。目的語の定義と範囲については、中国国内でもかつていろいろ議論(主語賓語(目的語)論争)があったらしいが、現在は、動詞の後に来る単語を目的語とするとの「形式派」の主張が一般的になっているらしい。
 従って、中国語の目的語には、英語での動作の対象を示す目的語(日本語で言うと、助詞「を」が付くもの)の他、場所、時間、原因、目的、手段等を示す単語も前置詞無しで現われる。もちろん複雑な場合等には介詞(前置詞)が現われて意味が明瞭になるが、普通の場合、その関係を意味論的に推測しなければならない。
 幾つか例を挙げる。以下の例で、日本語の漢字の後に「*」が付いているのは、日本語の漢字に相当する中国語の簡体字*1を示している。日本語に相当する漢字が無い場合は、発音の第1音をカタカナで記し、その後に「*」を付した。私と読者のパソコン上のフォントの制約を避けるためと、日本語の漢字の方が親しみやすいと思うからである。それから簡体字と日本語の漢字とが似ている場合は、「*」の頻発による見苦しさを避けるために、「*」を省略した(以上は私独自の工夫)。
去北京  「去」は「行く」で、これで「北京に行く」の意。日本語では「に」、英語ではtoが使われ、単語の文法的役割が明らかになるが、中国語はそのまま単語を並べる。英語で場所を示す単語が前置詞無しで用いられるのは「leave (Tokyo)」などであまり多くないであろう。「去」の場合、動詞の意味も明確(ただし、日本語の「去る」ではないことに注意)なのでそんなものかと思うが、次の例はどうだろう(相原著p.136)。
養*病  これは「病を養う」ことでなく、「病気になって養生する」との意味だ。「病」は「養*」の原因を示している。
盛大碗  「どんぶりに盛る」ことで道具を示している。
存定期  「存」はいろいろ意味があるが、この場合ややマージナルな「預金する」との意味。この文は「定期預金で預ける」の意で、[定期」は方式を示している。
打手機*  これは会話のテキストに出ていたもの。「打」は本来の「打つ」も含めいろいろ意味があるがここでは電話を掛けること。「打電*話」とよく使われる。「手機*」とは携帯電話で、この「打手機*」は、普通に考えると自分の携帯電話を使うように思うが、相手の携帯電話にかけるとの意味で使われていた。自分の携帯なら自分の手で打つことができようが、相手の携帯を打つことはできない。意味が相当発展している例だ。
 動詞と目的語との関係を見て、想像力を働かせることが必要と、解説書にはある。相原著「謎解き…」には次の例が出ていた(p.161)。「写」は「書く」の意で、いろいろな目的語を取る。
写標*語 (スローガンを書く。「スローガン」は書かれた結果)
写人物 (人物を描写する。「人物」は書かれる対象)
写黒板 (黒板に書く。「黒板」は動作の行われる場所)
写草子 (草書体で書く。「草子(草書)」は方式)
 その他、動詞、目的語に限らず、単語が広い意味で使われていてびっくりする。次は、会話のテキストに出ていた所有格の「の」を示す「的」の用法の例。
ニ*的電*話 「ニ*」はニーハオのニーで2人称。直訳は「貴方の電話」だ。しかし、これは電話を取りいだ時に、「貴方への電話です」という意味で使われている。
 少し話が発展するが、受動態も面白い。普通は介詞「被」の後に動作主が来て受動態を示す(英語のbyに相当)。ところが、「被」など全く使わなくて受け身の意味の場合がある。会話のテキストから例を示す。
我的菜做好了マ*?  「我的菜」は「私の(頼んだ)料理」、「做」は作るの意で、「做好了」は説明は省略するが「作り終った」の意、「マ*」は日本語の漢字には無い簡体字の疑問の助詞と理解してほしい。この文の意味は「(レストランで)私の料理はできましたか?」で、英語だと完全に受動態になる内容だが、受動態を示す語は何も入っていない。その意味では、日本語の表現も受け身かどうか若干曖昧な所もあるので、同じ東洋の言葉との感じがする。
2) 日本語と同じ言い方(「は」と「が」)
 「彼は背が高い」というような、日本語と同じ言い回しができているのが嬉しい。というのは、高校の文法で、「は」は強調の係助詞、「が」は主語を示す格助詞と、英文法から見ると理解できない説明があって、日本語の構造ないし日本語文法への疑念を抱いていたからだ。
 お隣の朝鮮語は、日本語と同じように助詞を使う言語だが、そこで日本語の「は」と「が」に相当する助詞があって日本語とほぼ同じように使い分けられている。このことをかつて知って感激した。英語文法では説明しにくいこの概念を言い分けている言語が他にもあると知って安心したからだ。
 それで中国語文法だが、前述のとおり助詞は無いので、「は」と「が」の概念は別の方法で示される。中国語の文の構成は、主語、述語の順で、更に述語部は普通、動詞、目的語等と、英語と同じ順序で並ぶと初心者向けには説明してある。しかし、この「主語」が曲者で、実は主題とでも言うべきもので必ずしも英語の主語のように動作の主体に限られるものでない。また、述語部はいろいろな形があり、その中に狭義の主語述語が含まれる場合もある。
 例として、日本語で「彼は人がいい」を上げよう。
