放射線量計測

 さる4月の弊ブログ(原発放射能とSI(国際単位系)、id:oginos:20110425)で、ベクレルとシーベルトの計測について疑問があるので、将来調べると書いた。しかし、疑問点を個人的な感想として列挙して判らないままにしておくのでは読者に失礼だと思い、専門家にも聞いて見ようと考えた。それには私も勉強しなければならず、その他自分の本来の仕事もあり時間が掛かった。
 以下、世の中に発表されているベクレルとシーベルトについての疑問を述べる。やや技術的な内容で一般向きでないし、面白くもない。知人に紹介してもらった専門家は、産業技術総合研究所放射線標準の研究者だ。多忙な中、素人の私の初歩的な質問に答えて頂いた。厚くお礼を申し上げたい。しかし、以下は私の個人的な見解であることをお断りしておく。また、ブログとしては長文の約9,000字になったので、見易さのため目次を付した。

 (目次)
1) 疑問点の概要
2) 空間線量 (計測器と単位、シーベルトでいいのか、シーベルト表示の代替案、空間線量で知りたいこと)
3) ベクレル 
4) 計測法、計測誤差の問題 (計測器について、計測器のばらつき、友人の買った放射線測定器)
5) 人体への影響について

1) 疑問点の概要
 疑問点の第1は、空間線量として計測し発表されている各地のデータの単位がシーベルト(線量当量)であることだ。シーベルトとは後で詳述するが、人体へ吸収される放射線のエネルギーを基本にした量なのに、計測されているのは、空気中を飛び交っている放射線の量だ。線量の英語のdoseは、元来、人体に投与された(する)薬の服用量のこと。まだ人体に吸収されていず、また実際にどの程度吸収されるか判らない放射線の量が、(吸収)線量当量の単位で表示されていることが不思議でならない。
 第2の疑問点は、放射能(放射線を放射する性質)の量として計測、発表されているベクレルだ。ベクレルは1秒当りに壊変する原子核の個数だ。放射線の環境、人体に与える影響は、放射線の種類、エネルギー等により異なるが、1壊変当りの放射線の種類、本数、エネルギーは、壊変する原子核の種類(核種)により全く異なる。従って、ベクレルを示す時は、核種を併記することとされている。しかし、必ずしもそれが徹底されていない。また、人体への影響度を考える場合、放射能を示す指標として壊変数は核種間でエネルギー量等が異なり過ぎて相応しくないのではないかとの疑問もある。
 第3の疑問点は、計測法と計測器の信頼性だ。
 第4の疑問点は、若干別の視点だが、放射線の人体への影響度の評価だ。以下、順次説明する。
 放射線の計測データは、文部科学省のホームページに、「放射線モニタリングのポータルサイト*1があり、各機関の放射線モニタリングデータが掲載されている。データ量が膨大すぎて当惑する。全部チェックしたわけではないが、大体、空間線量については、単位時間当たりシーベルトで表示され、土壌、水、廃棄物、食品中の放射能の含有量、濃度については、ベクレルで表示されている。以下の記述はこれらを踏まえたものである。
2) 空間線量
(計測器と単位)
 空間線量の正式な定義は教科書*2には出ていないが、その内容は、特定の空間(例えば、大気中で地上1mなど)に飛び交っている放射線の量を示すものとして使われている。上記の放射線モニタリングのポータルサイトのデータを見てみると、NaIシンチレーション式サーベイメーターで測定されているものが多いようだ。簡易なものとしてGM計数管(正確にはガイガーミュラー計数管。ガイガー管とも)によるものもある。これらの計測器については、4)で説明する。
 この空間の放射線の量を計測する単位は、何故か飛び交っている放射線のエネルギーの量ではなく、物質に吸収されるエネルギーの量で示される。物質に吸収される放射線のエネルギー量については、SI(国際単位系)で「吸収線量」と「線量当量」が定められている。「吸収線量」は、物質1kg当りの吸収エネルギー量(ジュール、J)で、SI単位はグレイ(J/kg、Gyと表記)だ。同じ放射線であっても吸収される物質により吸収線量は異なるので、グレイには物質名を併記することが必要とある。
 「線量当量」は、吸収物質を人体とし、かつ放射線の種類を考慮して人体への影響の程度を示すものである。人体への吸収線量グレイに放射線の種類(アルファ線ベータ線ガンマ線等)ごとに定まっている線質係数(1から20)を乗じて求められる。SI単位はシーベルト(J/kg、Svと表記)。この線量当量をベースとして、人体の各組織への影響度を示す量として他に「等価線量」、「実効線量」があるが(単位は何れもシーベルト)、説明は省略する。
(シーベルトでいいのか)
 前置きが長くなったが、私の冒頭の疑問は、空間線量がSv/h (1時間当り)、Sv/d(1日当り)などシーベルトで表示されていることである。シーベルトというからには、定義上先ず放射線の種類別に人体へ吸収されたエネルギー量をグレイで計測し、次に放射線の種類ごとの線質係数を乗じなければいけない。しかし、通常使われるNaIシンチレーション検出器で計測できるのは、NaIという蛍光物質に吸収されたガンマ線のエネルギーだ(正確に言えば、蛍光の光量に変換されたもの)。このNaIへの吸収エネルギー量から空間に飛び交っている放射線の量に換算している。これが人体への吸収量を示す筈のシーベルトで表現されることに、私は強い違和感を感ずる。
