福島原発民間事故調

 福島原発事故独立検証委員会(いわゆる「民間事故調」)の報告書が2月28日に発表された。約400ページの大作だ。

http://rebuildjpn.org/wp/wp-content/uploads/2012/02/34fc7150633ba79554ff4c9c9d29885a.pdf
 昨年末12月26日には、政府の事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)の中間報告も出されている(http://icanps.go.jp/post-1.html)。政府事故調の中間報告は、500ページ余(更に資料編が200ページ)に渡る大部なものなので、私は当時概要版(本文16ページ)だけを読んだ。更に国会にも事故調査委員会が設置され、6月にも報告書がまとまるという。
 民間事故調の報告書は、ウェブでは読めず、本を購入しなければならない。紙の本だと1,575円、電子書籍だと1,050円。思わぬ出費*1となるが、安い電子書籍を買うこととした。
 電子書籍は安価だったが、読みづらくメモを書き込めないのが不便だ。本稿では、民間事故調の報告書と政府事故調の中間報告を読んでの若干の感想と、電子書籍についても少しコメントを述べる。
1) 超大惨事に至らなかったのは何故か
 何れの報告書も、今回の事故対応には問題が多いと述べ、多くの点で今後の改善が必要としている。最悪と言われるレベル7のメルトダウン原発事故が発生し、現時点でも10万人規模の住民が避難を余儀なくされている状況で、かつその対策の実施に関係機関の不手際が多く見られていては当然である。
 しかし、私から見ればもっと悪い事態に進展することが予想された。直接被曝による死傷者の発生、メルトダウンから再臨界に至っての大爆発等の可能性が危惧された。民間事故調の報告書では、ある官邸の中枢スタッフがインタビューに応え、「この国にはやっぱり神様がついていると心から思った」と言ったとのことだ。
 私も、事故直後は、放射線計測器を個人用に買おうかと思い(政府発表が信用できないからだが、結局は止めた)、取りあえず携帯電話には、福島県浜通りの天気予報がワンタッチで出るようにセットした(原発が爆発した時に東京への影響を判断する際の風向きを知るため)。それからいろいろ知人に聞いたり、本を買ったりして情報収集に努めた。
 事故前は、メルトダウンすれば、再臨界してチャイナシンドロームへは一直線などと理解していたが、事態の経過を見るとそうではない。また、爆発と言えば再臨界による圧力容器の爆発だと思っていたので、原子炉建屋は吹っ飛ぶが圧力容器は大丈夫という水素爆発のことも知らなかった。ちなみに、再臨界については、1999年の東海村JCO臨界事故のことが頭にあるので、容易に起こり得る事象と思っていたので、心配でならなかった。
 菅首相が退任後に言った首都圏3000万人の避難という大惨事の可能性への恐怖は、私にもあった。ところが、1年経過した現時点では、放射能被曝を直接的原因とする死傷者はいない。警戒区域も20㎞圏内から変更は無く、警戒区域隣接地では、町役場が元の場所に復帰したとの動きもある(http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012/03/post_3308.html)。
 被曝の影響のうちで最も顕著とされ、チェルノブイリでも多く見られた子供の甲状腺がんについては、取りあえずは大丈夫なようである。http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-1419.html ただ、4-5年後からの発病も多いとのことなので、未だ安心はできない。また、札幌に移住した一部の児童の甲状腺に異常が見つかったという報道はあるが、未確認の状況だ*2
 現在が大惨事の状態であることは疑いないが、超大惨事にならなかったのは何故だったか、また、どのような対策が超大惨事への進展を食い止めたのか、このようなことも事故調査で明らかにしてほしいというのが私の期待だ。どの対策を実施するのが要かとの経験、認識を共有することが重要ではないだろうか。
2) 効果のあった対策
 民間事故調は、東電にはインタビューを拒否されたが、政治家、役人等を多くインタビューしていてなかなか興味深い記録がある。対策や体制の不備をあげつらう議論が多いが、あえて評価している対策を上げると次のようなものだ。
(放水)
