高度成長期通産政策史の証言

 通産省の先輩の岡部武尚氏が出版された本を読んだ。
岡部武尚「「ハイテク」維新「日本産業」覇者の道」(2010年7月(株)ベストブック)
 面白かった。著者に感想メールを送った。以下、そのメールの転載(全く個人的な部分は省略。また、若干の注的な修正をしてある)。著者からは早速返信があり(本当に筆の早い人だ)、私のコメントに全面的に同意とのことであった。

 ご著書を早速Amazonで購入し、拝読しました。ぎっしり活字の詰った大作でびっくりしました(1ページ当り44字×17行で311ページ)。例えば、電算機の自由化対策に身をもって闘われていた話は、かねて一般論はよく聞いていましたが、直接の体験談は非常に生々しく、圧倒されました。その他の実話も豊富で、本書は、まさに、「高度成長期通産政策史の証言」と呼ぶべき貴重なものと思います。いろいろ勉強になること、啓発されたことが多くありました。

 以下、ふつつかながら、私の現状に関連のあることを中心に若干コメント申し上げます。

1) 第2部の日本産業の今後の展開の方向について、先輩の憂国の心に深く感銘を受けました。
 1つ懸念するのは、現役の人たちがどう感ずるかです。
 というのは、さる5月に、通産省の某局長とさるパーティでたまたま会って話していた時、局長は、次のように憤慨していました。「私はもうOBの会合に行って講演などしない。何故ならこの前、あるところで政策の現状の話をしたら、自分の時はこうした、それに倣ってこうしたらどうだ、という風なことばかり言われた。時代と環境が昔とは変っていることを、OBの人たちは全く理解していない。」

 確かに、時代環境が変っている面はあります。最近「官僚たちの夏」がテレビドラマ化されて話題を呼び、田舎の兄も見てて面白いと言いましたので、私は、「昭和の時代劇」と言いました。今は時代が違うという意味ですが、しかし、先輩の憂国の情を読みますと、このような考えでは駄目かと反省しました。

2) 超LSIのプロジェクトが集中研究所方式で成果を挙げたのですが、実はその集中研分が25-30%に抑えるように努力され、本当は持ち帰り分が大きかったのが有効だったとの話(99ページ)。
 今、NEDOのプロジェクトはもっぱら集中研方式で、それがますます純化され、企業の持ち帰り分は、少なくとも100%委託の中では認められなくなっています。出口(実用化)を早急に求めるのに、企業内の生産設備、生産技術研究用の各種機械器具、それらのオペレーター等の活用はだめだということです。私のところの企業は、殆ど真面目なやる気を無くしています。持ち帰り研究分が重要との話はもっと強調されるべきです。

3) 化学分野では、国際派による異なった政策が進められていたとの話(23ページ)。こういう見方もあったのかと感心しました。
 
4) 技術振興課での重要技術補助金の事例は数多く、面白かったです。実は、私も技術振興課で補佐をやったことがあります(Uさんのあとで、医療福祉技術の予算が付いて始まった頃です)。
 ご著書で印象が強かったのは、プラズマディスプレーの研究への補助が1968年から始まっていたことです(59ページ)。技術開発の成果が出るのは、何十年もかかるとの証左の1つでしょう。RIMCOFで1981年からやってきている複合材料CFRPも、航空機に本格的に導入されたのは、ここ10年ぐらいのものです。短期的な出口を求める昨今の政策当局には、長期的な研究開発の重要性を是非承知してもらいたいものです。

5) 第5章以下に記載されてある最近のハイテク状況も網羅的で大変勉強になりました。1つだけ、私見を述べますが、204ページにもある、最近のコンテンツ産業を振興しようという政策方向に、私は疑問を持っています。コンテンツが増えても儲けるのは、AmazonGoogleなどの情報配信、検索企業なのではないかと思っています。また、コンテンツ振興に対しては有用な政策手段は無いのではとも考えています。

6) 話は少しご著書から離れますが、1980年代までの通産政策は華々しい成果を上げており、特に情報の分野では、先輩の献身により、誇るものが多いと思います。私が不思議に思っているのは、その後1990年代からのインターネット、それから最近ではWeb2.0クラウドコンピューティングの発展の時代で、通産省はどんな施策を講じてきたのだろうかということです。言い換えると、このインターネット等の発展に、通産省の施策で貢献したものがあるだろうかとの疑問です。何人かの先輩、同僚にこの質問をして、嫌がられています。通産省の政策もさることながら、インターネットとか、Web2.0などは、日本人の発想からは出てこないのではないかとも思っています。先輩はどのようにお考えですか。

7) 148ページにある、日本の半導体メーカーの衰退などを見てきつつ、私が感じていることは、日本の企業の企業戦略は一様だった、それが弱みではなかったかということです。例えば米国の半導体メーカーは、CPUに注力したインテルDRAMに特化したマイクロンなど、企業戦略が多様です。日本のメーカーは、全てワンセットで横並びの戦略ではなかったかと思います。米国では、多様な企業がいるので、どれかが残る、又は新しい企業が起る、これが米国産業の強みではないかと感じてきました。

 以上的外れなこと多かろうと思いますが、僭越なことを申し上げ、失礼しました。ご著書には、料亭の話など、ここまで書かれるかと思うことも多く、非常に楽しませて頂きました。心からお礼申し上げます。
2010/7/9