ベルヌーイカーブ刃

 数か月ほど前に買ったハサミは、刃の形がベルヌーイカーブ(ベルヌーイ曲線)でできていて切り易いという。切り易いという理論は後述するが、ベルヌーイ曲線というのがよく判らない。ウェブで調べても、このベルヌーイカーブ刃のハサミの紹介ばかりで、曲線の形や方程式を示したものが出てこない。それで自分で算出しようと思ったが、なかなかうまく行かない。どうも落ち着かないので、友人の教えを請おうと思った。今月に入って友人と会う機会があり、問題のハサミを手土産替りに購入しておいた。
 ところが、会う前の日に最後のあがきを試みたら解けてしまった。結果オーライなのだが、本稿では、1)ベルヌーイカーブ刃ハサミの概要、2)ベルヌーイ・カーブの方程式、3)その他のコメントについて述べる。
1) ベルヌーイカ−ブ刃ハサミとは
 商品名は、プラス社の「fitcutCURVE フィットカットカーブ」と言い、昨2012年に発売され、ウェブ上では相当評判になっている。しかし上述のとおり、「ベルヌーイカーブ」の方程式は、「ベルヌーイ曲線」で調べても、私の見る限りウェブ上には見当らない。後述するが、自分で解いた後、別の名前で解説されていることを発見した。
 プラス社のページは、http://bungu.plus.co.jp/sta/product/cut/fcurve/index.html
 通常のハサミは、直線状の2枚の刃が蝶番を中心軸として重なり合っている。そのため、蝶番に近い部分では開きの角度が大きくて切り易いが、先の方では開きの角度が小さくなるので、切り難くなる。この新しいハサミは、刃が特殊な曲線状になっていて、蝶番に近い所でも先の方でも開き角度が同じなので、切り易さも同じ、という判り易い説明だ。ちなみに切り易い最適の開き角度は30度で、これが本でも先でも維持されているとのこと。
2) ベルヌーイカーブの方程式の算出
 右の模式図で示すように(下手な図で申し訳ない)、2枚の刃のなす角度が同じで変らないということは、その角の2等分線と刃の曲線とのなす角度が一定ということと同じだ。2枚の刃の曲線は対称的だから、言い換えると、片方の刃の曲線と蝶番から出る直線との交点における交差角度が一定ということだ。ここで刃の曲線の方程式を求めるには、通常のxy座標よりも蝶番を原点とする極座標を用いる方が判り易い。原点からの距離をr、x軸となす角度をt(単位はラジアン)とし、求める刃の曲線の方程式を r=f(t) とする。
 刃の曲線上の点(r, t)において、刃の曲線r=f(t) と原点からの直線とがなす角度の勾配(タンジェント正接) *1は、dr/rdt = 1/r・dr/dt で、これが一定というのが条件となる。これを解くと、
〇 刃の曲線の方程式 f(t): r=B^t (Bは定数。^tはt乗の意)
 このr=B^t は螺旋の曲線で、「対数螺旋」と言われるものだ。もっとも正確に言うと、螺旋というのはは3次元の図形で(例えば螺旋階段)、2次元の図形は渦巻というらしい。Bが同じ値であれば、相似形に拡がり、相似形に縮むとのことだ。この対数螺旋のグラフは、急速に拡がる。このグラフを示すために、フリーソフトの「GCalc-Plus 2.2」をインストールして作図してみた*2。右の図は、r=1.5^t のものだ。

 次に、プラス社のハサミの刃形を作ってみた。ハサミの最適開き角度が30度ということから、刃の曲線と原点からの直線との角度は半分の15度となる。これを充たすのは、B=exp(cotan15°) で、ほぼ 41.8。これより、
〇 刃形曲線の方程式: r=41.8^t (極座標。tは、x軸からの角度で単位はラジアン、^はべき乗を示す。)
 実際のハサミに使われている部分は、例えば下の図のようなところか。x軸との交点で、交差角15度らしくなっている。

 以下、幾つかのコメント
3) ウェブではどこに出ているか。
 上述のように、「ベルヌーイ曲線」等で検索しても出てこなかったが、「螺旋」でグーグル検索すると、「対数螺旋」の所にベルヌーイの名前が出てくる。「ベルヌーイの螺旋」と呼ばれている。
Wikipediaの「対数螺旋」のページ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%95%B0%E8%9E%BA%E6%97%8B
 これによれば、対数螺旋は自然界のさまざまなところで観察される。例えば、隼が獲物に近付くとき、対数螺旋を描いて飛行する。その理由は、獲物を一定の角度で視認するためと考えられる。同様に、蜂が花に向かって飛ぶ軌跡も対数螺旋に近いとのこと。
4) 流体力学のベルヌーイとは別の人
 ベルヌーイと言えば、流体力学で、流速の速い所は圧力が小さいなどの「ベルヌーイの定理」が有名だ。「ベルヌーイの定理」の方はダニエル・ベルヌーイ(1700-1782)と言うが、「ベルヌーイの螺旋」の方は、ヤコブ・ベルヌーイ(1654-1705)と言って別人だ。もっとも親戚で、ダニエルの父ヨハン・ベルヌーイ(1667-1748)の兄がヤコブだから、ダニエルの伯父にあたる。ベルヌーイ家はスイスのバーゼルの家系で、多くの優れた数学者、科学者を輩出し、ダニエルと並び、ヤコブもヨハンも有名な数学者らしい。
 ヤコブ・ベルヌーイは、この螺旋の研究の他にも、ベルヌーイ数(私には理解不能)など、数学の各分野で、多くの業績を残したらしい。彼は、この螺旋の「拡大しても変わらない」などの性質に魅了され、墓石に対数螺旋を彫ってもらうことを希望していた。しかし、墓石に彫られたのは間違って、アルキメデスの螺旋(普通の等間隔の渦巻)だったという話は面白い(上記wiki対数螺旋のページによる)。
5) 切り心地
ベルヌーイ刃のハサミは画期的で、(ハサミ史の)「3000年目の進化」と絶賛している人もいる。http://ure.pia.co.jp/articles/-/4257 しかし、実は私にはその切り心地の素晴らしさはどうもよく判らない。若干は切り易いかとの気はするが、刃先の方に行けば、テコの原理に従い、やはり力が入りづらい。普通のハサミに比しての微妙な違いの感得は、全身も指先もぶきっちょな私にはやや難しいようだ。

*1:正確に言うと、コタンジェント、余接で、正接の逆数。

*2:ベクター(ウェブ上のソフト・ショップで、極座標可、PNG形式等でのファイル出力可という条件でグラフ作成ソフトを探した。