 吸収線量は英語ではabosobed doseという。absorbは吸収で、doseは薬の服用量。線量当量はdose equivalentで、あくまで服用量だ。シーベルトで表示すべきは、人体に吸収された(される)放射線のエネルギー量であるべきだと思う(もちろん、直接測定でなく、推計でもいいが)。
 これに対して、計測サイドからの弁明が考えられる。空間を飛び交っている放射線で実質的に問題になるのは大体ガンマ線だから、NaIシンチレーションで測れば十分。また、NaIへの吸収エネルギー量の形で示すより、NaIと人体との吸収エネルギー係数等の比率で人体向けに換算した数値(シーベルト)で示した方が、人体への影響の面で判りやすいであろう。
 これに対する私の再疑問は、第1は、NaIと人体組織との質量エネルギー吸収係数は、エネルギー水準によって異なり単純な比例関係にはないから、その換算が通常の簡便検出器ではできない筈、従って正確な測定ではないだろうということだ。第2は、空間に同じ量のガンマ線が飛び交っていても、実際に人体に吸収される時には、途中に遮蔽物があったり、体の向きにも依存したり(体を通過するガンマ線の割合が違うであろう)するので、同じではないことが予想されることだ。シーベルトで示すことで誤解が生じないだろうか。
 また、GM計数管については、シーベルト/時の目盛表示があることが一層理解できない。GM計数管は、放射線のパルス数をカウントするものであって(cpm、counts per minute、1分当りパルス数)、それが吸収エネルギーを示すシーベルトにどう換算されているか不思議だ。実際に人体に吸収されるエネルギー量は違うのではないかと疑っている。これに対しての計測サイドからの説明は、放射線セシウム(Cs)137からのガンマ線であると仮定しての換算であり、何割か誤差があるのは仕方が無いと割り切っているとのことだ。一般市民はそんなことは知らない。
(シーベルト表示の代替案)
 私が考える空間線量の表示方法の代替案は、同じNaIシンチレーション検出器で計測するにしても、シーベルトではなく、グレイにしたらどうかというものである。NaIから空気への適当な換算係数で換算して「空気吸収線量率」(グレイ/時又は日)として表示する。現在のシーベルト表示は、人体への吸収量をイメージさせて適切でないと考えるからだ。
 この考えをメモに書いた以後に、たまたま東京都の空間線量の発表を見ていたら、「グレイ/時」であった(他の県は大体全て、シーベルト/時)。計測器は他県と同じ計測器を使っているようだが、丁寧に「1シーベルトと1グレイは同じ」と注記してある。東京都の担当官は、空間線量をシーベルトで表記することに私と同じような違和感を感じているからだろうと推測する。
 GM計数管でのシーベルト表示は前述のとおり理解できないが、cpm(counts per minute)ではなく、シーベルトしか目盛が無いGM計数管が多い。「放射線パルス数○/秒/単位面積」と表示するのが正確だろうが、それでは余りにも判りにくいということなら、「放射性物質が(例えば)Cs137とした場合の空気吸収線量率(グレイ/時又は日)」とするのはどうだろうか。
 以上は、現在使われている検出器を前提とした議論だが、本来は、空間線量として適当なものは何かということを検討することが重要だと思う。例えば、放射線計測では、「照射線量(exposure)」 *3というものがある。照射線量の概念はガンマ線に限られるものの、空間線量としてはこれを計測すればいいと思うが、その計測は困難だそうだ。もし、照射線量的なものが適切に計測できれば、日射量と人体への影響(日焼け、皮膚がん等)の関係とのアナロジーが可能になり、照射線量と線量当量等との関係が整理され、我々のような一般の市民も理解しやすくなるのではないかと思う。仮にシーベルトの(吸収)線量当量ではなく、照射線量がSIになっていれば、そのようになっていたかも知れない。
(空間線量で知りたいこと)
 空間線量が観測されるにしても、それが(地上などに)固着している放射性物質から放射される放射線によるものか、それとも浮遊している放射性物質から放射されているものかは重要な問題だ。固着している放射性物質からなら、その場を離れるかそれの除去により被曝は避けられる。しかし浮遊しているものからなら、その放射性物質の人体への吸着、吸入の危険がある。現状では、空気のサンプルを施設に持ち込み精度の高いGe半導体計測器等で分析することが必要なようである(後述)。この場合は、放射能の量であるベクレルを計測することとなる。空間線量の計測において、浮遊している放射能からの線量と固着している放射能からの線量を推測できることができないであろうか。