 前置きとして述べるが、3月22日に菅首相から3日以内にと依頼され、同25日に作成された近藤駿介原子力委員長の「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」(いわゆる「最悪シナリオ」)が報告書の最後に資料として添付されている。これは、説明後直ぐ回収されたとされるもので、強制移転を求めるべき地域が170km範囲を越える可能性や、更に250km範囲の可能性まで敷衍している。前述の、退任後の菅首相が首都圏3000万人の避難の可能性も想定されたと言ったことの根拠とされた資料のようだ。ちなみに、この資料は無かったものとして政府内で封印されてきたと、今年1月になって報道された(http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120122/plc12012214470003-n1.htm)。
 私がこの「最悪シナリオ」の中で関心を持ったのは、「事象連鎖の防止策と効果」とのタイトルの所でどんな対策が掲げられ、その後実際にどう実施されていたかであった。掲げられていた対策は、もっぱら原子炉と使用済核燃料プールへの注水策だ。
 恥かしながら私は事故前は知らなかったが、原子炉の核反応により核燃料から生ずる生成物(放射性同位元素)は、核反応が停止しても、また使用済みとなって原子炉から取り出されても、それぞれの核種の半減期に従った核崩壊は続き、放射線とともに膨大な熱を発するものなのだそうだ。放置すると高温になって爆発につながり、膨大な放射性同位元素を環境に拡散する(こうなると放射性廃棄物)。従って、とにかく冷やさなければならないものなので、使用済核燃料も水プールの中に保管されていることがポイントだ。ベント、水素爆発などで既に京べクテル規模の放射性廃棄物は環境に放出されていたが、原子炉内、使用済核燃料プール内にはまだ膨大な放射能が残っているので、この冷却のための注水が鍵であった。
 それで注水作業が最重点となり、自衛隊、警察、消防の協力の下に進められたが、当初のヘリコプター注水がうまく行かないなど非常に難航した。しかし、とにもかくにも注水の継続に成功したことが、超大惨事に至らなかった主因だと、私は納得した。
 なお、注水、冷却はその後も長時間の継続が必要な大変な作業だが、当初(3月12日)のベントが実施できたのも、極めて困難な作業だったゆえに、重要だった。
(東電からの撤退要請の拒否と対策統合本部の設置)
 もう1つ評価されていることを上げる。3月15日未明の東電清水社長からの撤退要請に対しての首相以下の拒否、それから朝に東電に乗り込んでの首相の、撤退すれば東電は無いとの叱責は、全く異例なことながらその後の経過を見ると評価されると思う。なお、清水社長が本当に全面撤退を申し出たかについて、その後東電は否定している。しかし報告書では、官邸関係者等へのインタビューにより、少なくとも全面撤退と理解させるものだったとほぼ断定している。仮に東電社員が現場から撤退していれば、作業の遂行は困難になり事態は確実に悪化していたと思われる。
 またその後に決まったが、対策統合本部を東電本社内に設置したことは評価されている。これにより、従来ばらばらだった東電、官邸、原子力保安院の情報の共有化が図られた。
3) 指示系統の乱れ
 効果のあった対策の話ではないが、読んでいてどうしても同意できなかったことについて触れたい。
 3月12日の夕方に、海水の注入について官邸で問題になり、詳細は省略するが、斑目原子力安全委員長が菅首相の質問に対し再臨界の可能性はゼロではないと答えた。これらの遣り取りを聞いた東電本社が、首相の意向をおもんばかって、海水注入を進めていた現地にストップを指示した。しかし、現地の吉田所長はそれを無視して海水注入を続行したとの話だ。この他の事例も2つ上げ、報告書では、「こうした指揮系統の乱れは、一歩間違えれば災害がさらに拡大するかもしれないという危険な問題を孕んでいることも指摘されるべきである。・・・こうした重大事態において最終責任を負うのはあくまで上位機関であり、・・・現場の責任者の「自己の責任」で責任を取れる問題ではない。」(第2部第3章第3節7「官邸・東京電力・現場を巡る指示系統の乱れ」)
 私は、非常時における体制、指示系統は基本としては確固としたものでなければならないが、その乱れはミスコミュニケーション等により常にあり得るものだと思う。そのような擾乱に対し、柔構造な体制(状況に応じての体制の変更、若干のバイパスも例外的に認める等)を構築しておくことが重要だと思う。その場合に必須なことは、その体制のゴールとするところが構成メンバー間で一致し、共有されていることである*3。上位機関が誤解に基づく指示をしてきたとしたら、私は上位機関を説得する努力とともに場合によっては、共有されているゴールの達成のため現場の判断を実施してもいいと考える。
