インドの数の数え方

 12月に予定しているインド旅行に備え、若干インド漬けの日々だ。あまり面白い話は無いが、その中で、インドの数の数え方の複雑さに驚いたので、それを紹介する。以下、1)インド数学へのかねての印象、2)記数法の複雑さ、3)インドの百進法、4)数え方の複雑さランキング、他について述べる。約5,000字で少々長いがご容赦を。
1) インド数学へのかねての印象
 インドの数学については、中味を知らないながらも、かねて敬意を払っていた。歴史的には、ゼロを発見した民族であること、最近ではインドのITの競争力だ。インドの小学校での算数の教え方もいろいろ紹介されている。
(零の発見)
 次の本は、有名なロングセラーだ。
○ 吉田洋一 「零の発見」 (岩波新書1939年1刷、56年22刷改版、79年52刷改版、1998年90刷)
 数の表記の位取り法としての零の使用(例えば「百八」に対して「108」とする)と、数としての零(加減乗除計算の対象として、他の数と同格に零を扱う)の発見をしたのはインド人だ*1。6世紀までにインドで使われ始め、8世紀にアラビアに伝えられ、その後ヨーロッパに伝えられた。ヨーロッパで本格的に使用されたのは、例えばイタリアでは13世紀頃らしい。このゼロの使用に関しての世界への貢献は計り知れない。
 また、この本とは別に、インドの算数教育について近年評価が高い。2桁の掛け算を暗算でする方法とか、19×19までの九九を小学校で覚えさせるとかが、日本でも紹介されている。
2) インドの記数法の複雑さ
 ヒンディー語の0から99までの数の表を見ていて当惑した。この表は、0の台、10の台、20の台、・・・とあり、左から右、上から下の順で、0から99までが並べられている。( http://www.sf.airnet.ne.jp/ts/language/number/hindij.html の2番目の表に相当。このウェブの表は、末位9の列が左端の「マイナス1」の列に移されているなど、少し変形されている)。表として判りやすいので、何か規則があるのではないかと探してみたが、よく判らない。
 2桁の数、m10+n (10、11、12を除く)を、逆に「n’とm'」と表しているようである(次のa)参照)。ここでn'はnの、m'はmの変形の意。この1の台の数と10の台の数を逆転させる方式はドイツ語でもあるので、それほど驚かない。表をじっくり見ていると次のような不審点がある。
a) 1台(1桁)、10台は別にして、20台以降の1の位(縦の列)は、第1音が全て同じで、大半は1台の数字(第1行の数字)と同じ、ないし関連がありそうな音(2の列は、dとbと違う)だ。しかし、第2音以下の変化の規則が判らない。
 9の列が無く、第1列は「マイナス1」のタイトルだが、これは例えば69の場合、何とかsuth(61から68の例)ではなく、unahuttur (マイナス1と70)と表記していることに因る。引き算を使うのはローマ数字の4(IV) や9(IX)でお馴染みだが、複雑だ。
b) 10の倍数(0の列。20、30、40等、m×10)の表記は、30、40、50については、1の行のmと相応したm'に変形していて、20、70、80、90についても関連しているような感じはする。しかし、60(saath) については、6(chhuh)ではなく7(saat)の音であって、何故こうなるのか理解に苦しむ。その他にも、mからm'への変形については簡単な規則が無さそうで当惑する。
 ある評者が、ヒンディー語の数字は100進法の世界だと言っていて、その意味は2つあるが(もう1つは後述)、このように、99までは簡単な規則が無く、全て覚えなければいけないことに由来する。
3) 大きな数の百進法
 100はソウ、1000はハザールで、99,999までは英語と同じ要領で表記できる。例えば34,567は、「34」ハザール「5」ソウ「67」の類だ(かぎかっこの付いた1桁ないし2桁の数は上記の99までの表に基づいて表記する)。しかし、10万になると、英語のhundred thousandの要領だとソウ・ハザールだが、そうは言わず新しくラークという数詞が登場する。100万の数詞は無く、次は1000万のクローレ、10億のアラブで、100倍ごとに新しい数詞が登場する。*2
 すなわち、1000以降は100進法になる訳だ。例えば、12,345,678,912は、「12」アラブ「34」クローレ「56」ラーク「78」ハザール「9」ソウ「12」だ。「インド英語」でもこれらの単位はよく使われていて、アラビア数字表記でも、例えば123,456,789は、12,34,56,789とコンマで区切られるそうだ(旅行中に確かめたい)。
 欧米語の千進法や日本、中国の万進法に馴染んだ身からすると、この千進法(千台まで)と百進法とが混在した命数法は、非常に奇異な感じがする。
 ただ、最初は戸惑った私も、よく考えると捨てがたい魅力を感じてきた。すなわち、昔英語を習い始めた時もその後も感じていた、英語の命数法への違和感を思い出したからだ。英語の千台、万台、十万台の命数法を考えると、例えば2千台のtwo thousand・・・、2万2千台のtwenty two thousand・・・から、22万2千台になると、two hundred twenty two thousandと、急に2音節(hundredの分)も増える。長くて発音しづらい。hundredが1音節ならばそんなに感じなかったかも知れない。すなわち、3桁の数字が長くて一息に発音しづらいということだ。
 ところが、インド式だと、2桁の数字と百進法の数詞をまとめれば、区切れよく一息で発声できる。聞く方も意味上のまとまりに沿っているので、理解しやすいのではないか。ただ、百進法の場合、千進法に比して多くの数詞を用意しなければいけないという問題はある。
(記数法のshort scaleとlong scale)
 余談だが、欧米語の命数法では、百万進法があり、今でも千進法と併存している。昔、学校時代の英語で、10億は米国でbillion、英国でthousand millionであり、英国でのbillionは1兆を指すと習った。その後英国でも米国式が普通になったと聞いたりして*3、百万進法の方は忘れていた。
 しかし、西欧(世界でも)では、千進法(short scaleと言うらしい)と百万進法(long scale)を採用する国(言語)が、今でも併存しているとのことだ。一部の国では混在しており、誠に紛らわしいと想像する。
(wiki「西洋の命数法」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E3%81%AE%E5%91%BD%E6%95%B0%E6%B3%95#long_scale.E3.81.A8short_scale.E3.81.AE.E6.AF.94.E8.BC.83 )
4) 数え方の複雑さランキング
 前述のヒンディー語の数字表記が出ているウェブページの親ページは、「世界の言語の数体系」(高杉親知氏)で、非常に興味深い。http://www.sf.airnet.ne.jp/ts/language/numberj.html
 著者が集めた世界の言語の数体系が69言語にわたって掲載されている。感心し、注目したのは、著者が判断した複雑度の順位だ。ヒンディー語は、複雑度から見て69言語中4位に位置付けられている。しかし、1-3位の言語は、ニューギニアやアフリカのチャドの国のしかも方言で、話者数もわずかだ。ヒンディー語の話者数は、このページでは1億8200万人とされているが、2-3億人と言われている。実質、ヒンジー語(インドの各言語もそうだと思う)は世界で最も複雑な数体系ということだ。
 上述の、1の位と10の位の数が逆転するドイツ語は28位、20進法の混在等の複雑さで悪名高いフランス語(石原氏の暴言は後述)は19位だ。これらより複雑な言語が世界にあるということで感心する。
(中国語の簡明さ)
 この表の中で、日本語は中国語に次いで、66位と複雑度が圧倒的に低いのは嬉しい。この日中語の順位の根拠は不明だが、私は実は、中国語の方が日本語より複雑度が低く、理論的だと思う。
 理由は2つあって、第1は、100、1000などは、日本語では百、千と1を省略するが、中国語では、必ず1百、1千と1を入れる(日本語でも1万、1億等の1は省略しない)。10についても2桁の10台の数は1を省略するが、3桁以上の数に出てくる10については1を省略しない。この十の僅かな例外を除いて、実に理論的だ。子供からの質問に戸惑うこともなくていい。
 第2は、冒頭に述べた位取りのゼロに関係するが、途中に現れるゼロはリン(零)とちゃんと発音する。こんなことはゼロの発祥地インドでも無い。ただ問題があって、ゼロが1個でも何個続いてもリンは1個だけなことで、ちゃんとした位取りではない。
 中国語の命数法でも問題が無い訳ではない。最後にゼロが続く場合、その1つ前の(ゼロでない)数に付く数詞を省略することができる。従って、10.100も10,010も10,001も、百や十が省略されて、イー(1)・ワン(万)・リン(零)・イーと呼ばれ、区別できないケースがあり得る*4。流石にビジネスの場などでは適宜数詞を入れて区別するなどの工夫がなされていると思う。
5) その他
 インドに何回も行って、そのついでに小学校も訪問し、大学生などにアンケートしている人の本がある。
矢野道雄 「インド数学の発想−IT大国の源流をたどる」 (NHK出版新書、2011年5月1刷)
 冒頭に述べた、19×19の九九については、小学校の算数の教科書を何冊か見たが、フルに表にしているものは無かったとのことだ。20×10までのものが最大だったらしい。それからインド工科大学ボンベイ(ムンバイ)校の学生、院生へのアンケートの中に、九九の習得状況も入れたとのことで、結果が紹介されている。

