楽天Edyへの不安

 今までうかつだったが、4月に入ってから来たEdyのメルマガを見ていたら、来る6月1日から、「Edy」が「楽天Edy」と名前を変えると書いてあって驚愕した。実は私が疎かっただけで、既に2月1日にプレス発表されていた(http://corp.rakuten.co.jp/newsrelease/2012/0201.html)。これによれば、6月1日から、「楽天Edy」に名称、ロゴマークが変るとともに、運営会社の名も従来の「ビットワレット(株)」から「楽天Edy(株)」に変るとのことだ。知らなかったが、ビットワレット社は、2010年1月に既に楽天グループの子会社になっていた。
 秘かにEdyを応援してきた自分としては、誠に残念だ。以下、その理由として、1)電子マネーの概要とEdyの位置付け、2)Edyの従来の奮闘振りを説明し、次いで3)楽天Edyへの不安についてコメントしたい。
1) 電子マネーの概要とEdyの位置付け
 電子マネーの語は、ざっくりいうと概ね2つの使われ方をしている。第1は、ネット上での決済手段だ。これにはネット上でのクレジットカード決済や銀行振込も概念上含まれるが、普通は、これらの汎用的な決済手段ではない、ネット決済専用の「仮想マネー」を指していうことが多い。「ウェブマネー」と「ビットキャッシュ」が日本では主流で、ネットショッピング、オンラインゲーム等のオンライン取引用に特化している。
 第2は、ネット上ではなくリアルな小売の場で用いられるもので、金銭価額情報を磁気カードやICカードに電磁気情報として収納し、小売店の端末(駅の自動改札、自販機等も含む)で決済される。この中でテレフォンカードやイオカード(かつてのJR)などの磁気カードは今では廃れ、現在ではもっぱら、非接触型でチャージ(入金)が可能なICチップを用いたICカード、携帯電話(おサイフケータイ)が使われている。日本では、ソニーが開発したFeliCa方式が主流だが、外国では別の方式らしい*1。最近このICカードの読取装置を装着したパソコンも現われ、第1のネット決済でも使えるようになっているが、まだ一般的ではない。
 Edyは、第2のICチップ方式の電子マネー*2。このICカードには運営主体として3種類ある。第1が交通系(JR東日本Suica、関東地方私鉄のPASMO*3JR西日本Icoca等)、第2が流通系(セブンイレブンnanaco、イオンのWAON等)、第3が独立系だ。Edyは第3の独立系に属する。
2) Edyの奮闘
 Edyは、2001年に、ソニー、ドコモ、トヨタ等11社により設立されたビットワレット(株)が運営するFeliCaICカード(おサイフケータイを含む)である。ビットワレット社は、このICカード運営の専門会社で、広範な分野の利用可能店舗を開拓していて、他の交通系、流通系とは大きく異なっている。
 Edy(ビットワレット社)は、設立後積極的な拡張策を展開し、発行枚数、店舗数では一貫して国内最多を続けてきたようだ。しかし、後述するように、創業以来9年間赤字で、2010年1月には楽天グループの子会社になった。
(主な前払い式電子マネーの利用状況) (Wikipedia 「電子マネー」の項より)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%83%BC

種類 発行枚数 月間利用件数 利用可能店舗数
Edy 6,780万枚 3,200万件 287,000店
Suica等(JR東日本等) 3,534万枚 5,202万件 161,060店
WAON(イオン) 2,280万枚 4,750万件 130,000店
PASMO(関東私鉄) 1,902万枚 1,583万件 117,000店
nanaco(セブンイレブン) 1,572万枚 5,100万件 95,000店
ICOCA(JR西日本) 656万枚 246万件 136,970店