4) 政府事故調中間報告
 政府事故調の中間報告は、本文も目を通したが、膨大で、事実の記録面が多いような印象である。冒頭に述べたように概要版しか読んでいない。
 この中間報告には、2)項で述べたような効果のあった対策を評価するということはなく、問題点の羅列という感じだ。また中間報告なので、この問題点については、今後検討し最終報告で明らかにするというものが多い。
 例えば、現地対策本部への権限の委任に関する告示等が行われないまま、現地対策本部が種々の決定をした等の事態について、何故そのような事態となったかについて今後解明すると書かれている。私は、この解明の方向が、現地対策本部の権限の根拠をあらかじめマニュアル化しておくということであるならば、3)項で述べた柔構造な体制ではなく、剛構造な体制を目指すことになり、融通の無い体制になるのではないかと危惧する。
5) 電子書籍
 冒頭に述べたように電子書籍を購入した。たまたま新たに買った7インチのタブレット(東芝製)*4にダウンロードした。BookLive!Readerというソフトだ。いいところは、同じアカウントで3台まで書籍をダウンロードできること。
 しかし、下線を引けず、メモも書き込めない。考えてみると、私は小説などはかねて電子書籍として幾つか読んでいたが(例えば、id:oginos:20101024 でも紹介)、今回のように原稿を書くための資料として読んだのは初めてだと思う。以下、幾つか不満を述べる。ひょっとしてこれらを解決してくれるソフトがあるかも知れない。
 ソフトではなく、この報告書のコンテンツの問題だが、本文中にある写真や図表がカラーでないのが不満だ。口絵としてある20枚以上の写真、図表はカラーなのに本文中のものは全てモノクロだ。紙の本の場合はコストが大きく違うからということで理解できるが、電子版はコストは殆ど変らないはずだ。オリジナルがカラーと容易に想定できるものが電子版でモノクロになっていると、作成者のセンスを疑う。
 ページ番号が表示されないのも不便だ。ページ番号が無い理由は、字の大きさを何段階にも変えられるので1ページのサイズが異なってくるためと推定できる。しかし、ページ番号が無いと、メモを取る際や引用の時に場所を明示できず、また全体の中でどの場所にいるかはバーチャートとパーセント表示である程度推測できるが(不便だが)、章や節の長さがどの程度で、その中でどこを読んでいるのか判らないのは不便だ。pdfのファイルならページが振ってあるが、ページ幅を変えずに文字を拡大縮小することはできず、それぞれメリットデメリットはある。それでもページについては何とか工夫して貰えないか。
 コピーや印刷ができないのは、著作権のことを考えてのことだろうが、著作物の活用を図る観点(省略するがかねての持論)からは大いに不満だ。一部のコピーもできないから、引用の際にはわざわざ書き写さなければいけない。電子化されているのに何だという気持だ。それから、脚注へのリンクがあるのは有難いが、脚注から本文に戻ることができず、共通の「戻る」ボタンを押すと、書籍が終了するのはがっかりする。しおり機能はまずまず。
 ということで、適当な付加ソフトを探せば解決できるのもあるかも判らないが、取りあえず、リポートや評論の資料として電子書籍を選ぶのは余りお奨めできない。

*1:何故「思わぬ」かというと、政府の事故調中間報告はウェブで読めるからだ。民間事故調の方も何故ウェブで読めるようにしないかということでいろいろ議論があるが、私は有料もあり得る選択だと思う。

*2:http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/55e8e7a04f136627cd55e09095cdd12a

*3:話はずれるが、国家機密防止対策についても、そのことが守られるべき機密であることが関係者に理解し、共有されていなければその遵守は期待できない。例えば2010年の尖閣列島中国漁船衝突事件のビデオが海上保安官によりネットに流出した事件は、そのビデオが守られるべき機密であるとのコンセンサスが海上保安官にも国民にも無かったからであると思う。その後規制を強化しても国の進むべき方向に国民のコンセンサスが無ければ機密漏洩事件が再発する可能性があると危惧する。

*4:7インチタブレットは、iPadのような10インチタブレットに比して一回り小さい。コートやジャケットのポケットに入れられる(ただ生地が傷む)。携帯とノートパソコンの中間のものとしてかねて検討していたが、3月に入って買い、現時点では一応満足している。上着のポケットに入れて外出し、息子や甥に会ったら、目ざとく見つけてくれ、正しくその価値を評価してくれた。