日本の右傾化

 今週月曜日(12月10日)に、米国のタイム誌(TIME)12月17日号が宅配された(通常の土曜日に比して何故か2日遅い)。表紙が日の丸で、タイトルが「日本の右傾化」、副題が「何故ここ何十年かで最も愛国主義的ムードなのか。何故それが危険なのか」。内容はともかく、日本がカバーストーリーになるのは、昨年の東日本大震災、今年の夏のロンドン五輪直前特集で女子サッカーなでしこの澤穂希選手*1以来だ。
 以下、1)タイムの記事の概要、2)各地域版のカバーストーリー、3)今回総選挙での投票等について述べる。
1) 日本の右傾化
 タイムの記事は、12月16日投票の日本の総選挙の話が主体だ。しかし、国内で話題になっている11政党もの乱立、3大争点(脱原発、TPP、消費税)については全く触れられていない。民主党の凋落と自民党が第1党との見込み、それから「維新の会」がひょっとしたら第2党という予想もあることをベースとして、話題はもっぱら自民党、維新の会の愛国主義的傾向だ。
 維新の会の石原慎太郎代表の右翼的発言の紹介とともに、橋下徹代表代行(大阪市長)の「従軍慰安婦問題は無かった」との発言も愛国主義の表れとしている。「維新の会」は「Japan Restoration Party」で、「維新」の元来の意味へのメンションは無い。自民党の選挙用キャッチフレーズ「日本を、取り戻す。」が「Restoring Japan」と訳され、維新の会の「Restoration」に似ているとからかわれている。
 自民党の方の安倍晋三総裁の右翼振りの紹介もすさまじい。記事中の大きな写真は、10月の秋季例大祭の際に、モーニング姿で靖国神社を参拝する安倍総裁だ。尖閣問題への強硬発言、改憲意欲等も紹介し、2007年の首相退陣以来の再登場だが、よりタカ派になったと評価する。
 中国での右傾化も指摘する。総書記に選出された習近平の最近の発言「中国国家の復活(revival*2 )が近代以来の国民の最大の夢」や尖閣問題への対応がその表れとする。韓国の大統領選の動向も併せて、日、中、韓のナショナリズムへの回帰が、東アジア情勢の緊迫化を招くことを懸念している。
 象徴的な若手として、維新の会から神奈川16区に出馬した富山泰庸(とみやま よしのぶ、41歳)へインタビューしている。同氏は、ボストン大学、オックスフォード大学大学院、ペンシルベニア大学大学院という米英の大学を卒業し、出馬の前までは吉本芸人として漫才をしていたという異色の履歴の持ち主だ。「日本の学校では、日本のしたことは全て悪、戦争は常に悪、としか教えられなかった。しかし、ボストン大学で、日露戦争での日本の勝利がインドの独立を奮起させたと学んだ。日本の祖先への一定の敬意を示すことが重要だ。」 これは「新右翼」の闘争宣言(fighting words)であると、記事はコメントしている。
 愛国主義に関し余談的なコメントを2つ。第1は、この記事のタイトルが「A Wave of Patriotism」となっているのに、本文中では一貫して「nationalism」が使われていることだ。辞書によれば、patriotismは一般に肯定的なニュアンスで使われるのに対し*3、nationalismは、同じ愛国主義であっても自国が他国より勝れているという意識を示すもので、時に否定的なニュアンスだ(オックスフォード現代英英辞典)。記事の中身は一貫して日本に否定的と思われる。
 第2は、ナショナリズムは今でこそ否定的に取られているが、戦後の日本では(1950年代前半ぐらいまでか)、「愛国」、「ナショナリズム」が左派知識人の間で肯定的に使われていたということが、小熊英一の「民主と愛国」(新曜社、2002年)に書かれている。そこでは「単一の民族国家」が礼賛され、「世界市民」とは多国籍企業の資本家、ブルジョアを意味して忌避され、ナショナリズムは例えば反米帝国主義のシンボル的な言葉であったという。