(注)2011年11月末時点。出典:日経MJ 2012年1月6日付
 他のグル―プは、例えば交通系Suicaは、Edyと同じ2001年にJR東日本が導入し、乗車券という固い用途で実用性を実証してから、他の鉄道会社へ普及させるとともに、駅構内のキオスク等の小売部門へ展開していった。この間、駅構内の自販機については、街中では見られた、Suica/Edy対応複合機の設置が無かったのは、JRの不当な取引制限で独禁法違反ではなかったかと私は思っている(弊ブログ「コカコーラ社の自販機」参照 id:oginos:20100325 )。
 もう一方の流通系のnanacoWAON(何れも2007年にサービス開始)は、それぞれセブンイレブンとイオンのチェーン店のポイント制と結びついた販促も目的としている。交通系が鉄道駅周辺の店舗への曲りなりにもオープンな展開を目的にしているのに比して、クローズドなシステムだ。
 これに対し、Edyは、特定なグループに属せず、流通の各段階、店舗における電子マネーの共通な基盤としてのオープンな展開を目指してきた。その目的は、「キャッシュレスの便利さを通じて、・・・・・・電子マネーが人々の日常に深く入り込み、それによって世の中が劇的に変化を遂げること・・・を真のゴール(ビットワレット社HP、トップメッセージから)」とすることである。基本的にオープンで、ポイント制も無い期間が長かった*4
 Edyは、積極的に展開を図り、並々ならぬ努力で上述のとおり、6000万枚を越す国内最大の発行枚数を誇るようになってきたが、ビットワレット社の赤字は創業以来解消しなかった。この原因は、例えば、東洋経済の2009年のウェブページの記事「電子マネーのエディ、9期連続赤字でいよいよ正念場」が要領よく説明している。
http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/3d363f26ca4c22463fb7a7e2d0f7423d/
 これによれば、Edyの端末機器の価格は当初30万円(その後10万円)で、積極展開を図って多数設置したが、結果的にその負担が大きかった。また、Edyはその性格上少額決済が多く売上げが予想を下回ったことと、競争相手が多数現われたことも想定以上だったらしい。
 2010年からは楽天グループの子会社になったためか、財務情報は発表されていない。また、他の電子マネーの財務情報は、鉄道会社や流通グループの中の財務に含まれているせいか公表されていないようだ。
3) 楽天Edyへの不安
 今まで述べてきたように、Edyの発行枚数6700万枚、取扱い店舗数28万店という蓄積された資産は大きい。今までのEdyの努力に敬服するとともに、今後の発展を期待していた。すなわち、現在の利用可能店はコンビニが主体で、それに一部のカフェ、一部のタクシーなどで利用範囲が限られている。利用者の利便のためには、更にスーパー、より多くのカフェ、タクシー、自販機等、数千円以下程度の支払いには殆ど対応できるようになってほしい。小銭の遣取りが不要な電子マネーは、消費者、販売員の双方に大きな福音だ。高齢化社会にも適合している*5
 名称が「楽天Edy」に変ることで、がっかりしたとのコメントがウェブ上では多いし、私も同感だ。私としては更に、電子マネーの普及拡大の観点から、危惧される点を3つ上げる。
a) 「Edy」は、由来がEuro、Dollar、Yenの頭文字ということから発想がグローバル(実際は国内オンリーだが)でいい名前だ。かつ特定グループの名称から独立していることで、広範な電子マネーの共通基盤という目的に相応しかったと思う。それが「楽天Edy」となって楽天グループが前面に出てくるのは、今後のオープンな展開にとってマイナスにならないかと思う。例えば、現在提携関係が深そうに見える全日空やTカード(ツタヤ)などは、「楽天」の冠が付いたEdyとの提携を従来以上に発展させようと考えるだろうか。また新しく提携関係を検討しようとする企業グループも若干シュリンクするのではなかろうか。
b) ポイント制などのEdy利用者に与えられる便益が、楽天市場というネット流通の販促に注力されていくのではなかろうか。Edyのそもそもの目的であるリアルの店舗でのキャッシュレス決済の普及拡大に必要な決済端末の増設、取扱い店舗の拡大という投資努力がおろそかになるのではないかと心配する。
c) 以上により、一般的な小売での電子マネーは、現状から見て、Suica等の交通系が伸張していくと予想される。しかし、Suica等は現在一般小売への浸透を図っているが、駅周辺や自社関係施設の商店にプライオリティが置かれるであろうと予想される。また、基本的に旧国鉄グループの殿様商売的体質*6があると思う。駅構内や自社関係施設のテナントでSuica加盟店が多いのは、多分テナント契約でSuica加盟を条件とする殿様商売の結果だからではないかと私は推測している(更にEdyを排除する条項もあるのではなかろうかと疑っている)。Suicaが利用者へのサービス拡大や積極的な投資拡大を行っていけるかが疑問だ。

*1:欧米では、マスターカードの「PayPass」が主流とのこと。

*2:分類には、プリペイド(前払い)とポストペイド(後払い)があり、Edyプリペイド

*3: (株)パスモは2004年設立。関東地方を中心とした鉄道11事業者、バス19事業者が株主。Suicaとは相互利用可。

*4:2008年にポイント制は始まったがEdy独自発行のポイントではなく、楽天やTポイント等他のポイント制との連携のようだ。ちなみに、交通系Suica等にはポイント制は無いようだ。(後注)私の勘違いで実は登録制のポイントがあり、私もポイント交換の実績がある。

*5:現在私の利用している電子マネーは、EdySuica(何れも携帯電話)、PASMOのカード(個人的事情だが、Suicaと勘定を別にして使用)だ。かつてはnanaco、QuickPay(ポストペイド型)も携帯に搭載していた。なお、楽天にも会員登録していて時々サービスを利用しているが、トラディショナルなクレジットカード払い。

*6:JR系列のレンタカー会社で、JR定年退職者と見られるやる気のない人に応接されて困惑したことがある。