天皇の生前退位(その2)

 先週8/8(月)に、天皇陛下生前退位に関するビデオメッセージ(以下「お言葉」)が発表された。7/13に生前退位の意向をお持ちとの報道がされた際に、弊ブログでも不敬ながらコメントを述べた(id:oginos:20160719)。その要旨は、譲位ではなく摂政制で対応することが望ましいということだったが、今回のように、天皇自身がこれほど明確に生前退位の意向を示されたこと、また、人道的観点や世論調査でも圧倒的に支持(概ね70%以上)されていることから、その方向に進むと思う。マスコミの論調も、人道的観点から慎重な議論が必要であるとして、いろいろな問題点を指摘しつつも「お言葉」自体に対する異論は差し控えているようだ。
 私としては、日本の歴史的背景等から見て摂政がいいと思うが、当面は天皇の健康の維持が最重要と思っているので、生前退位自体については実は拘りはない。本記事では、お言葉についての私の若干の違和感3点と、この機会に元号改定についてのかねての私見を紹介する。
1) お言葉への違和感
 8/9付け日経新聞では、お言葉の骨子を次のようにまとめている*1。ぞの後に、不敬ながら私の違和感を述べる。

お言葉の骨子(8/9付け日経新聞) (番号付けは私)

  1. 天皇が高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、個人として、考えてきたことを話したい。
  2. 80を越え、身体の衰えを考慮する時、全身全霊で象徴の務めを果たすのが難しくなると案じている。
  3. 天皇の務めとして、国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきた。
  4. 高齢化に伴う対処として国事行為や象徴としての行為を縮小するのは無理がある。摂政を置いても、天皇が務めを果たせないことに変わりない。
  5. 天皇が深刻な状態になれば社会の停滞と国民の暮らしへの影響が懸念される。
  6. 憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しない。
  7. 象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じる。

a) 家族への気遣い
 私の違和感の第1は、骨子#5の社会の停滞と暮らしへの影響に続いて、お言葉の原文で、皇室の家族への影響への懸念に触れられていることだ。

 これまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2か月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。

 私には、これはどうしても自分の家族への私的な気遣いとしか思えない。天皇の葬儀は国葬として行われ、全て公的なことだから、遺族も従わなければいけないとの考えと、私的な部分も相当あり、その部分については柔軟に考えていいとの考えがあろう。天皇が遺族のことを懸念するなら、私的な部分はもちろん公的な部分についても簡素化が可能なものについては、生前の発言ないしは遺言としてその旨記す方法が考えられる。
 実際3年ほど前に今上天皇は、御陵と葬儀について、極力国民生活への影響の少ないものとするとの観点から、大きさの縮小と火葬が望ましいとの考えを公にされている*2
 家族への気遣いが、生前退位の理由の1つ(流石に主要項目ではないが)に挙げられているのに相当の違和感を覚える。あるメディアのコメントに、これは皇太子妃殿下の状況への気遣いと思われると、やや肯定的に書かれていたが(出所失念)、そのために生前退位をするというのはやや筋違いであろう。
b) 社会の停滞と国民の暮らしへの影響
 同じ#5の社会の停滞と暮らしへの影響は、恐らく昭和天皇崩御の際の騒ぎ(自粛ムード騒ぎ)を念頭に置かれていると思う。私は、不敬ながら、あの騒ぎは過剰だったと思っているし、天皇でなく太政天皇(こう呼ぶかは決定されていないが)の崩御であればそのような騒ぎにならないというのはよく判らない。功績、人柄を偲ぶ国民感情の表れといえる自粛ムードを抑えることは難しいだろう。家族(時の天皇以下)としても、個人的感情からはもちろん、外観上も行動を慎まなければいけないという意識になろう。親の死に目に会えなくても仕事優先の場合があるという一般市民の通念は、基本的に仕事の無い皇室には通用されない。
 自分の体調が重篤になった時の社会への影響を懸念するなら、今から自粛ムードはよくないと、機会を見つけて発言されていればいいと思う。それでも過剰な自粛騒ぎが収まらないとすれば、国民のレベルの低さを表しているので、どうしようもないことと思う。
c) 象徴としての仕事は減らせないし、摂政にも代替できない
 骨子の#3、#4、#7に書かれていることは、象徴としての仕事は、減らすことも摂政に替ってもらうこともできないということだ。お言葉の原文を一部引用する。

 天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。……こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。