暗記した九九の段数 回答者数
10×10 15
12×12 4
19×19 5
16×16 1
20×20 2
覚えていない等 11

 著者は、「インド人が19×19まで暗記しているとの話は根拠が無い」とコメントしているが、私は暗記している人も多いのだと感心した。
(感想)
 私は、インドの命数法(ヒンディー語以外もこれに準じているようだ)の複雑さは尋常ではないと思う。昔(2005年)、石原慎太郎都知事(当時)が「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格している」との暴言を吐いていた。http://ja.wikinews.org/wiki/%E3%80%8C%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E8%AA%9E%E3%81%AF%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E8%AA%9E%E5%A4%B1%E6%A0%BC%E3%80%8D%E7%99%BA%E8%A8%80%E3%81%A7%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E9%83%BD%E7%9F%A5%E4%BA%8B%E3%82%92%E6%8F%90%E8%A8%B4
 1国の文化レベルや科学レベルと言語の命数法の簡明さとは関係が無いことは、インドの数学レベルの歴史的な高さからも理解できることだ。石原氏の言葉は傲岸だと思う。
 しかし、上述の「世界の言語の数体系」(高杉親知氏)のウェブページでは、出所は明示されていないが、次のような記述がある。

同じ教育環境では、中国語を話す子供は英語を話す子供より数の能力が高いことが分かっている。両方話せる子供は、中国語で考えるほうが数の能力が高い。不規則な数体系は子供の数の能力に悪影響がある。

 算数教育のためにインドの学校で払われている苦労は、並大抵のものではなかろうと想像する。

*1:ただ、位取り法としてのゼロの使用は、メソポタメア、マヤの方が早いとも言われている。

*2:wiki「インドの命数法」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E5%91%BD%E6%95%B0%E6%B3%95

*3:1974年に英国のウィルソン首相が発表したとのこと。本文中のwiki「西洋の命数法」を参照

*4:11,000の場合は、イー・ワン・イーで、途中のリン(零)が入らないため誤解されない。