自販機の電力使用量

 石原都知事が、4月10日の都知事選勝利前後の街頭演説ないし記者会見で、自販機とパチンコをやり玉に上げて、電気の無駄遣いとして規制の必要を主張したと報道されている。本稿では、自販機の電力消費量に関する混乱について述べ、妥当と思われる水準を分析する。
1) 石原都知事の発言の報道ぶり
 自販機とパチンコのそれぞれが450万キロワットで合せて1000万キロワット、これが福島原発の分に相当すると言ったと報道されている。ところが、その450万キロワットとは何かについてはよく判らない。

10日夜の当選後も、各社のインタビューに熱弁を振るった。石原氏は、自販機とパチンコの両業界で年間の電力消費がそれぞれ450万キロワットで、合わせて1000万キロワット近い電力が浪費されていると強調。これは、福島第1原発とほぼ同じ電力消費だとした。(http://www.j-cast.com/2011/04/11092759.html)

(自販機とパチンコについて)東京電力管内の1日の使用電力量はそれぞれ「450万キロワット」とされ、「2つの電力がなけりゃ、福島の原発はいらない」と訴えた。(http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110410-OHT1T00054.htm)

 450万キロワットが、1年間か1日か、全国ベースか東電管内か。この他に1月当りの電力量とする報道もあった筈だ。
 そもそも、私にとって、というか少なからぬ人が同感すると思うが、使用電力量としてキロワットで表示されると違和感がある。キロワットは電力の単位(電圧×電流)で、電力量は、それに時間を乗じた「キロワット時」だと学校で習ったではないか。
 自販機の使用電力(量)が450万「キロワット」という数字をどう解釈するべきか。疑問は3つあって、a)電力(キロワット)ではなくて電力量(キロワット時)ではないのか、b)450万という数字は正しいか、c)450万が正しくないならどうしてそのような数字が出てきたのか、ということだ。順次説明する。
2) 電力会社の統計
 先ず、供給サイドのデータを少し説明する。電気事業連合会のHPを見ると、2009年度の日本全国の年間電力使用量は約9000億「キロワット時」である。発電所の発電能力はキロワットで表されるが、定期点検等のため休止しているものがあるので、供給電力(キロワット)としては、最大電力消費時の電力が相当すると考える。2009年の最大電力発生日は8月7日で、その日の中でも午後3時に約1億6000万キロワットであった。
 この中で、東京電力は、年間電力発電量は2500億キロワット時、最大消費電力は約6000万キロワットだった。福島第一原発の能力は、休止していた炉を含む合計6基で470万キロワット(古い1号炉は46万キロワット)である。福島第二原発の方は、4基計で440万キロワットだ。
3) 自販機の使用電力量
 石原発言の450万キロワットを文字通り電力とすると、全国ベースの最大電力発生時の1億6000万キロワットに対して(年度が違うが)、2.8%である。また、福島第一原発6基の合計発電能力(470万キロワット)に相当する。一方、年間の電力量と報道されているので、年間450万キロワット時ではないかと考えて、全国の9000億キロワット時と比較すると(年度が違うが)、0.0005%に過ぎない。次に述べることから見て、450万キロワット時/年ということはなく、キロワットベースの電力を想定した数字を電力量と誤って表記したものと推測される。疑問a)への回答である。
 次に、自販機の使用電力量(キロワット時)だが、この推計で権威あると思われるものは、2007年に、経済産業省の「総合資源エネルギー調査会省エネルギー基準部会自動販売機判断基準小委員会」が取りまとめた報告書だ。(http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g70621b05j.pdf)
 これによれば、2005年で、年間66億「キロワット時」だ。前提は、自販機の普及台数は430万台、そのうち9割が飲料自販機で、冷却と加熱が必要で電力消費量は大きい。年度は違うが、全国の電力消費量(9000億キロワット時)に対して、約0.7%で、これが自販機の電力(量)消費比率と見られよう。b)の回答として、電力量では数十億キロワット時ということだ。
 次に、疑問のc)についてだが、「450万キロワット」という数字が出てきた理由は、自販機1台当り消費電力を1000ワットと見て、自販機数の4-5百万台を乗じたものであろう。次の「自動販売機の消費電力と電気代」を紹介したウェブページに、自販機1台当りの定格消費電力は500から1000ワットとされている。(http://saijiki.sakura.ne.jp/denki1/jidou.html)
 ところで、450万キロワット(1台当り1000ワットとの仮定なので、実際はもっと少ない)で1日24時間運転とすれば、年間の使用電力量は450万キロワット×24時×365日で、390億キロワット時となり、前述の66億キロワット時とは桁違いに大きい。自販機は、戸外で夜も煌々と電気がついて冷却、加熱も行っているのにこのように桁が違うのはおかしいと思われるかも知れないが、やはり夜間などは節約が行われている。特に、1995年以来、エコ・ベンダーと呼ばれる仕組みが導入されている。すなわち、夏季には、午前中に冷却を行い、電力使用のピークの午後1時から3時までは冷却をしないということで、現在では100%の自販機がこのエコ・ベンダーだということだ。
 自販機の消費電力を評価するには、キロワット・ベースではなく、キロワット時・ベースの消費電力量が適当かと思う。
 なお、日本自動販売機工業会によれば、2005年の消費電力の水準から2012年度までに、36.9%から17.9%(自販機の種類別に異なる)低下させることとされているので(http://www.jvma.or.jp/kankyou/index.html)、現時点では、前述の66億キロワット時から低下していると推測される。
4) 原発規模との比較について
 それで、発電能力でなく、発電量ベースで福島第一原発の規模と比べると、6基全体の発電能力470万キロワットは年間で(×24時×365日)410億キロワット時なので、前述の66億キロワット時より大きい。従って、自販機の消費電力量は、福島第一原発1号炉46万キロワットの年間発電量40億キロワット時に相当するレベルだと見ていい。
 これが大きなレベルかどうか、また、石原都知事の言うように、全廃すべきような無駄遣いかということについてはいろいろな考え方があろう。私は、電力消費量全体の0.7%というレベルについては、1つの産業としてはこんなものかと思う。
 全廃すべきかについては、これだけ利用されているから利用者のニーズに沿っており、全廃は不適と思う。欧州に無いものだから不要ということについては、米国には多いし、日本人の機械好き、新し物好きという文化的習慣の違いで、便利さが普及につながったものであろうと考える。*1
 節電については、改善の努力が引き続き必要であろう。私としては、戸外に屋根無しで自販機が設置されてあるのはかねて好ましくないと考えている。庇があっても、南向きの直射日光にさらされる場所については、規制すべきだし、省エネの観点で可能ではなかろうか。
 石原知事の自販機無駄遣い発言は、ネット上で支持されているようであるが、私は違和感がある。お台場カジノ構想や、東京オリンピック招致運動で150億円使ったとか(例えば、http://2ch.w-joho.net/archives/1505837.html)は、無駄遣いではないのか。破綻したと言ってもいい新銀行東京は、失政ではないのか。石原知事の発言は、内容、態度、表現全てが傲岸、かつダブルスタンダードであり、私はかねて体質的に嫌いである。
以上

*1:
鷲巣力「自動販売機の文化史」(集英社新書、2003年3月)。なお、同書でも、消費電力量をキロワット時ではなく、キロワットと表示している。世の中、このような混同が普通なのだろうか。