 このように、ナショナリズムという言葉は実は多様な心情(反権力志向や他者との連帯願望もあり得る)を表すもので、それは時代により、人により異なる。「ナショナリズム」と言って単純に批判するのではなく、その内容が例えば外交上どのような効果があるのかを問わなければいけないと思う。その意味で、石原代表や安倍総裁の主張は、単なる復古主義的な様相が強く、外交関係でも有利な成果を上げるものとは思えない。
2) タイム誌の各地域版のカバーストーリー
 タイム誌のウェブ版「time.com」の「magazine」タブをクリックすると4地域版(米国、欧州中東アフリカ、アジア、南太平洋)のタイム誌が比較できる。 http://www.time.com/time/magazine/0,9263,7601121217,00.html
 残念ながら近年、記事全文は購読会員でないと読めなくなっているが、表紙や記事のリード部は読める。今週号の表紙とカバーストーリーは、4地域版でそれぞれ異なる。特にアジア版は、「日本の右傾化」、「韓国のパク大統領候補」、「来年のパキスタン大統領選(イムラン・カーン氏の出馬)」の3つが、順番に表れる。今週のアジア版は地域を細分し、表紙を違えて発行しているようだ。道理で、紙の雑誌を見ても「カバー(ストーリー)」の表示が記事にも目次にも無い。同じ中身のものを表紙だけ差し替えて発送しているのだろう。
 参考までに、米国版のカバーストーリーはフットボールのグーデルNFL会長、欧州中東アフリカ版と南太平洋版のカバーストーリーは上述のパキスタン大統領選だ。ちゃんと目次に「cover」と表示してある。悔しいのは、本稿で紹介している日本を題材とした記事が、米国版では見当らないことだ(欧州中東アフリカ版と南太平洋版にはある)。韓国のパク大統領候補の記事は出ている。
 韓国のパク候補は、パク・チョンヒ(朴正煕)元大統領(1979年暗殺される)の娘で与党セナリ党の党首として12月19日投票の大統領選で有力とされている。もし当選すれば韓国初の女性大統領となる。6ページの詳細な記事(うち1ページが全面写真)で、上述の日本の記事が4ページ(うち2ページが全面写真)なのに比して扱いが大きいのが何となく悔しい。
3) 今回総選挙での投票方針
 10月の衆議院解散の頃の私の思いは、今期の民主党の失政は弁明できないものだから、政権の交代は止むを得ないということだった。しかし他の党を見ると、維新の会は橋下、石原の政策調整もしない野合が許せない、未来の党も、小沢一郎を隠しての嘉田由紀子滋賀県知事の担ぎ出しは許せないと考えた。ということで、民主党に責任を取ってもらって1回休み、経験と安定感のある自民党に投票と思っていた。
 しかし、最近の新聞の調査では、自民党が300議席を超えるかも知れず、民主党は80議席との予想もあるというから、考えが変ってきた。一番の理由は、安倍総裁の危うさだ。タイム誌にも書かれている右翼的な言動(尖閣改憲靖国等)に加え、金融政策における危うさがプラスされている。私の理解は、金融政策において日銀は中立的な役目を担うべきで、政府が強行的な態度で圧力をかけるのは将来に禍根を残すと思う。このような人に率いられる党が300議席も取れば本当に危ない。
 それで、今回は已むなく民主党に投票しようと思う。今朝も出勤途上で最寄駅前に民主党小宮山洋子(前厚生労働大臣)が立ち、握手してくれた。ちなみに3年前の前回総選挙では、党首への直前の献金疑惑をうやむやにした党とマスコミに失望して棄権した。
 最後に余談だが、タイム誌の購読はこの12月が最後になる。私のタイムの購読歴は、途中の何回もの中断を挟んで30年以上に及ぶ(中断期間の方が長い)。2年前に、1冊200円での購読申込み案内が来た。従来の購読単価より画期的に安いので(ちなみに書店では1冊840円)、衝動的に申し込んだ。この12月で購読期間が終了し、継続購読の申込書が来たが、1冊300円と5割アップだ。この2年間も目次しか見ていないという感じなので、眼の健康のためにも止めることとした。

*1:弊ブログ「TIME誌表紙になでしこの澤選手」 id:oginos:20120723 参照

*2:中国のrevivalと自民党のrestoringの類似も指摘されている。

*3:ジーニアス英和辞典では「通例ほめて」との用法が示されている。