インド雑記(4) 3時間半の時差

 インドと日本の時差は3時間半ということは、かねて、世界の標準時地図を眺めて知ってはいた。1時間単位の標準時の国が圧倒的に多い中で、変った国があるなとは思っていたが、実際に行ってみると、改めて不便なことを実感する。以下、端数の標準時について雑学を。
 世界の標準時は、1884年の国際子午線会議において、英国のグリニッジ天文台を基点とするグリニッジ子午線が本初子午線に採用されて以来、これとの差で各地の標準時(タイムゾーン)が整備されてきた。通常は、グリニッジ標準時(GMT。最近は、「協定世界時 UTC(Universal Time, Coordinated)」という)との時差が1時間単位、すなわち経度としては15度単位で各地の標準時が設定されてきた。
(インドの標準時)
 インドの経度は東経68度から97度(バングラデシュの東側の「北東インド」地域を含む)*1まで、約30度分ある。北東インドを除く本土だけでも約20度分(コルカタ近傍のバングラデシュとの国境は東経89度)あるから、UTCとの時差が1時間単位となる子午線(東経75度と90度)は2本もある。
 昔はボンベイ(現ムンバイ、東経約73度)標準時とカルカッタ(現コルコタ、東経約88度)標準時とがあったという。この2つの標準時が1つのインド標準時(IST。UTCとの差は5時間30分、UTC+5:30)になったのは、1905年だ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82
 30分の端数の時差の標準時が設定された経緯は、これで推察できる。インド全国を1の標準時としたい場合、カルカッタボンベイかの争いを調停できなかったのであろう。1911年に英国は英領インドの首都をカルカッタからデリー(東経約77度)に移したが、それでもカルカッタ派を説得できなかった。選択肢は、従来通りの2つの標準時か、1つとすれば現行の30分端数の標準時だったろうと推測できる。
 なお、ボンベイでは1955年まで、ISTより39分遅れの独自の地方時を使用していたという(UTC+4:51)。これには、標準時が導入される以前の状況を記した次の記事が参考になる。

Wikipedia「標準時」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82
 標準時が導入される以前は、各々の自治体ごとに(もしその町の時計があれば)その町での太陽の位置に合わせて時計を合わせていた。すなわち都市や観測地点ごとに定めた平均太陽時であった。移動者は移動の度に時計を合わせ直す必要があった。
 鉄道が敷設される以前はこれで十分に間に合っていたが、鉄道によって人々がそれまでよりも格段に速く広範囲を移動できるようになると、頻繁に時計を合わせ直す必要が生じた。この問題を解決するために、ある地域内で鉄道運行に関わる全ての時計に共通の時刻を用いるという「鉄道時間 (railway time)」、後に「標準時」、の仕組みがイギリスで生まれた。

 また、インドではかねて占星術が盛んで、今でもそれが生活で使われているとのことだ*2。私の見る所、暦や占い(詳細は私にはさっぱり判らない)のためには、その地点ごとの太陽時がポイントになろう。ボンベイのかつての地方時(UTC+4:51)はそういう意味だろうと思う。
(珍説)
 世の中にはいろんなことを思いつく人がいて感心する。インドの30分の時差は、かつての宗主国イギリスの考えだという。腕時計でインド時間で表示して、相手が反対方向から見るとそのままイギリス時間(グリニッジ時)になる。30分の時差が見事に活かされている。短針の位置の正確さには問題があり、長針の場所によっては慣れが必要だが、1日内の全ての時刻で適用される(冬時間のみだが)。
http://ma2fune.blog.so-net.ne.jp/2008-05-24
(端数の標準時)
 世界でUTCとの時差が1時間単位でない所は幾つかある。次のウェブページは、時間帯別に整理されているので見やすい。
http://www.time-j.net/uc/
 主な国、地域で、30分の端数があるのは、ベネズエラ(UTC-4:30)、カナダ(ニューファンドランド州、UTC-3:30)、 イラン(UTC+3:30)、アフガニスタン(UTC+4:30)、インド(UTC+5:30)、ミャンマー(UTC+6:30)、オーストラリア(ノーザンテリトリー南オーストラリア州UTC+9:30)、オーストラリア(ロード・ハウ島UTC+10:30)だ。
 15分単位の端数の地域もある。ネパール(UTC+5:45)、オーストラリア(ユークラ、UTC+8:45)、ニュージーランド(チャタム島、UTC+12:45)だ。
 インドの隣国のネパールの領域は東経80度から88度に渡るが、UTC+5:45は東経86.25度に相当する。ミャンマー(東経92度から101度)のUTC+6:30は、東経97.5度に相当する。何れも領土内に標準時の子午線が通っている。
 不思議なのは、オーストラリアのノーザンテリトリー(領域は東経129度から138度)と南オーストラリア州(東経129度から141度)だ。UTC+9:00に相当する東経135度線が領域の真ん中を通っているのにそれを採用せず、採用しているUTC+9:30に相当する東経142.5度線は領域の東側の外にある。多分、シドニーメルボルン(UTC+10:00)との時差をできるだけ小さくしたいとの考えだっただろうが、世界にはいろいろな考え方があると思う。
(韓国の標準時変更論争)
 端数の時差といえば、本年11月に韓国で日本との時差を30分(正確に言えばUTC+8:30)にしようとの法案が議員から国会に提案されて話題になった。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/22/kst_n_4321478.html
 この議員によれば、現在の韓国標準時たるUTC+9:00の子午線(東経135度)は韓国領を通っていない。この標準時は日本と同じで、日本統治時の名残だ、国家のアイデンティティを確立するために変更する必要があるとする。しかし、独立後1957年に一度このような標準時にしたが、1961年に元に戻したという経緯がある。また、日本標準時を避けて1時間の差(UTC+8:00)にすると、中国の標準時と同じになるから*3、それは採れないだろう。
 Wikiの「韓国標準時」の項*4を見ると、多分中立的と思われる内容で詳細に経緯が記されている。これによれば、さる11月の議員提案だけでなく、韓国内では20年程前から何回か議論されているようだ。しかし、30分の端数の標準時はやはり不便だろうと思う。多分採用されないのではないか。
 日本は、東経135度の子午線が国内のほぼ真ん中(明石市)にあるため、韓国やインドのような議論が出てこなかったのは誠に幸いだ。

*1:バングラデシュの東側にも、バングラデシュの北側の細い回廊状の領域を通って、インド本土と繋がっている、「北東インド」と呼ばれるインドの領土がある。アッサム州他6州からなる。

*2:矢野道雄「占星術師たちのインド−暦と占いの文化」 (中公新書、1992年7月発行)

*3:中国はあの広い国土が1つの時間帯だ。

*4:「韓国標準時」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82