3) ベクレル
 放射能の量の単位のベクレルは、1秒間当たりの壞変原子核数だ。しかし、核種により、壞変当たりの放射線の種類、本数、エネルギー量が区々であるので、ベクレルでは、環境に与える影響の程度が判らない。例えば、ストロンチウム90は、ベータ線1本を放射するだけだが、ヨウ素132は、ベータ線の他少なくともガンマ線10数種類を放射する。エネルギーも区々である。それで正しいベクレル表示は核種を併せて明示することとなっているが、報道される場合は往々にして、ベクレル量が前面に出て、核種は省略されることが多い。文部科学省ポータルサイトに出ているデータは、さすがに核種が付されているものが多いが、その核種は大半がヨウ素131、セシウム137に限られている。その他の核種は無いのだろうかとの疑問が出る。
 具体的な測定方法であるが、採取サンプル(空気、シートに付着した埃、土壌、汚染水、食品等)を施設に持ち込み、施設内のGe半導体計測器を使うなら精度も高く、核種別推計も可能だ。しかしサーベイメーター(携帯型)では、放射線本数やエネルギー量を計測しているだけなのでどうやって壊変数を推計するか不思議である。例えば、http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/2_4_1.html に、GM管のカウント数から単位面積当りベクレル数への換算係数(表面汚染密度換算係数)が出ているが、どのようにして算出したか不明である(これもセシウム137と仮定しての換算のようである)。
 その他の視点として、明るさについては、光源の強度を示す光度(カンデラ)と光を受けた面の明るさを示す照度(ルックス)とがあって、両者の関係が判りやすい。放射能についても、ベクレル(壊変数)ではなく、光度の場合のカンデラのように、物質への吸収線量(光の場合の照度)との関係がイメージできるような指標があればいいと思う。放射エネルギー量をベースにしてそのような指標を作ることはできないのであろうか(この点は専門家には確認していない)。エネルギー量をベースにした放射能を示す指標があって、それを使って発表していれば、一般市民にとって直観的に判りやすく、今回の原発事故においても、世の中の混乱と誤解を随分減らすことができたのではないかと考える。

