消えるボールペン

 パソコンの普及により「ペーパーレス」が進展すると言われて久しいが、オフィスでは一向に紙は減らないようだ。プリントやコピーが手軽にできることからだろう。しかし、「ペンシルレス」は確実に進んでいるという人が多い。鉛筆やボールペンを使って紙に書くのは本当に少なくなった。それなのに私は、この1年ほどで2-30本ぐらいのボールペンを買っている。発端は、消えるボールペン「フリクションボール」の登場だ。本稿では、1)私と消えるボールペン、2)消えるボールペンに関する雑誌「プレジデント」の記事(販売総数4億本)、3)最近買ったその他のボールペン等、4)その他雑談を述べる。
1) 私と「消えるボールペン」
 数年前に、パイロットの「消えるボールペン」(FRIXION フリクションボール)を 文房具店で見つけた時には感激し、早速買った。消しゴムではなく、ボールペンのキャップに付いている専用ラバーで擦ると熱で透明になって消えるという原理だ。
(ノック式フリクションボール)
 このフリクションボールは色鉛筆版も出るなど発展を続け、2010年夏にはノック式のボールペンが発売され、これで私はのめり込んでしまった。かねてキャップ式のペン(万年筆も)は、手間がかかるので好きでなかった。キャップの取外し、使用中のペン尻への嵌めこみ、使用後の再度のペン先への嵌めこみに手間と時間が掛かるのは、机の上でも面倒だが、電車の中、タクシーの中等では一層不便だ。従って私は、片手で操作できるノック式やレバースライド式のペンが好きで、次に回転式(やや不便だが、辛うじて片手で操作できる)を使っていた*1フリクションボールの発展と種類については、パイロットの次のページを参照。 http://www.pilot.co.jp/frixion/info/
 ノック式のフリクションボールは本当に便利で、青、黒、赤、緑、薄青、紫など、また軸幅も0.5mmに加え0.7mmものなど、いろいろ買ってしまった。お節介なことに子供たちにも買い与えた。
(フリクション蛍光ペン)
 フリクションボールの蛍光ペンも発売され、何色か買った。ただ蛍光ペンについては問題がある。第1は色が本来の蛍光ペンに比べて鮮やかさに劣ること、第2はキャップ式しか無いことだ。ノック式の蛍光ペンについては、次項で。
(多色フリクション)
 今年の春になって文房具店をのぞいたら、フリクションボールの3色ボールペン(黒、青、赤)が発売されていてまた買ってしまった。
(フリクションボールの使用場面)
 私がフリクションボールを愛用するのは次のような場面だ。

  • 講演会配布資料、パンフ、雑誌、新聞等への書込み(従来は消せることを考えてシャープペンシルで書き込んでいたが、黒鉛粉末は反射の関係で見辛い場合が多い)
  • 区役所、銀行などへ提出する各種書類(私は本当に字が下手で、かつよく書き間違える。消せると思うと精神的に安定する。*2 )
  • 印刷した年賀状への添書き(前項と同じく、私は本当に字が下手で、よく書き間違える)