他人很好  「他」は彼、「很」は本来「非常に」の意だが、ここでは訳さない(説明は省略)。「好」は「いい」で、文は「彼は人がいい」の意味だ。「他」は主題を示し、「人很好」は述部で、その中で「人」が主語という構成。
 日、中、韓と東洋の言語に同じ概念があるのは、欧米コンプレックス気味の身として、本当に嬉しい。
3) 形容詞の英中日の比較
 相原著で余談として、形容詞について英中日を比較していたのが面白かった(p.116)。紹介する。
 英語の「fat/thin」に対応して、中国語では「胖/痩」という形容詞があるが、日本語には単一の形容詞としてはない。「太っている」、「痩せている」という風に動詞を使って言わざるを得ない。「old/young」も中国語は「老/少」が対応する。しかし日本語では「若い」はあるが、その反意語は形容詞としては無い(年取っている、老いている、と動詞を使う)。また、「貧しい」と対になる形容詞も日本語には無い。
 中国語では、「同じ」は「同」だが、「違う」に相当する言葉が無く「不同」と言わざるを得ない。このように各言語は所々抜けている所があると言うのが面白い。
4) 漢文との違い
 現代中国語は、高校時代に習った漢文のイメージと相当違うので、思い出す意味で、本屋に行って漢文の参考書(高校用)を買ってきた。この参考書を見ると、反語表現、対句など懐かしい言葉が並んでいる。しかし、現代中国語では、「いずくんぞ(安)・・・ん」、「あに(豈)・・・ならんや」などは、文法書にも出ていない(念のため図書館でも文法書を見たが、「反語」という見出しは無かった)。
 要するに、漢文と現代中国語とは相当違う所があるということ。学生時代に漢文がよくできた人でも、直ぐに中国語が読み書きできるということではなさそうだ。
 漢文と中国語との比較に触れてあるウェブページについては、例えば次が短くていい。 http://okwave.jp/qa/q2364671.html
 今回調べていて、学生時代に感じていたある疑問が解決できた。「朋(とも)有り、遠方より来る、また楽しからずや」(論語)という漢文を習ったが、原文の冒頭部分は「有朋」として、返り点が付いている。中国語文法は、英語のように主語、動詞、目的語の順に並ぶ筈なのに、これでは動詞→主語と逆ではないかとの疑問だ。
 これについては、現代中国文でも存在文と呼ばれる表現があり、動詞「有」等の場合、後に主語が来るということらしい。漢文の「有朋」は現代でも引き継がれているということだ。
 ところで、前述のわざわざ買った漢文の参考書はひどい本だった。何冊か見比べて、別の本は、練習問題(しかも穴埋めで面倒そう)が多いので敬遠して、こちらを買ったのだが失敗だった。各課目の最初に1-2行程度の問題文が出ている。受験問題をそのまま例題として引いているようで、数語から10語程度に横線が付いていて、その部分の意味とか読下し文を書くのが課題だ。ひどいのは、その横線部の答や解説しか載っていない。問題文全体の解釈が出ていないのだ。
 意味が判らなくても受験問題を解けるというのがこの参考書のセールスポイントのようだ*2。 文章全体の意味を説明しないのでは、引用された孔子が泣くのではないか。
5) 中国語の学びやすさ
 私は、今までいろいろな外国語をかじってきたが、1つとしてものになったものは無いと断言できるし、今回の中国語もものにできるとは思えない。ただし、学んでいて確実に感じることは、日本人にとって学びやすい言語だということだ。漢字は違うし、意味も相当違う。発音も極めて難しい。しかし、発音の難しさはいかんともし難いが、漢字、意味の何れも我々にとって馴染みの無いものではない。文法も漢文の知識と英文法を考えれば初めてではない。近年は、駅でも、デパート等でも中国語の表示に触れることが多い。街の環境も中国語学習に味方してくれている*3
 文の意味も本当は難しいが、推測が必要ということは頭の体操になる。この齢になって始めるのには最適の言語だろうと、改めて感じている次第だ。
 学習用の道具も便利なものが出ている。テキストや学習本にはCDが付いているので、これをICレコーダーに入れておけば、通勤等の途上で手軽に学習できる。電子辞書も便利だ。発音が判ればピンインのアルファベットで引けるが、漢字しか判らない場合は、手書き入力が極めて便利。私の金釘流の手書きでも大体一発で出てくる。発音もしゃべってくれる。
 私の買った中国語学習向けの電子辞書は中国語関係の辞書が13も付いている。中日辞書以外はほとんど使わず、宝の持ち腐れだが、「中国なぞなぞ」という興味深いのもある。将来上達してこのなぞなぞ辞典も楽しめるようになりたいというのが私の夢だ。ちなみに、中国語の「夢*」は、日本語のようなプラスの意味はなく、「絶対実現できない、妄想」というネガティブなニュアンスであるらしい。中国人にこの私の夢を話せば、そうだ、そうだ、無理だよ、と納得してくれるだろう。

以上

*1:「相当する」とは、簡体字の元字と日本語の漢字の元字が同じものの場合であって、必ずしも現在の意味が同じと言うことではない。

*2:例えば、反語の訳は「反語未んや」で覚える。すなわち「動詞の未然形」プラス「んや」で訳せ、など。

*3:NHK教育テレビ中国語講座は、毎週月曜の夜11時から25分間だが、女優の藤原紀香がゲストで毎週出ているのも楽しい。