小沢一郎判決文

 4月26日に、検察審査会により強制起訴された小沢一郎政治資金規正法違反事件に対して、東京地裁の無罪判決が出された。検察役の指定弁護士が控訴するかどうか注目されていたが、控訴期限前日の5月9日に、大方の予想に反し控訴することが発表された。地裁の無罪判決についてはいろいろ報道されているが、この控訴決定を受けて、改めて判決文を探して読んで見た。読んだのは「判決要旨」だが、目次も含めてちょうど100ページある。
http://shina.jp/a/wp-content/uploads/2012/04/ozawa.pdf
 事件全体及び判決全体に関しての論評は私の及ぶところではないが、かねて気に懸っていたのは、被告人(小沢一郎)の法廷での発言を裁判官がどう評価しているかであった。法廷だけでなく、小沢一郎の本裁判に関する発言は、秘書のやったこと、自分は知らない、4億円の金は自分のものでやましいことはないなど、何も説明せず、かつでたらめと思っていたからだ。
 結論は、判事も被告人の法廷での発言は信頼できないとしているので安心した。以下、このような視点に関係する範囲内で、1) 事件の事実関係のポイント、2) 裁判の論点と判決での認定を、短く説明し、次いで3) 小沢の法廷での発言ぶり等を紹介する。
1) 事実関係のポイント
 事実関係を私なりに整理すると次のようだ。以下は、判決文を見る限り、弁護側、指定弁護士側(検察役)何れも同意していることだ。
(概要) 事件は、2004年10月に世田谷区深沢の土地計476平米を小沢一郎資金管理団体陸山会」が取得するに当っての、所要資金の収入、経費の支出、土地の取得についての政治資金収支報告書への記載の適否に関するものだ。
(2つの4億円借入) 世田谷区の土地の取得とその資金について石川秘書(当時)らから相談を受けた小沢は、2004年10月12日に、自分の個人資金から石川秘書に4億円を現金*1で手交した(判決文では「本件4億円」)。石川は、更に同年10月29日に、りそな銀行から、陸山会名義の定期預金4億円を担保とし、小沢一郎(個人)名義の4億円借入を行い、同額を小沢(個人)から陸山会に転貸した(判決文では「りそな4億円」)。この「りそな4億円」のりそな銀行からの借入に際し、石川秘書は、小沢本人から署名を貰っている。この複雑怪奇な取引と趣旨については後述。
(代金支払いと所有権移転時期) 土地代金の支払いと所有権移転については、当初の売買契約書では、10月29日に代金(約3.5億円)の支払いと所有権移転登記を行うこととされていた。直前に交わされた合意書では、支払いはそのままだが、移転の本登記は翌2005年1月7日に「先送り」し、10月29日は仮登記に留めることされた。
(収支報告書への記載) それで、陸山会の資金収支報告書では、2004年分には小沢(個人)からの借入金4億円(りそな4億円)、2005年分には土地代金(約3.5億円)の支払いと土地資産の取得が記載された*2。少し論点に入ると、政治資金収支報告書上の虚偽記載と検察側が指摘したのは、代金の支払いと資産の取得は2004年分報告書に記載すべきということと、2004年分の小沢からの借入は「りそな4億円」だけでなく、「本件4億円」も追加すべきということであった。
2) 裁判の論点と判決での認定振り 
 論点は多く複雑だが、私なりに次の3つに整理する。
i) 「本件4億円」が、被告人(小沢)からの陸山会の借入金か(検察役側主張)、それとも預り金か(弁護側主張)。元来は土地購入用資金の趣旨であったようだが、りそな4億円の借入により収支報告書に記載されなかったため、その性格が議論を呼んだ。
→ 判決では、借入金と認定。従って、収支報告書への記載が必要。
ii) 陸山会の土地取得時期が代金の支払いと仮登記の行われた2004年10月29日か(検察役側主張、2004年の政治資金収支報告書に記載が必要)、それとも本登記のされた翌2005年1月7日か(弁護側主張、実際に2005年分収支報告書に記載)。
→ 判決では、契約書等に基づき、2004年10月に所有権の移転があったと認定。
iii) 被告人が、秘書らの違反の状況について承知していて、共同謀議であったか、それとも実務を任されていた秘書らの行動であったか。
→ 判決は、被告人は秘書らから報告を受け、認識、了承していた。被告人の共謀共同正犯の成立を疑うことには相応の根拠があるといえる。しかしながら、被告人の故意、実行犯(秘書ら)との共謀については(検察側で)証明が十分でない。従って無罪。
 よく報道されているように、検察側指定弁護人の主張を相当認めていて、判決文を途中まで読んだだけでは有罪かと思える。ちなみに、石川秘書らは既に、2011年9月の政治資金規正法違反事件で一審有罪判決を受けている(控訴中)。
 上述の「本件4億円」と「りそな4億円」の関係については、実に複雑な仕組で、かつ趣旨が不明だ。判決文では、「本件4億円」が政治資金収支報告書で公表され、小沢の個人資産が多いのが明らかになるのを防ぐ趣旨であり、途中で処理方針の変更があったためだろうと推測している。また、支払いと所有権移転の1年「先送り」も基本的にはその趣旨だろうとしている(実は、何れの説明も直接証拠がないので、明解ではない)。
3) 小沢の法廷発言についての評価
 判決文では、小沢の法廷発言について例えば次のように評価するなど、一般に手厳しい。

 被告人(小沢)の供述には、変遷や不自然な点が認められ、特に、本件が問題になった後も「収支報告書は一度も見ていない」とする点などは、およそ措信できるものではない。
 被告人が・・・報告を受けたことは一切無い旨の供述については、一般的に信用性が乏しいといわなければならない。

 表現は婉曲だが、要するに被告人はうそつきだということだ。私は、どうして新聞や野党の政治家が、小沢を「うそつき」と非難しないのか不思議でならない。また、小沢やその支援者がこの無罪判決を涙を流してまで(そのような小沢派の議員がいた)喜び、支持しているのか理解できない。このような人間が絶大な影響力を持てるという日本の政治というのが信じられない。
 文藝春秋6月号(5月10日発売)の森功小沢一郎 もういい加減にせんかい」の記事(指定弁護人の控訴決定前に書かれたもの)は、次のように結んでいる。*3

 「私の関心事は天下国家の話でして、それに邁進する日常を送っている」 そう言ってのけた茶番劇の大根役者。・・・すべてを秘書のせいにして恬として恥じない。面の皮の厚さは人後に落ちない。そんな政治家に天下国家を語る資格はない。

 全く同感だ。今後の控訴審の行方がどうなるか、私としては判らないし、楽観している訳でもない。しかし、少なくとも控訴審の判決が出るまでの1-2年間は、小沢の政治的影響力は制約されると考えられる。指定弁護人の控訴への決断に敬意を表したい。

*1:1億円の現金は10㎏あるそうだ。森功小沢一郎 もういい加減にせんかい」、文藝春秋2012年6月号

*2:ちなみに政治資金管理団体の土地取得は異例なことのようだ。2007年1月時点で現職国会議員の資金管理団体が不動産を取得しているケースは小沢一郎以外に4人存在したが、土地を取得しているのは小沢だけだ。http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/108379/

*3:他の部分でもう1つ引用。「政治家や秘書たちはここまで厚顔になれるのか、と常人には計り知れない証言も数多く飛び出した。」