下北沢駅の地下化

 3月は例年、各鉄道のダイヤ改正が多い。これに併せて新しい線路の供用も行われることがある。東京では、東横線小田急線の新線、新駅が話題だ。特に小田急線については、私が抱いてきた(抱いた)疑問を3点披露する。1) 線路別複々線、2)高架にならなかったか、3)複々線化の遅れだ。
 この3月16日(土)から東急電鉄東横線東京メトロ副都心線の乗り入れ運転が開始される。そのため、東横線渋谷駅が、副都心線と同じ地下駅に移り、今までの地上2階にあった駅が無くなる。 http://www.tokyu.co.jp/railway/railway/souchoku/toyoko_shibuyaeki.html
 2日前の木曜の朝に、何時もの通勤路を迂回し、渋谷駅に寄ってきた。東横線渋谷駅の見納めだが、同じ考えの人はやはりいるもので、駅の改札口の写真を撮っている人が何人かいた。当初私はそんな積りは無かったが、つられて写真を撮った。しかし、ここで紹介する程のものではない。
 ローカルな話が続いて恐縮だが、その1週間後の3月23日(土)から、私が永年通勤に利用してきた小田急線で、下北沢駅が従来の地上駅から地下駅になる。話せば長くなるが大幅に端折ると、永年の小田急線の複々線化計画*1の最後から2番目のステップだ。今回は前後の東北沢駅世田谷代田駅と一緒に計3駅が地下になり、その区間にあった計9か所の踏切が一挙に無くなる。次の最終ステップはその区間にもう1つ地下の複線を引き、複々線化を完成させるのだ。1年後と計画されていた(後の3を参照)。
http://www.odakyu.jp/release/underground-stations/
 この複々線化プロジェクト全体は、混雑の緩和とスピードアップ、安全に目指すもので、異論がある訳ではないが、この区間の計画についてはかねて2点の疑問があった。1)、2)でそれを紹介する。
1) 線路別複々線に対する疑問
(「方向別」と「線路別」の複々線)
 複々線には、「方向別複々線」と「線路別複々線」の2つの方式がある。その方式の説明の前に、複々線の2つの複線は、通常「緩行用(各駅停車)」と「急行用」とに分けて使う。急行が停車する駅のホームについては、普通「島式」(ホームの両側を複線の2つの線路で挟む*2 )を2つ使う*3
 それで、駅のホームの「方向別複々線」とは、1つの島式ホームの両側に同じ方向の電車が走るもので、すなわち、緩行線の上りと急行線の上りが同じホーム(の両側)だ。もう1つの方の島式ホームは、緩行線の下りと急行線の下りが使う。これは緩行と急行との間の乗換えが便利で、これぞ複々線の醍醐味とも言える。
 これに対し、「線路別複々線」の場合、1つの島式ホームは緩行線の上りと下り、もう1つの島式ホームは急行線の上りと下りだ。容易に判るように、緩行と急行の乗換えには階段などを使わなければならず不便だ。
 小田急線で今回地下化する3駅のうち急行が止まるのは下北沢駅だけだが、これが何と「線路別複々線」の方式だ。このことは数年前から小田急は明示していた。私は既存の複線に新たな複線を追加する工事で工事の困難さから止むを得ず線路別にするのなら判るが、本プロジェクトは地下に新しく複線を2つ作るのだから、当然乗客の乗換えの便を考えて「方向別」にすると思っていたので不思議だった。
(広報センター受付嬢の説明)
 2006年から下北沢改札口横に「工事情報ステーション・シモチカナビ」という立派な広報センターが設置され、私は1年に1回ぐらい見に行っていた。そこの受付嬢に数年前、この「線路別」の不思議を質問したことがあるが、その説明がふるっていた。その前に説明しておかなければいけないのは、今回の地下の複々線は平面上に4つの線(レールの数だと8本か)が拡がるのではなく、スペースが限られているため、地下3階に複線が1つ(急行線用)、地下2階に複線が1つ(緩行線用)と縦に重なる(地下1階の用途は不明)。受付嬢の説明は澱みなかった。

方向別にすると地下3階の線路の1つが緩行線となります。急行は10両編成で長いため、強力なモーターを使っています。しかし各駅停車用の6-8両編成は、モーターの力が少し弱くて、地下3階から高架(今回の地下化区間の前後は高架区間だ)に登板する力が足りません。従って、緩行線は地下2階、急行線は地下3階とせざるを得ないのです。