4) 計測法、計測誤差の問題
(計測器について)
 計測器については、ベクレル、グレイ、シーベルトを定義している物理量を直接計測するものは殆ど無く、通常は、今まで紹介したように、放射線の本数や物質へのエネルギー吸収量を測定して、それをよく判らない換算方法(実際私にはよく判らない)によりベクレル、シーベルト等に換算している。よく用いられている計測器のうちから例として、今までも出てきたが、a)GM計数管(ガイガー管)、b)NaIシンチレーション検出器、c)Ge半導体検出器について簡単に説明する。
 a)GM計数管(ガイガー・ミュラー計数管)は、電位差がある場に入射した放射線により生ずる電子なだれ現象(電子の電離現象が増幅されたもの)のパルスをカウントするもので、放射線の本数は計測できるが、(全て増幅されるので)エネルギーは判らない。また、ベータ線はほぼ100%カウントできるが、ガンマ線は1%以下で、いろんな補正が必要とのことだ。パルスの時間分解能は0.2-0.4ミリ秒程度なので、1秒当り約5000パルス以上は計測できない。また、1壊変で複数の放射線が出る場合も1パルスとなる*4
 b)NaIシンチレーション検出器は、蛍光物質(シンチレータ)であるNaI(ヨウ化ナトリウム)が放射線を受けて発する蛍光の量を光電菅を利用して、そのエネルギー量を計測する。ガンマ線しか計測できない。発生したパルスのエネルギー水準別の分布を分析すればそれにより放射能の核種も推定できる。エネルギー水準別の分布を効率的に計測するマルチチャンネル方式のシンチレーション検出器であれば、核種推定も可能であるが、携帯可能な検出器では無理で、普通は放射線のエネルギーの総和を計測している。
 c)Ge半導体検出器は、ゲルマニウム半導体を利用するもので、精度が高く、エネルギー分布の分析、核種の同定から核種ごとの量の推計が可能である。しかし、液体ヘリウムレベルの超低温が必要なため、持ち運ぶことができず(1-2トンの重さらしい)、価格も2000万円位するらしい。試料を施設内に持ち込んで測定することとなる。
 以上から言いたいのは、ベクレル、シーベルト等を正確に計測するのは実は設備も時間も掛かることで大変なことだということだ。
(計測器のばらつき)
 国民生活センターが「比較的安価な放射線測定器の性能(2011年9月8日)」という調査を発表しているので、それを紹介する。
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20110908_1.pdf
 世の中で販売されている安価(4万円前後から6万円程度)な測定器9機種を購入して比較調査したものだ。各機種の検出方式が書かれていないのが大問題だと思うが、値段から見て大半がGM計数管だと思われる(後述するがそうでないものもある)。販売店から見て全て外国製品のようだ。比較参照のため、NaIシンチレーション検出器(価格588,000円)でも同じような測定をしている。
 結論として、通常環境下の0.06マイクロSv/hや食品、飲料水の暫定規制値の200-500Bq/kgが計測できないことが判ったから使用に際しては注意するようにとのことだ。
 具体的な測定比較方法は、セシウム137由来のガンマ線3種類(0.115μSv/h、1.05μSv/h、5.16μSv/h )のそれぞれについて、各10回測定している。10回の平均値が機種間で違うことも問題だが、同じ機種でも測定値のばらつきが大きいことが一層の問題だ。調査報告のサミングアップでは、「各機種について最低30%以上の相対標準偏差(標準偏差/平均値)がある」としか書いてないが、報告書の中身を詳細に見ると、1機種は34%だが、その他は、80%台が2機種、100%以上が6機種(うち2機種は198%と203%)だ。100%以上の相対標準誤差とは、下はゼロから上は平均値の2-3倍の値までが普通だということで驚かされる。更に注意しなければならないのはテスト条件で、スイッチを入れて5分間の暖気運転の後、30秒ごとに10回計測したとある。測定日を違えてスイッチを入れ直したらどのようにばらつくか恐ろしい。
 バラツキが大きいということは、測定器を校正しても意味が無いことであり、このような計測器の販売を許しているのは国の怠慢でないかと思う。販売禁止はできないにしても、上述の国民生活センターの調査をもっとPRすべきだし、継続的な調査も必要だろうと思う。
 実は私は3月の福島原発事故の直後、簡易な放射線測定器を自分で購入しようかと思ったことがある。理由は、国などの発表が今後信用できない場合が出てくるかも知れないと思ったからだ。その他の自衛策として、携帯電話の天気予報のアプリで福島浜通りの天気予報がワンタッチで出るよう設定した。原発で爆発が発生した時に風向きが直ぐ判るようにとの趣旨だ(風向が東京方面に向かう北風でなければ暫時は安心)。
 しかし、放射線測定器については結局買わなかった。理由は、a)信頼度が心配だし、校正が大変だろうということ、b)私の手が出せる安価なものでは食品や水などの含有度は分析できないであろうこと、c)品薄と言われていたし、私のような暇人よりも被災地等で必要度が高いだろうということだ。国民生活センターの調査に示されているように信頼度が低いし、またその後被曝の可能性は落ち着いたと考えているので、大枚をはたいて買わなくてよかったと思う。
(友人の買った放射線測定器)
 11月下旬あるパーティで、友人がサーベイメーターを買ったと言って見せてくれたので吃驚した。型番を見せてもらうと、「DoseRAE2」だ。写真も撮らせてくれた。
 測定方式はと聞くと、よく知らないが何とか半導体でないかという。帰ってからウェブで調べたが結構大変で、メーカーの米国RAE Systems社のプレス発表を見ても、ダイオードとシンチレーション結晶としか書いてない(http://www.raesystems.com/products/doserae-2)。いろいろウェブを見て、ようやく「シリコンPINダイオードCsI(TI)結晶+PINダイオードを使った放射線測定器」と書いてあるのを見つけた。(http://www.mikage.to/radiation/doserae2.html)
 この材料を正しく解説する能力は私には無いが、一応説明すると、「CsI(Tl)」は、タリウム活性化ヨウ化セシウム」で、シンチレーション検出器に使われる蛍光物質の1つとして教科書に出ている。本稿でもよく紹介しているNaIシンチレーションも正確に書くとNaI(Tl)でタリウムが含まれている。シリコンダイオードもシンチレーション材料として教科書に出ており、PIN接合も出ている。以上しか説明できない。
 友人に前述の国民生活センターの調査の話をすると、知っていて、9機種のうちで、相対標準偏差が34%と最良だったものだとのことだ。そうなると他の8機種の検出方式を知りたくなる。前に買った次の本を見ると、8機種のうち3機種が掲載されており、ガイガー計数管だった。残りの5機種もガイガー計数管が多いのではないかと推測する。
○ 日本放射線監視隊「ガイガーカウンターGUIDEBOOK」(ソフトバンククリエイティブ(株)発行、2011年6月) 
 友人のサーベイメーターは名刺サイズで、数秒ごとに測定値がマイクロシーベルト/時で表示され、快適そうに動いていた。実物を見て少し感激したが、シーベルト表示への不信感は消えない。