 陛下が各地を訪れ、被災地訪問や戦跡慰霊の旅などを行われてきたことには、私も心打たれてきた。しかし、日本国憲法は、このようなことを、摂政でも替りが務まらない象徴の仕事として、天皇アサインしたのかとの疑問を持つ。
 今上天皇は、非常に真面目な方で、真摯に象徴が何をなすべきかを考えられてきたのだろう。しかも完璧主義で*3、その仕事は象徴(天皇)以外の人に代替されることは許されないと考えられたのだろう。しかし、それは国民一般のレベルを遥かに越えているとともに、跡を継ぐ人も大変だと思う。日本国民の象徴は、もっと気楽に務め、国民とともに喜怒哀楽するが、時に手抜きがあってもよかろうと思う。
 これからが、私の最も不敬なコメントだが、今上天皇にとって、天皇の役割とは、「国民の安寧と幸せを祈ること」に加え、第125代天皇として、祖先を祀り、皇系を維持、存続させることが重要だろうと推測する。万世一系の124代の祖先を抱えた歴史は重い。皇系維持のためには、各種の宮中祭祀に加え、国民の中での皇室の役割の確立と維持が重要であり、それを探索された結論が、このような代替の効かない象徴の務めであったのだろうと拝察する。
 話はずれるが、日本の社会の中での天皇制に、私は実は危惧を抱いている。千数百年間、125代、万世一系、男系男子の重い歴史は、諸外国の歴史では例がないと聞く。世界の諸王朝(王制ではない、その他の政治体制も含める)は、競争の中での歴史を持つ。淘汰、選択の可能性という緊張の中で、存続又は交替してきた。これに対し、千数百年間の万世一系という日本の奇跡(私は虚構かも知れないと思っている)は、健全な社会の維持という観点から見てひょっとしたらもろいものかも知れない。ある種の異論を許さない、議論をオープンにせず、タブーに押し込めるという社会は、今後のグローバル世界で生きて行けるのだろうか。
 生前退位ないし譲位の制度化に当っては、単なる復古ではなく、現代の社会の動向と齟齬のない方向での検討が必要と考える。

2) 改元への期待
 天皇の意向にまさか逆らうことはできないから、生前退位は多分具体化するだろう。その際、元号法に基づき、皇位の継承に応じて元号が改訂される。若干余談だが、元号改定が行われるとした場合、期待することがある。
元号改定の透明化
 1つは元号改定の透明化だ*4。平成への改元の際、私ががっかりしたことが3点あった。
a) 十分な議論の無いまま決めた。
 崩御が発表されたのは1989年1月7日の朝。その日の午後には、「元号に関する懇談会」(8人の有識者で構成)と衆参両院正副議長に、「平成」「修文」「正化」3つの候補が示され、翌1月8日から施行された。選定理由とされているのが、後者の2つのイニシャルが昭和と同じ「S」で不都合だということだけだったと伝えられた(Wikipediaにもある)。誠にレベルの低い議論でがっかりした。事前には内々に検討が進められていたかも知れないが、広く国民間はもちろん、懇談会内部でもこの間、実質的な議論があったとは思われない。
 もっと期間をおいて国民的議論でやってほしいと思うし、生前退位となれば、十分な時間的余裕を持てる。1889年の大日本帝国憲法の発布の際、国民は提灯行列などで祝ったそうだが、当時東京大学にお雇い外国人として来日していたドイツ人医師ベルツは、一般民衆の様子を「お祭り騒ぎだが、誰も憲法の内容を知らない」と観察していた*5
 平成の元号改定の騒ぎはそれに似ている。
b) 同じエ列の長音が2つ続くのは平板。
 これは私だけの感覚かも知れないが、この音感は最初から好きでなかった。
c) 出典が中国の文献であるのがよくない。
 「平成」の由来は、「史記」五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、「書経」大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「内外、天地とも平和が達成される」という意味だとある。このようなことを時の小渕官房長官が記者発表の際に述べたらしい。こういうことだから、中国は基本的に日本を馬鹿にしている。
 明治、大正、昭和も、由来は易経書経史記とのことだ*6。漢字は、中国由来だが既に日本語だ。日本の文献にも立派なものが多い。元号の出典は日本の文献に求めるべきだ。今の元号は、紙幣に孔子などの肖像を使っているようなものだ。
改元の時点
 生前退位であれば、その時期も自由に選べる。ある報道で2020年1月1日と区切りのいい時期が候補に上っていると書かれていた(出所は失念)。2020年は、単に西暦での区切りとの趣旨だけではなく、現皇太子殿下の還暦の年だそうだ*7。1月1日改元なら好都合と思うが、実際にどうなるかは判らない。
 私はどうせなら、2021年1月1日改元がいいと思う。新元号の元年が西暦2021年で、その後も両者の差が10年単位となって換算が容易になる。とてもまともな理論ではないから、実現しないと思っているが。

*1:お言葉の全文は宮内庁HP http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12#41

*2:「今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち」2013/11/14宮内庁 http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/goryou/pdf/okimothi.pdf

*3:末森千枝子「完璧主義ゆえのお考え」、文藝春秋2016年9月号

*4:私個人としては、元号がよく替って年数計算が面倒になるのは面倒なので、昭和の末期から西暦に統一している。だから、元号は基本的に関係ないようなものだが、毎日目にするから気に懸る。

*5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%84

*6:http://www.meijijingu.or.jp/qa/gosai/07.html

*7:所功皇室会議で1両年中に結論を」、文藝春秋2016年9月号