 説明の澱みなさに(当人が信じ込んでいる)それ以上議論できなかったが、各駅停車の車両の力がそれほど弱いとは信じられなかった。この説明がおかしいのは、この3月23日からの運行が地下3階の将来の急行線用の複線だけで、今後複々線化が実現するまでは、各駅停車もこの線路を利用することだ。*4
(私の推定)
 その後私は、次のように推定している。「方向別複々線」になると急行と各駅停車との乗換え客が激増する。そうなるとホームの幅を抜本的に拡げなければならないが、下北沢は名だたる集積市街地で、地下でも十分な広さの確保は資金的にも技術的にも困難だ。乗換え客でホームが溢れると非常に危険だ(事故でダイヤが乱れる時など)ということで、線路別にしたものだろうと推定する。「線路別」だとそもそも乗換え客数が少ないし、階段や通路など乗客を待避させるスペースの余裕があり、乗客の流れを若干コントロールできる。それは理解できるのだが、受付嬢にもっとまともな説明をさせられなかったのだろうか。
2) 高架線にできなかったか
 小田急線の連続立体交差化事業は、基本的に高架で、地下化は今回の区間だけだ。この理由は、下北沢駅は地上2階に京王電鉄井の頭線が走っているので、高架化の場合、地上3階とせざるを得ず、それで複々線というのは技術的に大変だからというものだ。これは前述の各駅停車の馬力不足論よりもっともらしいが、私は省エネルギーの観点から高架化をもう少し検討していてもよかったのではないかと思っている。
 考え方は、駅から電車が出発することを考えると、高架駅だと下り坂を降りる時のように自動的に加速されるので加速に必要なエネルギーはより少ない。地下駅だと上り坂なのでエネルギーはより多くなる。逆に、走っている電車が駅で停車するまでを考えると、高架駅の場合、平地から高所に行くので自動的に遅くなり、必要なブレーキの量は少なくなる。地下駅の場合、低くなるので自動的に加速され、必要なブレーキ量は多くなる。
(エネルギー量の試算)
 この考えはかねてあったが、今回の開通を機会に試算してみた。高校生でも解る物理学だ。運動エネルギーは1/2mvv (mは質量、vは速度、vvはvの2乗)、位置エネルギーはmgh (gは重力加速度、hは高さ)とする。
 高架駅(地表からHメートルの高さ)からの出発の場合、駅に停車している時の運動エネルギーは0で、位置エネルギーはmgHだ。出発した後平地(高さが0)で速度がvになると、位置エネルギーが0で運動エネルギーが1/2mvv。すなわち、電車に与えるべきエネルギー量は、全エネルギーの増分(1/2mvv‐mgH)となる。
 地下駅(地表からLメートルの低さ、すなわち‐Lメートルの高さ)からの出発の場合、駅に停車している時の運動エネルギーは0で、位置エネルギーは‐mgL だ。出発した後高さが0の地点で速度がvになると、位置エネルギーが0で運動エネルギーが1/2mvv。すなわち、電車に与えるべきエネルギー量は、全エネルギーの増分(1/2mvv+mgL)となる。
 高架駅と地下駅との差は、1/2mvvが同じなので消え、差はmgL+mgH = mg(L+H)となる。
 駅からの出発する前に駅への到着がある。平地をvで走っていた電車が高架駅に到着する場合に、減速のためのエネルギーを加える必要があって、これは逆の方向の(1/2mvv‐mgH)だ。平地から地下駅に到着する電車にも(1/2mvv+mgL)の逆方向のエネルギーを加えなければいけない。その差はmg(L+H)だ。
 駅への到着出発のたびに、高架駅より地下駅の方が2mg(L+H)のエネルギーを多く使う。
 Lは「シモチカナビ」のパンフによれば約25メートル、Hは井の頭線の高さだがざっと5メートルと見て、L+Hは30メートル。重力加速度は9.8m/ss。質量mは、4000型電車の自重がざっと30トン×10両編成(300トン)と乗車定員が約1500人×50kg(75トン)で計375トン。*5
 これで、2mg(L+H)は、2×375トン×9.8×30 → 2,2×10^8ジュールとなる(10^8は10の8乗の意味、以下同様)。
 電力の1kW時 = 3.6×10^6ジュールを使って換算すると、2mg(L+H) = 2,2×10^8ジュール = 61kWhだ。1日当り運行本数を上下で600本とすると、1年365日では1300万kWh。1kWhが10円とすると、年当り1.3億円だ。高架駅と地下駅で建設費の差がどの程度になるか判らないが、それを左右するほどのものとは思えない。以上正直言って、計算してみただけということになったのは否めない。
 ただ、地下工事もシールド工法など使って大変だったようだし、後に述べるように工期も延びているし、これなら地上3階の高架の工事とどっちが有利だったか判らない。私としては、高架の方が眺めがよくて好きだ。それに地下は、携帯やワンセグやラジオの電波は大丈夫だろうか。と負惜しみのタネは尽きない。
3) 複々線化の時期が遅れる
 今回の地下化は、その区間の沿線の人にとっては踏切が無くなるという利点がある。しかし、私のように乗客としてだけの利用者にとっては、ダイヤ本数が増えるでもなく、速くなる訳でもなくメリットは無い。むしろ、2階の井の頭線までの乗換えが長くなる、携帯などの電波は大丈夫だろうかの心配があるだけだ。ひたすら待たれるのは最後の段階の複々線化で、それへのステップが進んだという認識しかない。
 かねて複々線化は2013年度末(来年の3月)と言われていた。ところが、昨日、携帯電話に入ってきたウェブニュースによると、小田急電鉄は3月14日、複々線化の完成が2017年度へ延びると発表した。 
http://www.odakyu.jp/program/info/data.info/7934_4502300_.pdf
 全く抜き打ち(私にとっては)の発表でがっくり来た。理由は書いてないが、地下3階の線路を供用できるまでに来たのに、その上の地下2階が予定より4年も遅れるというのは何故だろう。やっぱり高架の方がよかったのではないかと思ってみたりする。あと5年間も生きていられるだろうかと不安になる。

*1:小田急線の連続立体交差・複々線化事業は1986年から開始された。全長10.4km、今回はそのうち残された最後の2.2kmの区間だ。

*2:「島式」ホームに対応する方式は、2つの線路の両側にホームがある「相対式」。

*3:急行が常に停車しない駅は、急行線にホームを作らない。

*4:この受付嬢の説明を聞いた後暫くの間、私は最初の開通は地下2階の緩行線からと思い込んでいた。

*5:小田急線4000型(2代)電車(2007年以降運用)の仕様から推計。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E6%80%A54000%E5%BD%A2%E9%9B%BB%E8%BB%8A_(2%E4%BB%A3)