5) 人体への影響について
 放射線の人体への影響のうち、高レベル放射線の影響についてはそれほど異論が無いようだが、低レベル放射線の影響については学者間で見解が大きく分かれている。放射線量(シーベルト)には、人体に影響を及ぼすしきい値があって、人体が吸収する放射線量がそのしきい値以下では影響が無いとする理論と、いくら放射線量が低くても確率が低くなるもののそれに応じた影響があるとする理論だ。しきい値派は、100ミリシーベルト(個人への累積量)をそのしきい値とする。反対派(しきい値無し派)はそれ以下でも何らかの影響はあるので、できる限り低くしなければいけないとし、最近では年間1ミリシーベルト以下の被曝にすべきだとする。これは神学論争になっており、私は立ち入りたくない。
 立ち入りたくはないが、心情的にはしきい値派の見解に賛同している。何故なら、世界の自然線量平均が年間2.4ミリシーベルトと言われているのに比して、年間1ミリシーベルト以下は余りにも低すぎる、潔癖すぎるのではないかと思うからだ。規制水準の設定の際も、このような声に配慮し、かつ相当の安全率を見込んでいて、極めて低い水準(規制レベルとしては高い)に設定されている。
 例えば、飲料水等における食品の摂取制限の暫定規制値が放射性セシウムについて200Bq/kgとされている。水1kgを試料とすれば、1秒当り200個の壊変という意味だ。