(冷凍すると復活)
 フリクションの消える原理は、摩擦熱により温度が上ると透明になる特殊なインクを使っているからだ。ところが消えた文字を冷凍庫に入れて暫くするとまた色が出てくる(マイナス20度ぐらいで色が復活するとのこと)。これを孫などに見せると喜ぶ。大人も喜ぶ。
2) 雑誌「プレジデント」(2012/6/18号)の記事
 5月29日発売の同誌の新聞広告で、「販売総数4億本!消せるボ-ルペン、大成功の法則」(野口智雄 記)との記事を見て早速買った。それによれば、フリクションに使われる「メタモインキ」というパイロット社オリジナルのインク技術は1975年に既に開発されていたという。その後の開発の苦労話、製品化の戦略、実際の使用例など色々面白いが省き、ここでは記事の中から2つ紹介する。
 第1は、日本での2007年の発売の前年2006年に、同社の欧州代表の強い要請により、先ずフランスで発売され、大ヒットになった。その理由は、フランスでは小学生から通常の授業で万年筆を使っていて、書き損じが多く修正ペンの使用など面倒だったからだという。
 第2は、日本での発売に際し、「摩擦熱でインキが消え、冷やすと復活する」と訴えると若者向けの面白グッズで終わる恐れがあると考えたことだ。従って、この低温復活現象はウリにせず(注意事項としては書く)、実用的な筆記具として大人向けに真面目なアプローチを試みた。
 記事の最後に書いてあるように、「たゆまぬ技術開発及びこだわりのマーケティングへの専心」が、この大ヒット商品誕生の背景にあった。
 このプレジデント誌の別の記事について、次項の三菱鉛筆の所でまた触れる。
3) 最近買ったその他のボールペン等
(ノック式蛍光ペン)
 フリクション蛍光ペンは前述のようにキャップ式だけだったが、売場で隣を見たら、ノック式の蛍光ペンがあった(もちろん消せない)。ペンテルのHandy-lineSという。http://www.pentel.co.jp/product/handylines/ 蛍光ペンのノック式というのはインクが乾かないかと不思議だが、ノックと連動して開閉する蓋がペン先に付いている。また何色か買ってしまった。
(自由に選んで作るペン「ハイテックCコレト」)
 前述の今年の春に3色ボールペンを買ったとき、同じパイロットの売場に「自由に選んで作るペン」(ハイテックCコレト)という、一見優れものがあった。
http://www.pilot.co.jp/products/pen/ballpen/gel_ink/coleto/index.html

 替え芯を自由に選んで多色ペンを作れるというものだが、その替え芯の種類がボールペンで15色×3軸幅=45種類もある。ボールペン芯の他にも、シャープペンシル芯、消しゴム芯、タッチペン芯があり、これに惹かれた。特にタッチペンは、スマートフォンタブレット、電子辞書などのタッチパネルに有用だろう。それで本体ボディは最多の5色用を買い、替え芯は、タッチペン芯、シャープ芯、消しゴム芯と、特殊な色のボールペン芯2本の計5芯を買った。合せて1000円を越える衝動買いだ。
 この買物はやや失敗だった。このタッチペン芯は、感圧方式パネルに対応しているだけで、スマートフォンのパネルは(指の)感熱方式なので全く反応しない。スマートフォンのパネル面で、指でタッチするには小さい領域をポイントするという、スタイラスペンの替りを期待していた次第だが役に立たなかった。電子辞書のパネルの方は感圧方式なので有用だが、よく見ると電子辞書自体にタッチ用のスタイラス・ペンが装着されている。ということで、これは期待ほど活躍していない。
(アクロボールとジェットストリーム)
 フリクションと「自由に選べる」を出しているパイロットに感心して、パイロットの他の製品を見ていて興味を持ったのは、「滑らかに書ける油性ペン」として出ていた「アクロボール」だ。売場では新製品らしき装いだったが、後で調べたらアクロボール自体は2008年からの発売で、その中でのあまり変り映えのしない新製品だった。
 これはインクの粘度を低くして滑らかな書き味にしたものだ。ユニ(三菱鉛筆)の「ジェットストリーム」に対抗してパイロットが発売したものとのこと。比較の意味で、ジェットストリームも買った。確かに両者とも滑らかな書き心地だが、その違いは私には判らない。
(三菱鉛筆の健闘)
 ジェットストリーム三菱鉛筆に関し、たまたま前述の同じダイヤモンド誌(6/18号)に「ペーパーレス時代になせ三菱鉛筆は最高益か」(三浦愛美 記)との記事があった。2011年12月期の利益が2期連続で最高益を更新、この10年間ジワジワと収益を伸ばし続けている。2001年のITバブル崩壊以降、筆記具メーカーとしての原点回帰と海外調達比率の上昇に努めてきたからだとのことだ。この下地に加え、ヒット商品が相継いだ。前述のジェットストリームの他、芯先が自動回転するシャープペン「クルトガ」他だ。同社は売上高の8%を研究開発費に充てているとのことで素晴らしい。
 面白いと思ったのは、2008年のリーマンショック以降、ユーザー企業は経費節減で備品購入を減らし、各筆記具メーカーは大打撃を蒙った。しかし、仕事に筆記具は必要なので、会社員は自腹で買うことになったが、それならよいものを選ぶということで小売店販売は維持できたとのことだ。「スマートフォンを使うような人ほど、ノートや手帳へのこだわりが強いようで、1000円のジェットストリームを買うのもそういう層だと分析されている」とある。 私は普通せいぜい200円台のものしか買わず、こだわりも少ないが、若干思い当ることもある。自分が勝手に好きで買っていると思っていたが、企業のマーケッティングの掌上にあった訳だ。
(水性インクとゲルインク)
 ボールペンのインクには、油性、水性、ゲル、エマルジョンとある*3。油性インクが多く、水性以下は新しい。ゲルインクは近年、エマルジョン(ゼブラ)は21世紀になって、開発されたとのこと(Wikipedia「ボールペン」の項)。アクロボール等は粘度の低い油性インクで、フリクションはゲルインクだ。あまり知らなかったので、普通のゲルインクと水性インクのボールペンも買ってみた。*4
 確かに何れ劣らぬ滑らかな書き心地だが、私にはその区別がよく判らない。元来あまりペンを使わないし、消えるボールペンの卓抜した機能には替えられないと思う。
4) 雑感
 ボールペンのことを調べていて感心したのは、メーカーと種類が多いことだ。主な国産メーカーとしては、順不同に、ゼブラ、ユニ(三菱鉛筆)、トンボ、プラチナ、パイロット、ペンテルなどがある。この他に高級輸入品メーカーも多い*5
 種類も多い。機能面も前述のとおり多いが、軸の材質等千差万別だ。値段は数万円のものもある。売り場で並んでいる種類も多いが、メーカーのウェブページを見るとその多さに圧倒される。
 私の感想を幾つか述べる。

