中国語等の受動態

 以前の弊ブログで中国語を勉強していることを述べた(中国語学id:oginos:20111120)。その中で、中国語の受動態が曖昧なことに少し触れた。今日は、更にその事例と、韓国語での受動態にも触れ、話を少しだけグローバル化させたい。
1) 中国語の受動態
 筆者の受講する中国語のレッスンで、「看病、カンピン」という語が出てきた。日本語の看病と違い、「診察」という意味の動詞だ*1。テキストを見ると、「診察する、診察を受ける」と、能動態、受動態双方の意味が出てくる。それで先生(中国人)に、「A看病」というと、Aが診察をするのか受けるのか判らないではないかと聞いた。先生の答は、前後の関係で、誰が医師か判るから問題ないということだ。私は更に食い下がった。医師が別の医師を診察する場合や、子供同士がお医者さんごっこをするときなど、区別が必要なこともあるのではないだろうか。
 余談だが、この先生は、中国人の留学生か研究者のようで、発音は正しいし、日本語も上手にしゃべるが、どうも普通の日本人が中国語に抱く疑問が判っていない場合があって、質疑にもどかしいときがある。例えば、レッスンで説明が一段落すると何時も、「問題はありますか」と生徒に聞く。これは中国語の「問題、ウェンティー」には、日本語の「質問」の意味もあるので、その意味で使っているのだが、最初はびっくりする。また、中国語の「地方、ティーファン」には、日本語の「地方」の意味に加え、もっと狭い「場所」、「箇所」、「点」などの意味もあってよく使われる。「判らない所」など言う時も「地方」と平気で言われるから、日本人の生徒は戸惑う。
 閑話休題。「看病、カンピン」について聞かれた先生は少し考えて、あえて区別したいときは、助詞の「、ケイ」を診察される人の前に付ければいいと教えてくれた。普通はわざわざそういうことは言わないらしい。西欧語とは全く発想が違うということが判る。
 考えてみれば、日本語の受身の助動詞「れる、られる」も受身だけでなくいろいろな意味がある。原則として語源に近いものから語義を列記する広辞苑では、1)自発、2)可能、3)尊敬、4)受身の順に語義が並んでいる。「受身」は、もともと「自発」から派生した意味だということで、昔そういう文法解説を読んだ記憶もある。
2) 韓国語の受動態
 受身の概念がやや乏しい日本語と中国語という風に、アジアの言葉が並ぶと、韓国語も調べたくなる。大昔に買って読んでない韓国語(その時は朝鮮語と言っていたが) *2の入門書や文法書を引っぱり出した。驚くべきことに受動態に関する見出しが無い。そんなことはないだろうと、ウェブで調べると、動詞の語幹に「キ、リ、ヒ、イ」の助詞を付けるなどの方法で受動態になるとある。(http://blt3.1af.net/article/234133729.html )
 それで改めて、「朝鮮語4週間」*3を開いた。これは昔韓国出張の準備のために買って、1週間分も読んでなかったものだ。目次に受動態という項目は無いが、上記の「キ、リ、ヒ、イ」を索引で調べると確かにあり、本文を探すと、第3週第3日目の訳読(実際の文章に即しつつの解説)の中で触れられている。再度驚くべきことに、これらの助詞は、「使役(せる、させる)」動詞を作るためにも用いられるとのことだ(同週第4日目)。
 同書の説明を読んで納得した。

この様に一見混乱している状況は却って朝鮮語の特質を示すものである。印欧語のように絶えず主語との関連において考える言語と違って、動作そのものに注意を集中する語にあっては、例えば「見せる」ことは見せられる側からすれば同時に「見られる」ことであり、使動(使役)と被動(受動)とは相表裏する関係にある。翻訳の場合には文脈特に主語、目的語に注意して判断しなければならない。(同書p.122)

 これは、受動と使役との関係であるが、韓国語では受動態自体をあまり使わないとの説明もウェブにある。

「韓国語では受動態より能動態の方が分かりやすい!韓国語自体が受動態の文が少ない、受動態の文は無いと言った方がいい思います。」(金興重の韓国語ブログ講座 http://ameblo.jp/minsori/entry-10173887160.html

3) 世界の言語での受動態の状況
 Wikipediaの「受動態」を見ると、世界の言語での状況が出ている。

Siewierska (-2011) が世界373の言語について行った調査によれば、典型的な受動態を持つ言語は162あり、これはサンプル全体の44%にあたる。残りの211の言語には見られなかった。地理的に見ると、ユーラシア大陸とアフリカの言語には受動態があることが多く、北アメリカにもよく見られた。一方南アジアや太平洋地域では少ない。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%97%E5%8B%95%E6%85%8B)
(筆者注) 日本語、中国語、韓国語が、この分類で、典型的な受動態を持つとされる言語に入っているかどうかは不明だが、日本語は多分入っているのではないだろうか。

 私は、学校で西欧語を習う過程で、受動態を言語に必須のものと思い込んできたが、どうも違うようだ。 このように見てくると、日、中、韓の東アジアの言語には、能動態、受動態の区別をあまり明確にしていないのではないかという点で、共通性があるように思い、親近感が湧く。

*1:日本語の看病は、中国語では「護*理、フーリー」、「看護*、カンフー」という。なお、日本語の漢字の後に「*」が付いているのは、前の弊ブログでも使ったnotationで、日本語の漢字に相当する中国語の簡体字を示している。

*2:朝鮮語の呼称については、例えば http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E8%AA%9E%E3%81%AE%E5%91%BC%E7%A7%B0%E5%95%8F%E9%A1%8C

*3:河野六郎監修「朝鮮語4週間」(大学書林、1963年第1版、1979年36版)