この水1kg、200Bqの放出エネルギーを試算してみた。Cs-137の壊変の場合、ベータ線のエネルギーは0.5MeV、ガンマ線は0.7MeVなので計1.2MeVだが、簡便のため1.0MeV(1.0百万電子ボルト)とする。
1eV(電子ボルト)は1.6×10^-19ジュールのエネルギーであるから(10^-19は、10のマイナス19乗の意。以下同様)、
1秒間では 1.6×10^-19×10^6(メガ)×200(Bq) = 3.2×10^-11ジュール
と極めて微量である。測定が可能であろうか。
1年間では、3.2×10^-11ジュール×60秒×60分×24時×365日
= 1.0×10^-3ジュール/年
= 2.4×10^-4カロリー/年 (1カロリー = 4.2ジュール)
これは、水1kg(1リットル)を飲んだ後1年間の影響なので、毎日10リットル、365日間飲んだとすれば、
2.4×10^-4カロリー/年×10kg×365日
= 0.88カロリー
0.88カロリーというのは、水1gの温度を0.88度C上昇させる熱量である。
セシウムの生物学的半減期は約70日であるから、人体に与える熱量は、この0.88カロリーの10分の1程度になる。

 この程度のエネルギー(その10倍か100倍程度であっても)が人体(50kg程度のオーダー)に重大な影響を与えるものとは私には思えない。
 潔癖さについて、たまたま買った週刊新潮(2011年11月17日号)に、藤原正彦氏が書いていたエッセイが面白かった。英国にも「5秒ルール」(地上に食べ物が落ちても5秒以内に拾って食べれば安全)があるとの話で、昨今の日本での潔癖性を問題視している。免疫系の発達にも影響があるのではないかとの話で、私も小さいときから意地きたなく5秒ルールを実践してきた方なので、大いに同感した。
この記事(藤原正彦管見妄語「潔癖な日本の私」)もウェブを探すと、全文が載っているページがあるから便利だ(著作権法上問題かも知れない)。http://www.edita.jp/hawaiiblog/one/hawaiiblog98442876.html
 過剰な潔癖さ、安全意識に基づく過剰な規制に加えて、判断基準となるべき計測値が、前項までに述べてきたように精度が悪く、かつ見当違いの面もあって、混乱が倍加しているのではないかと危惧している。

*1:文科省ポータルサイト(http://radioactivity.mext.go.jp/ja/)、「モニタリング調整会議(細野原発事故担当大臣がヘッド)」の「総合モニタリング計画」(2011/8/2同会議決定)に基づく。

*2:例えば、山田勝彦放射線測定技術」(経済産業研究社、放射線双書、2011年1月6訂版)

*3:光子(X線ガンマ線)により質量dmの空気中に生じた全電子の電荷dQ(単位クーロンC)をdmで除したもの。dQ/dm、単位はC/kg

*4:GM管については、1壊変当り複数放射線が出ても1パルスしかカウントできないというのは私が産総研の人に教えてもらって知ったことである。すなわち、GM管については、種々の補正は必要だが、カウント数と壊変数は同じオーダーだと言える。しかし、NaIシンチレーション検出器などの時間分解能は、1000倍くらい高く、1壊変で出る複数放射線も分離されているようである。