  • 日本のメーカーがこんなに多くて大丈夫なのか知らん。日本の家電、テレビ、半導体企業が世界市場で相継いで敗退しているのに、という心配だ。
  • しかし、日本の筆記具メーカーは世界市場で頑張っており、開発意欲も旺盛だ。本稿でもパイロット、三菱鉛筆(ユニ)、ゼブラ(エマルジョンインキ)を紹介した。ちなみに、ウェブで、矢野経済研究所の「文具・事務用品市場に関する調査結果 2011」(2011年10月)を見ると、ボールペンの2010年国内市場は増加し、2011年も減少しないと見込んでいる(図3)。http://www.yano.co.jp/press/pdf/846.pdf *6
  • 日本のボールペン企業の健闘が今後も続くかについて私はよく判らないが、心情的にはずっと頑張ってほしいと願っている。
  • 全く別の視点だが、私の机の周りと引出しの中には筆記具が溢れている。上述のボールペン等は一部のものを除いて殆ど使っていないし、その他にノベルティとしてもらった筆記具が倍以上ある。エコロジーの観点から見るともったいないこと甚だしい。これでは地球に優しくないとやや罪の意識を感じつつ、ボールペンを買っていた。

*1:これらの方式の図解は、例えばhttp://www.pilot.co.jp/support/pdf/ballpen.pdf

*2:しかしそのうち、公的書類ではフリクションは駄目との規制が出てくるかも知れない。何を言われるか判らないので今は、区役所等ではこそこそ隠れて消している。

*3:「インク」と「インキ」は同じ意味でどちらを使うか迷う。グーグルで「インク」を検索すると3470万件、「インキ」は350万件なので、本稿では統一的に「インク」を使った。

*4:ボールペンは英語ではballpoint penだがこれは油性インクのペンを指し、水性インクなどを使うのものはrollerballというとあり、英和辞書でもそう書かれている。rollerはコロで、円筒形状のイメージだが、ペン先の球の形はballpoint penとはあまり違わないようだ。ローラースケートが滑走するように滑らかに書けるからの命名だろうか。よく判らない。

*5:銀座の有名な文具店の伊東屋に行って、ボールペン売場の場所を聞いたら、国産品ですか、輸入品ですかと、客の懐具合を確かめるようなことを聞かれた。私は気にしないが、気にする客もいるだろう。店員の答え方としては、客への質問はせずに「国産品は〇階、輸入品は〇階です」と言うのが穏当であろう。

*6:余談だが、この矢野経済研究所の資料の「国内ノート市場規模推移」(図2)によれば、ノート販売は近年拡大傾向にあるとのことだ。その理由の1つとして、「近年ノートの利便性が再認識されてビジネスユーザーを中心にノート需要が顕在化しつつある」とある。本当かと思うが、私も今月になって、ブログ書き資料用に100円ショップでノートを買った。